瞬く間に春は過ぎ、日差しが眩しい季節になった。
しかし、絵梨も絋も、設備が素晴らしく完備しその意味では全く快適な研究所内でひたすらロボット作成研究に携わる日々が続いていた。
研究職員のプライバシーが不当に侵害される形になっているのは、国家機密に等しい情報を護る為だと絵梨も認識している。
鬱々としていた絵梨は、ある日紘の級友だったと言う大場城二から電話を受けた。
新米医師として働いている時も、患者の情報や病院内の機密は絶対に漏らさぬ規制がかかっていた。
しかし、同じ所内において上層部の個人的自由は大目に見て、下っ端ほど縛りがキツいのは何故だろうと彼女は思う。
恋人とは言えない絋であるが、絵梨にとって狭い生活空間の中で唯一本音で語り合える仲だった、、筈だった。
恋人とは言えない絋であるが、絵梨にとって狭い生活空間の中で唯一本音で語り合える仲だった、、筈だった。
その絋が殆ど物言わぬ人間となってしまった今、絵梨にとって何処にも安らぐ場所は無い気がした。
自分の能力が欠けていても、研修医で悪戦苦闘していた時の方がはるかにマシだったと思う。周りの先輩から「モノを知らぬ。それでも国家試験に受かったのか?」と軽蔑され、屈辱に塗れていてもはるかに自由な生活だった。
自室でどんな姿でスマホを弄ろうと、ミーハーなミュージックを聞こうと、誰も文句はつけない。
今はそれさえどこかで見られてる気がする、そんな事を訴えれば精神状態を疑われるので決して口には出来ないが。
彼女は空気のような自由を欲していた。
入所したての頃、絋がふと漏らした言葉がある。
それは「君は長い事忘れてたひなたの香りがする、いつまでも嗅いでいたい」という言葉だった。
(これって告りなのか)
思わず絵梨が彼の顔を覗き込もうとした時、上級研究部員がドアを開けた。
(ひょっとしてあれも監視されていたのかも)
絵梨は疑心暗鬼になる。
夏の盛りのある日、とうとう絋は絵梨の前から姿を消した。
夏の盛りのある日、とうとう絋は絵梨の前から姿を消した。
健診を受けた結果、故障があり長期療養が必要と言う非常に曖昧な理由である。
自宅で研究を続けるという事だった。
その自宅が何処か分からない。絵梨は絋の生年月日や出身校、家族構成は知っているが、住所も電話番号もアドレスも知らない。
連絡は絶対出来ないのである。
所員の人権侵害はしていない、という名目で外出は許可されているが、旅行など長期の不在は届けを出す必要があり、かつスマホの位置情報は掴まれている。
何故なら研究所が許可したスマホ以外は取り上げられているし、専用スマホは共通で同期になっているからだ。
絵梨は広い所内で全くの孤独になった感があった。
所員は非常に丁寧な言葉遣いで絵梨に同情を示してくれるが、人形のように無表情な印象である。
それこそ全員がよく出来たAIロボットのようだった。
そして、長い長い一年が過ぎた。
鬱々としていた絵梨は、ある日紘の級友だったと言う大場城二から電話を受けた。
「あなたは絋ととても親しかったと聞きました。絋のことご心配でしょうね。
僕も心配で最近の様子を調べたのです。あなた、ショック受けないでください。
紘はエリーという女と同棲してるそうなのです」
瞬間、それは違うと絵梨は思った。
瞬間、それは違うと絵梨は思った。