向かい合ってみると彼女の凄さがよくわかる。
人体の急所である正中線がきれいに隠れ、打ち込む隙が一分として見当たらない。
何度も見ている基本である構えが、まるで初めて対峙する未知の構えのように見えた。
これまでのフェンだったら、この時点で勝負を投げ出していただろう。勝ち目のない勝負をするほどの熱量は持っていなかったし、努力だとか根性だとかは嫌いだった。
けれど、いまは違う。成り行きとはいえ知ってしまった。闘うことの喜び。武の奥深さ。なにより、負けたくないという強い気持ち。
それら全てに後押しされ、フェンは力強い一歩を踏み出す。
相手の出方を伺うための中段突きであったが、必殺の威力を込めた。
あっさりと受け流され、そのまま浮遊感に包まれる。
投げられた、と思った時には背中に衝撃が走っていた。だが、そんな痛みなど気にする余裕はない。顔を狙って踏みおろされる脚を躱し、素早く起き上がる。
目の前にレイカがいる。超至近距離。考える間もなくフェンの身体は動いた。
フェンが使う技の基本は円運動だ。身体の一部を支点とし、弧を描くようにして連撃を繰り出す。疾くて重い攻撃の数々は、防がれたとしても相手の体力を奪っていく。
対するレイカの基本もやはり円運動だ。男であるフェンと比べ、力強さにおいてやや劣ってしまうのは否めないが、代わりに流麗さがある。身体の中心に染み入っくるフェンの攻撃を、最小の円運動にて全て逸らしてしまう。
攻防が続く。今までフェンが体験したことのない長さだ。これまでは誰が相手でも、もっと早く倒していた。
息苦しさと疲れを感じる。辛さはない。かわりに嬉しさがある。
全力を尽くしても倒せない相手と手合わせするのは初めてだ。味わったことのない楽しさがフェンの身体を満たす。苦しいはずなのに攻撃の速度が増していく。
レイカの顔がやや険しくなったような気がする。
――いける!
そう思った心の隙をつかれた。
再び襲う浮遊感。今度は先ほどと違い、ゆっくりと自分が逆さになっていくのがわかる。
レイカの動きもよく見えた。踏み出す一歩が床を揺らし、繰り出される掌打に螺旋を描く気が集中していく。
衝撃がきた。流れる景色を捉えることは出来ない。受身も不可能。逆さまの状態で、背中から後方の壁に激突した。
駆け巡る激痛は。いままでに感じたことのないものだった。頭から落ち、うつ伏せで倒れたフェンは、身体を丸め必死でその痛みに耐えた。
「どう? 終わりにする?」
レイカが構えまま、静かに問いかけてくる。
――うん、もういいや。やっぱレイカは強いね。
それは昨日までのフェンの台詞。
「いや、まだだよ」
はっきりとした口調で否定する。根性で痛みを振り払い、全身に闘志を漲らせ、よろけながらも立ち上がる、それが今日のフェンの姿であった。
「そう、わかったわ」
今度はレイカから出てきた。滑るように間合いを詰め、嵐のような猛攻撃を仕掛けてくる。
ダメージは残っていたけど防御に集中した。それでも防ぎきれない攻撃がでてくる。奥歯を噛み締め、なんとか耐え凌ごうとする。
その力みを利用された。猛攻の最中にレイカのほっそりとした手が肩に添えられ、くるっと向きを変えられる。無防備な背中をレイカの前にさらしてしまう。
再びの衝撃。おそらく双掌打であろう。今度は頭から吹っ飛んだが、両腕のガードが間に合い、壁に激突したものの頭部へのダメージは最小に押さえることが出来た。
「まだやるの?」
突っ伏したままのフェンの背中にレイカの声があたる。
――やるよ。もちろんやる。
でも身体は動かない。あちこちが――外側だけでなく内側までも激しく痛む。嘔吐感もひどい。なんとか堪えるのが精一杯だ。
――このまま死んでしまうのかな。いや、それはないか。このまま倒れていれば、レイカが介抱してくれる。医者が来て、治療してくれて、ベッドの上で笑うことが出来る。そのあと頑張れば、今日は負けてもいつかは勝てるようになるさ。それはいつのことかな。一ヶ月先か、一年先か。
混濁する意識の中で思い描く未来。そこにフェンが見たものは。
――ううん、違う。いつかなんてない。ここで立たなければ、次はない。まだやれることがあるはず。それをやらずに、勝負を投げ出すなんて。そんなことをしてたら、いつまで経っても次なんてこない。
力を込めて手を動かす。ちゃんと動く。痛みは消えないけど、踏ん張って上半身を起こすことが出来る。目の前には壁がある。激突した壁。手を伸ばせば、身体を支えてくれる。
ゆっくりと、時間はかかったが立ち上がれた。
「やるのね?」
振り向いて問いかけに応える。うなづくだけで、レイカは理解してくれた。
二人の間合いが詰まる。
フェンが武の道に進んだのは今から七年前、三歳の時だ。以来、修行の日々が続く。だがそれは普通の人が思い描く厳しいものではなかった。フェンは師の要求する全てのことを軽々とこなすことが出来た。他の者が数年かけるところを一月で越えることもあった。求めに応じているだけで、いつしか『神童』と呼ばれるようになっていた。
当然辛いと感じることもなく、かわりに楽しいと思うこともなかった。物事に情熱を感じれなくなったのは、彼のせいではないだろう。
そんなフェンが、ひたむきになっている。迫る拳をよけ、突き出される掌打を躱す。防御だけではない。隙をみては反撃を繰り出してもいる。抉るような肘打ちに、唸りを上げる打突に、必倒の想いを込める。
限界はとうにきていた。いつ倒れてもおかしくない。それでもフェンの両足は大地を踏みしめ、瞳は輝きを失っていない。
再度、レイカの手がしなやかな動きをみせる。またしてもフェンの身体が泳いだ。
――同じ手に何度もやられてたまるか!!
この瞬間、フェンの意地が『神童』と呼ばれる才と混ざり合い、閃光を放つ。
流れるフェンの身体はいままでにないほどの速さで動いた。レイカが攻撃を放つより先に、一回転して元の姿勢に戻っている。
レイカの目が驚きに見開かれる。フェンの口元に微笑みが浮かぶ。
次の一手はフェンが出した。攻防が繰り返される。レイカはあきらかに狙っているようだった。それに乗る余裕がフェンにはあった。
腕をとられて投げられる。しかし、フェンは動じない。さっき掴んだコツを忘れていなかった。全身を支配する力の流れに逆らわず、さらには自分からその流れを加速させる。元々が円運動なのだ、一回りすることなど容易い。
目の前に立つレイカは、なにが起きているのか把握しているようだった。二度の行為がまぐれでないということも。
その結果、打つ手がないと判断したのだろうか。後ろに退がって間合いを空ける。
フェンは追わなかった。気力のみでここまでやってこれたが、それももう尽きようとしていることがわかっていたからだ。
この刻がもうじき終る。
そう思うと少し寂しかった。
レイカと出会ったのは修行を始めてすぐの時だった。師からは世話係だと教えられた。三つ上のレイカとは最初こそよそよそしい仲だったが、日を重ねるに連れ、姉弟のように親しくなった。手合わせだって何度もしている。こんなに強いとは知らなかった。
――なんでだろう? ずっと一緒にいたのに一番身近に感じる。遊びに行った時や、二人で怒られた時なんかよりもずっとずっと身近に感じる。不思議だね。こんなに痛いおもいをしているのに。こんなにも苦しんでいるのに、もっと続けていたい。もっとレイカのことを知りたい。レイカの強さ、レイカの想いを感じていたい。でも、さすがに限界みたいだから、次で終り。全力でいくよ。勝ち負けにこだわらない、なんてことは云わない。必ず勝つ。あなたを越えてみたいから。
楽に勝てるとは思っていない。レイカの得意とするいなしは防ぐことが出来るようになったが、まだ終わりではない。彼女はまだ隠し玉を持っている。一度倒されているフェンにはそれがわかる。それでも、想いはかわらない。
決意を固めレイカに目をやると、にこりと微笑みが返ってきた。
フェンは理解した。レイカの気持ちを。レイカも同じなのだ。レイカも楽しんくれている。この戦いに充実感を感じてくれている。
身体に震えが走る。それは喜びの波動。身体の奥底から湧き上がる歓喜の衝動。
いいしれぬ絶頂感に包まれながら、フェンは一歩を踏み出す。全ての力を振り絞り、思いっきりの一歩を。
両者が激突した。放たれる技の一つ一つにこれまでにない勢いと重い想いが込められている。二人とも引く気はない。この刻を楽しく思っているからこそ、相手をを認め合っているからこそ、なにがあっても引くことは出来ない。
レイカの掌打がフェンの顎を捉えた。意識が飛んだものの、すぐに返り肘打ちを放つ。防がれたが、よろめかすことは出来た。追い討ちの裏拳。いなされた。
そんなやり取りが続く。二人だけの濃密な時が流れる。
先に終わりを告げたのはレイカの方だった。フェンが一歩後退ったその瞬間をつく。
それは小さな竜巻のようであった。左足を軸に全身を回転させる。身体の各部を捻り、生じた力の全てを右足に集中させ解き放つ。
受ける前にその威力の恐ろしさは感じることが出来た。防いでも無駄。躱さなくては駄目。そう判断するも時間はない。蹴りはいままさにフェンの即頭部に迫っている。
――駄目だ!
――でも、負けたくない!!
その刹那、フェンの身体を動かしたのは意志の力ではなかった。本能と、天賦の才がその身を動かした。
蹴りが当る寸前、その威力に煽られるようにしてフェンの身体が廻る。描く円は小さいものであったが、それで充分だった。レイカの脚は、僅差でフェンの髪を数本だけ刈り取っていく。
穏やかな刻が流れる。死力を尽くす戦いの最中にあって、そんなことあるはずないのに、ゆっくりと全てが流れていく。極限に達したフェンの知覚能力が、そうさせているのだ。
必殺の蹴りを躱されたレイカが、驚愕で顔をこわばらせているのが見える。無防備な右のわき腹がさらされているのもわかる。
いまなにをすべきなのか? フェンにはそれがよくわかっていた。
わき腹に優しく手をあて、力を込める。
叩き込んだのは衝撃破だ。地面を震わすほどの踏み込みで全身を揺らし、体内を駆け巡る振動を添えた手に集める。その全てをくらう相手にしてみれば、突如体内で爆発が起こったと感じたに違いない。
レイカは崩れるようにしてその場に倒れた。そのままピクリともしない
――勝った……のか?
不安そうな面持ちでレイカを見下ろす。やはり動かない。
実感が湧いてきた。レイカに勝つことが出来たんだと、喜びを噛み締める。
気付いたら尻餅をついていた。勝利を確信した途端に、気が抜けてしまったのだ。
それから不安が募ってくる。動かないレイカは大丈夫なのだろうか。
「平気よ。なんとか……だけどね」
声を掛けたら、こう返ってきた。辛そうだったが、嘘ではないようだ。
「良かった。やりすぎちゃったこと思ったよ」
「ううん、そんなことないわ。楽しかった。とても」
「本当!? 僕もなんだ。こんなの初めて。すごい痛いけど、またやりたいな」
満面の笑み。十歳の子供に相応しい。
「わたしもよ。またやりましょ。次は負けないんだから」
レイカも微笑みを返してくる。
「僕だって、負けやしないさ」
二人は勝負の余韻に浸る。全力を出しきった者達のみが味わえる、至福の時間を満喫する。
人体の急所である正中線がきれいに隠れ、打ち込む隙が一分として見当たらない。
何度も見ている基本である構えが、まるで初めて対峙する未知の構えのように見えた。
これまでのフェンだったら、この時点で勝負を投げ出していただろう。勝ち目のない勝負をするほどの熱量は持っていなかったし、努力だとか根性だとかは嫌いだった。
けれど、いまは違う。成り行きとはいえ知ってしまった。闘うことの喜び。武の奥深さ。なにより、負けたくないという強い気持ち。
それら全てに後押しされ、フェンは力強い一歩を踏み出す。
相手の出方を伺うための中段突きであったが、必殺の威力を込めた。
あっさりと受け流され、そのまま浮遊感に包まれる。
投げられた、と思った時には背中に衝撃が走っていた。だが、そんな痛みなど気にする余裕はない。顔を狙って踏みおろされる脚を躱し、素早く起き上がる。
目の前にレイカがいる。超至近距離。考える間もなくフェンの身体は動いた。
フェンが使う技の基本は円運動だ。身体の一部を支点とし、弧を描くようにして連撃を繰り出す。疾くて重い攻撃の数々は、防がれたとしても相手の体力を奪っていく。
対するレイカの基本もやはり円運動だ。男であるフェンと比べ、力強さにおいてやや劣ってしまうのは否めないが、代わりに流麗さがある。身体の中心に染み入っくるフェンの攻撃を、最小の円運動にて全て逸らしてしまう。
攻防が続く。今までフェンが体験したことのない長さだ。これまでは誰が相手でも、もっと早く倒していた。
息苦しさと疲れを感じる。辛さはない。かわりに嬉しさがある。
全力を尽くしても倒せない相手と手合わせするのは初めてだ。味わったことのない楽しさがフェンの身体を満たす。苦しいはずなのに攻撃の速度が増していく。
レイカの顔がやや険しくなったような気がする。
――いける!
そう思った心の隙をつかれた。
再び襲う浮遊感。今度は先ほどと違い、ゆっくりと自分が逆さになっていくのがわかる。
レイカの動きもよく見えた。踏み出す一歩が床を揺らし、繰り出される掌打に螺旋を描く気が集中していく。
衝撃がきた。流れる景色を捉えることは出来ない。受身も不可能。逆さまの状態で、背中から後方の壁に激突した。
駆け巡る激痛は。いままでに感じたことのないものだった。頭から落ち、うつ伏せで倒れたフェンは、身体を丸め必死でその痛みに耐えた。
「どう? 終わりにする?」
レイカが構えまま、静かに問いかけてくる。
――うん、もういいや。やっぱレイカは強いね。
それは昨日までのフェンの台詞。
「いや、まだだよ」
はっきりとした口調で否定する。根性で痛みを振り払い、全身に闘志を漲らせ、よろけながらも立ち上がる、それが今日のフェンの姿であった。
「そう、わかったわ」
今度はレイカから出てきた。滑るように間合いを詰め、嵐のような猛攻撃を仕掛けてくる。
ダメージは残っていたけど防御に集中した。それでも防ぎきれない攻撃がでてくる。奥歯を噛み締め、なんとか耐え凌ごうとする。
その力みを利用された。猛攻の最中にレイカのほっそりとした手が肩に添えられ、くるっと向きを変えられる。無防備な背中をレイカの前にさらしてしまう。
再びの衝撃。おそらく双掌打であろう。今度は頭から吹っ飛んだが、両腕のガードが間に合い、壁に激突したものの頭部へのダメージは最小に押さえることが出来た。
「まだやるの?」
突っ伏したままのフェンの背中にレイカの声があたる。
――やるよ。もちろんやる。
でも身体は動かない。あちこちが――外側だけでなく内側までも激しく痛む。嘔吐感もひどい。なんとか堪えるのが精一杯だ。
――このまま死んでしまうのかな。いや、それはないか。このまま倒れていれば、レイカが介抱してくれる。医者が来て、治療してくれて、ベッドの上で笑うことが出来る。そのあと頑張れば、今日は負けてもいつかは勝てるようになるさ。それはいつのことかな。一ヶ月先か、一年先か。
混濁する意識の中で思い描く未来。そこにフェンが見たものは。
――ううん、違う。いつかなんてない。ここで立たなければ、次はない。まだやれることがあるはず。それをやらずに、勝負を投げ出すなんて。そんなことをしてたら、いつまで経っても次なんてこない。
力を込めて手を動かす。ちゃんと動く。痛みは消えないけど、踏ん張って上半身を起こすことが出来る。目の前には壁がある。激突した壁。手を伸ばせば、身体を支えてくれる。
ゆっくりと、時間はかかったが立ち上がれた。
「やるのね?」
振り向いて問いかけに応える。うなづくだけで、レイカは理解してくれた。
二人の間合いが詰まる。
フェンが武の道に進んだのは今から七年前、三歳の時だ。以来、修行の日々が続く。だがそれは普通の人が思い描く厳しいものではなかった。フェンは師の要求する全てのことを軽々とこなすことが出来た。他の者が数年かけるところを一月で越えることもあった。求めに応じているだけで、いつしか『神童』と呼ばれるようになっていた。
当然辛いと感じることもなく、かわりに楽しいと思うこともなかった。物事に情熱を感じれなくなったのは、彼のせいではないだろう。
そんなフェンが、ひたむきになっている。迫る拳をよけ、突き出される掌打を躱す。防御だけではない。隙をみては反撃を繰り出してもいる。抉るような肘打ちに、唸りを上げる打突に、必倒の想いを込める。
限界はとうにきていた。いつ倒れてもおかしくない。それでもフェンの両足は大地を踏みしめ、瞳は輝きを失っていない。
再度、レイカの手がしなやかな動きをみせる。またしてもフェンの身体が泳いだ。
――同じ手に何度もやられてたまるか!!
この瞬間、フェンの意地が『神童』と呼ばれる才と混ざり合い、閃光を放つ。
流れるフェンの身体はいままでにないほどの速さで動いた。レイカが攻撃を放つより先に、一回転して元の姿勢に戻っている。
レイカの目が驚きに見開かれる。フェンの口元に微笑みが浮かぶ。
次の一手はフェンが出した。攻防が繰り返される。レイカはあきらかに狙っているようだった。それに乗る余裕がフェンにはあった。
腕をとられて投げられる。しかし、フェンは動じない。さっき掴んだコツを忘れていなかった。全身を支配する力の流れに逆らわず、さらには自分からその流れを加速させる。元々が円運動なのだ、一回りすることなど容易い。
目の前に立つレイカは、なにが起きているのか把握しているようだった。二度の行為がまぐれでないということも。
その結果、打つ手がないと判断したのだろうか。後ろに退がって間合いを空ける。
フェンは追わなかった。気力のみでここまでやってこれたが、それももう尽きようとしていることがわかっていたからだ。
この刻がもうじき終る。
そう思うと少し寂しかった。
レイカと出会ったのは修行を始めてすぐの時だった。師からは世話係だと教えられた。三つ上のレイカとは最初こそよそよそしい仲だったが、日を重ねるに連れ、姉弟のように親しくなった。手合わせだって何度もしている。こんなに強いとは知らなかった。
――なんでだろう? ずっと一緒にいたのに一番身近に感じる。遊びに行った時や、二人で怒られた時なんかよりもずっとずっと身近に感じる。不思議だね。こんなに痛いおもいをしているのに。こんなにも苦しんでいるのに、もっと続けていたい。もっとレイカのことを知りたい。レイカの強さ、レイカの想いを感じていたい。でも、さすがに限界みたいだから、次で終り。全力でいくよ。勝ち負けにこだわらない、なんてことは云わない。必ず勝つ。あなたを越えてみたいから。
楽に勝てるとは思っていない。レイカの得意とするいなしは防ぐことが出来るようになったが、まだ終わりではない。彼女はまだ隠し玉を持っている。一度倒されているフェンにはそれがわかる。それでも、想いはかわらない。
決意を固めレイカに目をやると、にこりと微笑みが返ってきた。
フェンは理解した。レイカの気持ちを。レイカも同じなのだ。レイカも楽しんくれている。この戦いに充実感を感じてくれている。
身体に震えが走る。それは喜びの波動。身体の奥底から湧き上がる歓喜の衝動。
いいしれぬ絶頂感に包まれながら、フェンは一歩を踏み出す。全ての力を振り絞り、思いっきりの一歩を。
両者が激突した。放たれる技の一つ一つにこれまでにない勢いと重い想いが込められている。二人とも引く気はない。この刻を楽しく思っているからこそ、相手をを認め合っているからこそ、なにがあっても引くことは出来ない。
レイカの掌打がフェンの顎を捉えた。意識が飛んだものの、すぐに返り肘打ちを放つ。防がれたが、よろめかすことは出来た。追い討ちの裏拳。いなされた。
そんなやり取りが続く。二人だけの濃密な時が流れる。
先に終わりを告げたのはレイカの方だった。フェンが一歩後退ったその瞬間をつく。
それは小さな竜巻のようであった。左足を軸に全身を回転させる。身体の各部を捻り、生じた力の全てを右足に集中させ解き放つ。
受ける前にその威力の恐ろしさは感じることが出来た。防いでも無駄。躱さなくては駄目。そう判断するも時間はない。蹴りはいままさにフェンの即頭部に迫っている。
――駄目だ!
――でも、負けたくない!!
その刹那、フェンの身体を動かしたのは意志の力ではなかった。本能と、天賦の才がその身を動かした。
蹴りが当る寸前、その威力に煽られるようにしてフェンの身体が廻る。描く円は小さいものであったが、それで充分だった。レイカの脚は、僅差でフェンの髪を数本だけ刈り取っていく。
穏やかな刻が流れる。死力を尽くす戦いの最中にあって、そんなことあるはずないのに、ゆっくりと全てが流れていく。極限に達したフェンの知覚能力が、そうさせているのだ。
必殺の蹴りを躱されたレイカが、驚愕で顔をこわばらせているのが見える。無防備な右のわき腹がさらされているのもわかる。
いまなにをすべきなのか? フェンにはそれがよくわかっていた。
わき腹に優しく手をあて、力を込める。
叩き込んだのは衝撃破だ。地面を震わすほどの踏み込みで全身を揺らし、体内を駆け巡る振動を添えた手に集める。その全てをくらう相手にしてみれば、突如体内で爆発が起こったと感じたに違いない。
レイカは崩れるようにしてその場に倒れた。そのままピクリともしない
――勝った……のか?
不安そうな面持ちでレイカを見下ろす。やはり動かない。
実感が湧いてきた。レイカに勝つことが出来たんだと、喜びを噛み締める。
気付いたら尻餅をついていた。勝利を確信した途端に、気が抜けてしまったのだ。
それから不安が募ってくる。動かないレイカは大丈夫なのだろうか。
「平気よ。なんとか……だけどね」
声を掛けたら、こう返ってきた。辛そうだったが、嘘ではないようだ。
「良かった。やりすぎちゃったこと思ったよ」
「ううん、そんなことないわ。楽しかった。とても」
「本当!? 僕もなんだ。こんなの初めて。すごい痛いけど、またやりたいな」
満面の笑み。十歳の子供に相応しい。
「わたしもよ。またやりましょ。次は負けないんだから」
レイカも微笑みを返してくる。
「僕だって、負けやしないさ」
二人は勝負の余韻に浸る。全力を出しきった者達のみが味わえる、至福の時間を満喫する。
うまい! このキャラで30枚短編連作で書いたら人気がすごくでそうです。(王道展開で!)特に
>この瞬間、フェンの意地が『神童』と呼ばれる才と混ざり合い、閃光を放つ。
このフレーズが光っていますね、格闘ものは少年の成長ものの話にぴったりな題材だと思うので(老師とか世代が思い切り違うキャラもだしやすいことと、ライバルキャラをだして「武」のとらえかたの違いでキャラをたてやすいと思いますし←少年が悩む元をつくりやすいですし)
kouさまの魅力、そして武器のひとつに「セリフ」のかっこよさがあると思うのですが、格闘ものなら色々な世代のキャラでセリフに凝れそうなのでぜひ読んでみたいです(例えば、元もと同門だった流派がある理由で決別し、ふたたび対峙したときとかkouさまならどう書くのかなー? ものすごく読んでみたいです←世間一般でこれを“おねだり”といいます^^)
続きを期待していますー^^
お褒め頂いたフレームは、いくつかある不安要素の一つでした。演出効果としてとらえられず、現象として受け止められたらどうしようと思っていたのですが、どうやら杞憂のようで安心しました。
王道格闘ストーリー。僕もかなり好きです。昔からあたためていたものからつい最近閃いたものまで、ネタはいくつかあります。
期待に応える事が出来たら嬉しいのですが、仕上げると宣言した作品が一つも出来ていない現状を考えると、約束は難しいです。
それでも遠くないうちになんとか、とも思っていますので、良ければその日を待っていて下さい。
今日は本当にありがとうございました。
Kou様
巴々佐奈と申します。先日は私のサイトの方にご来訪いただきましてありがとうございます。
『格闘技好きの人に捧げる駄文』拝読しましたので、感想をあげさせていただきたいと思います。
凄いですね。何が凄いというと物語の途中で始まり、途中で終わっているはずなのに、エピソードがきちんと完結していることです。絵面を想像しやすい格闘シーン。その合間に二人の関係、思いが詰まっていんですが、ストレスなく読ませてしまう。実力の程うかがえました。
描かれていない部分(例えば、レイカは師の世話係のはずなのになんでこんなに強いのか等)も想像の余地を残していて逆にいいです。
読んでいて自分も格闘をやりたいと思ってしまいました。いえ、痛いのはいやなんですが。
惹きこまれる文章というのはこういうものをさすのでしょう。本当に見習いたい作品です。
書いてる最中は蛇足かなと感じた二人の関係等も、作品の完成度をあげる役割を見事果たしてくれたみたいで、書いてよかったです。
また暇があるようでしたら遊びに来て下さい。お待ちしています。