アスリートクラブ(コモディイイダ)ブログ

秋は日体大長距離競技会からスタート

haru記vol.58

2019-12-10 21:42:57 | のだはるか

こんばんは、野田です!

 11月24日につくばマラソンで10㎞に出場してきました。ブログを書こうと思いながら、色んな思いがあり、気持ちを整理して文章に出来るまで2週間もかかってしまいました。

今回はペース走という位置付けで走らせてもらいました。
ペース走ではありましたが、2年ぶりのレースでした。
これまでの故障で2番目に長く苦しい時間を過ごした期間でした。
走ったことよりも自分が思っていた以上に周りの方々からまずは故障から一歩踏み出せたことを喜んでいただきそのことが何よりも嬉しかったです。

 

 

イイダに移籍してきて6年目。もう一度挑戦したいという自分を採用してくれ、どんな時も見守ってくれた会沢監督。
会沢さんが同行してくれた大会でレースに戻れてよかったです。もう一度しっかり走っている姿を見せられるよう続けたいと思います!!

 LINEでいただいた一言が「復帰への第一歩おめでとう」でした。この短い言葉の中にとても救われました。

会沢さん本当にありがとうございました!!

 

 

 

 

レース後リハビリ中ずっとお世話になったRbodyのトレーナーさんたちにも報告してきました。
私は競技に関することはあまり人には話せないのですが、トレーナーさんには話せるので本当に心の支えになりました。
どんな時も親身にサポートしていただき本当にありがとうございました。

 

 

そして、我らがキャプテン金子くんから。

ニューイヤーに向けて忙しい中、私のつくばを気にかけてくれ復帰を喜んでくれました。神戸のおみやげと一緒に心温まるメッセージ付きです。

本当にありがとう。

 

 

もうひとつ。

つくばを選んだ理由は2013年のマラソン優勝をしている場所であり思い入れのあるレースだったからです。

冒頭に2番目に長い故障と書いたのは、2010年に左膝を手術した時が1番長かったからです。

当時の苦しかったことが今の自分の支えになっています。

 

 

 

 レースを終えて考えたこともたくさんありました。

以前も紹介したことがありますが為末さんの「走りながら考える」という本を繰り返して読んでおり、自分の気持ちと向き合う時間にしています。

「競技人生が後半に近づくにつれ、追えば追うほどこの先しぼんでいくのだろうなというのはなんとなく予想がついていた。けれど、それでもやり続けたいと思ったとき、見えてくるものがあった。

ここから先に進めば、もしかしたら人はあそこで辞めておけばよかったのにと言うかもしれないけど、そもそも人の評価のために陸上をやっているんじゃない。もう少し自分のための競技をやってみたいと、そう思った。

ー数字が示す明白な結果。自分の負けと直面し続ける精神、そして葛藤。感じざるえない、下り際のむなしさ。
ーそれでも必死に走り続けられたことは、自分にとってとても大きかった。」

この文章を読んだ時、今の私の感情でした。

競技としてやっている以上結果や評価は必然だと思います。それでもそれだけではないと私は思って走っています。

1月に検査を受けて自分の足の状態を知ったときに、
いよいよ引退を考えなくてはいけないのかなと思いました。

それでも向かう先はリハビリトレーニングでした。

痛みから解放されないことで、投げ出したくなる気持ちが全くなかった訳ではありません。それでも無意識のうちにやっていることは「走るため」のことでした。

 

 中学も高校も大学も、練習すればするほど記録が伸びる感覚でした。怪我もしなかった、挑戦することが怖くなかった、楽しかった。

22歳の初マラソンから10年以上経過して、自分がもっともっと目指したかったもの、見たかったもの。そこに辿り着いていない現実が辛く思うこともたくさんありますが、全部受け入れての"今"。

まだ走っている自分にしっかり向き合いたいと思います。 

 長くなりましたが、お読みいただきありがとうございました。🌸🌸🌸


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