冒頭の口絵、右下の絵にある悦楽の園の中に作者が入っていきます。その時扉を開けてくれたのが「閑暇」という名の乙女です。閑暇 (Oiseuse) とはラテン語 otium の形容詞 otiosus に由来しています。訳者によれば、「人間の諸能力の開花」を意味するとありました。最初にご紹介した口絵(フランス写本1565 fol. 1r°)の右下に描かれた園の入り口に止まっている鳥 oisel、訳中では単に「小鳥」としか訳出されていませんが、これと対峙する名で興味深いと述べています。
これは翻訳者でなければ気の付かない事で、翻訳者冥利に尽きるところです。言葉は悪いが ”役得“ です。こつこつと地味な作業を続けている中で時にはこういう出来事に出会えるからこそ、一生をかけて『薔薇物語』を翻訳しようと思うのです。
訳者が訳注で指摘するように、“薔薇(の蕾)”は作者ギョームの意中の女性の象徴的表現ですが、寓意に満ちたこの物語では、その意味は多義的であり、常に不安定で変化に富んでいます。読み進めるには注意が必要です。
『庭園の周りの潜り戸を叩くとひとりの乙女が熊四手でできた小さな扉を開けてくれた。』
この情景を著すのが次の絵です。
L'amant entrant dans le jardin de Déduit, accueilli par Oiseuse
Roman de la rose
Guillaume de Lorris et jean Meun; Maître du Boèce, enlumineur, 1460?.
BNF, Manuscrits (Fr. fr 19153 fol. 5v) © Bibliothèque nationale de France
図版「閑暇」B.N. Ms 19153 fol.5v°から