徒歩日本二周目(≧∇≦)只今関東地方!

昨日は今日の物語 今日の後に今日は無し…

直通電話…

2013年10月05日 | 日記

タクシー会社に繋がる直通の電話は
僕達の子供時代
小学生の絶好のイタズラ道具だった…

小学生のタチの悪いところは
飽きるまで絶対に止めないという事…
その頃僕の街に出来た
ドライブスルーの注文用マイクでも
似たような事が頻発している…

流行りの曲をマイクで歌った友達が
店の中に引っ張り込まれていく姿を
僕達は一目散に逃げながら
何度か振り返った事を今も覚えてる…

その友達は尋問されても
僕たちの名前を出すことは無かった…

そして
そのふた月後に転校して行った…

    つづく

百五十円弁当…

2013年10月05日 | 日記
学生街もド真っ青!
激々安々の百五十円弁当…
更に夕方半額で
残り全部を買い占め
四つ合わせて金参百円也…

万歳三唱逆アベノミクス…
その店の名は
アサヒと呼ばれて御座候…

北村正哉…

2013年10月05日 | 日記
北村正哉その人は
太平洋戦争にて獣医少佐として従軍…
戦後暫くの後政界に身を投じ
町議会を経て県議員たること十二年
更に乞われて副知事たること十二年
その後選ばれ知事となり在職十六年…
良識正論の士として故郷に尽くした…
国報いるに
勲一等瑞宝章をもってその栄誉とす…
その家系は廣澤安任の腹心であった
旧会津藩士北村豊三を曾祖父に持つ…

北村正哉氏をはじめ
この辺りでも会津子弟の末裔たちが
多くの足跡を残している…
八戸市の市長も二代目がそうであり
その周辺でも
何人かが栄誉ある長職を務めていた…
その頃のこの辺りには
「会津衆」という呼び方があり
その言葉の中には親しみと
尊敬の念が込められていたと伝わる…

69年前…

2013年10月05日 | 日記
十和田湖で旧陸軍機引き揚げえぇぇ!
湖底より69年の眠りから覚める
「一式双発高等練習機」を展示…
零戦と共に
当時の技術の高さを示す貴重な財産…
と看板が御座候…

練習機が湖底に沈んでたという事は
69年前のその時その訓練で
誰かが亡くなっているということか…

69年という時間…
戦争を語れる方はもう本当に少ない…

三沢堀口編…

2013年10月05日 | 日記
三沢の市街地に入るや否や
超スーパーなマーケットが…
しかも事もあろうに
この時間なのに試食がある…

焼餃子やチーズハムカツが
おもむろに皿に盛られ
僕は爪楊枝を一本手に取り
まずはハムカツを
二個刺しにして口に入れた…

「な、なんだコレは!」
それは涙が出る程旨かった…

しかしその時既に
僕の視線は目鼻の先にある
餃子にロックオン…
そして右手の爪楊枝が
電光石火のハリケーンで…

   つづく

ユニバース三沢堀口店にて…