いまはもう名前を見る事もなくなった『斉藤英一郎』という小説家が書いた『ハイスピード・ジェシー』。
この中に出てくる『ハートランド正教』というのは、これまで僕が出会った設定の中で、トップクラスの優秀さを誇る幻の宗教。
もう、この設定だけでご飯十杯はいけちゃうよ! という素晴らしさです。
現世は地獄である。現世に生きることとはすなわち、地獄に生きるということ。地獄に生きるとは罪を犯した証。人は罪を償い、死して銀河を彷徨う大いなるファーシリウス(ごめん、この名前はうろ覚え。確か蛇に翼が生えたような生き物だったと思う)の中にある天界に行くことが、正しき道である。
というのが、ハートランド正教の教え。ここだけ読むと、なんともかっ飛んだ内容だけど、普通に出版されたんだからもう少しまともなフォーローがある。
つまり、世の中生きていくうえで苦労が多いでしょ。それはこの世が地獄だからですよ。この苦しみから解放されるには死ねばいいんです。
でも、ただ死ぬだけでは駄目です。
罪を償わないと、天界には入れません。人は誰もが、現世(地獄)に生まれるという罪を犯しているのだから、その罪を償わないといけないのです。
償う方法は二つ。
ひとつはこれ以上罪を犯さないように、清く正しく生きること。この場合の清く正しくとは、自身の良心の声に耳を傾け、決して背くことがないようにすること。
法を守ること、ではないところに隠れた秀逸さがあるのですが、それはまぁ置いておきましょう。
もうひとつは。
そう、このもうひとつが優れているのです。
もうひとつは、ハートランド正教の中級神父によって、天界に導いてもらうこと。
わかります、この凄惨さ。この教え、もうちょっと砕いて云うと、ハートランド正教の中級神父に殺されること、なんですよ。
物語世界の中で、この宗教は銀河連邦大統領の承認を受けています。布教活動は自由にしていいですよ、とお墨付きをいただいているわけです。
そして、ハートランド正教の中級神父の仕事は銀河系を単身飛び回り、迷える者の魂を救うこと。
というわけで、舞台の出来上がりです。
この宗教ひとつであらゆる物語を生み出すことが出来る。悲恋の物語も、手に汗握る大冒険も、なんだって出来ちゃう。
なんたって主人公は神の使途。しかも身分は組織内で真ん中。下もいるし上もいる。なんともバランスがいい。
手にする武器も魅力的。
掠りさえすれば、その場所から徐々に神経を破壊していき、最終的には心臓を破裂させるという神経銃。欠点は射程距離の短さのみ。
これは宗教的な理由から生まれた武器。本来は足の爪先などの心臓にもっとも遠い部位に当て、想像を絶する痛みを相手に与えるのが理想的。その苦しみが強く長ければ長いほど、罪が許され天界のより良い場所にいけるという考えから生まれた。
そして、罪人を救った神父はお祈りの言葉も忘れない。
『天界に幸多からんことを』
本当はこれもっと長いんだよね。確か
『天空に輝ける大いなるファーシリウス。汝が内なる天界に幸多からんことを』
だったかな。もっと長かったかも。
これを唱えて魂を成仏させるのが神父の役目なんだけど、ほとんどが上の短いバージョンで済まされていたな。
さらに、おまけにもうひとつ。
ハートランド星人は身体的に特徴があり、みな銀髪銀眼の持ち主なのです。
これも、上手い。観ただけで誰もが震え上がる銀髪の殺し屋の出来上がりです。
皆さん想像してみて下さい。
それがどんな場所でもいいです。どんな相手でもいいです。
死闘の果てに倒れる敵。
その傍らに立ち、銃を片手に祈りを捧げる、銀髪の神父。
祈りのあと、静かに顔を上げるその面に光る銀の瞳。
ねっ、グッとくるでしょ。
いつ思い返しても惚れ惚れする。こんな設定を僕も生み出してみたいものです。
この中に出てくる『ハートランド正教』というのは、これまで僕が出会った設定の中で、トップクラスの優秀さを誇る幻の宗教。
もう、この設定だけでご飯十杯はいけちゃうよ! という素晴らしさです。
現世は地獄である。現世に生きることとはすなわち、地獄に生きるということ。地獄に生きるとは罪を犯した証。人は罪を償い、死して銀河を彷徨う大いなるファーシリウス(ごめん、この名前はうろ覚え。確か蛇に翼が生えたような生き物だったと思う)の中にある天界に行くことが、正しき道である。
というのが、ハートランド正教の教え。ここだけ読むと、なんともかっ飛んだ内容だけど、普通に出版されたんだからもう少しまともなフォーローがある。
つまり、世の中生きていくうえで苦労が多いでしょ。それはこの世が地獄だからですよ。この苦しみから解放されるには死ねばいいんです。
でも、ただ死ぬだけでは駄目です。
罪を償わないと、天界には入れません。人は誰もが、現世(地獄)に生まれるという罪を犯しているのだから、その罪を償わないといけないのです。
償う方法は二つ。
ひとつはこれ以上罪を犯さないように、清く正しく生きること。この場合の清く正しくとは、自身の良心の声に耳を傾け、決して背くことがないようにすること。
法を守ること、ではないところに隠れた秀逸さがあるのですが、それはまぁ置いておきましょう。
もうひとつは。
そう、このもうひとつが優れているのです。
もうひとつは、ハートランド正教の中級神父によって、天界に導いてもらうこと。
わかります、この凄惨さ。この教え、もうちょっと砕いて云うと、ハートランド正教の中級神父に殺されること、なんですよ。
物語世界の中で、この宗教は銀河連邦大統領の承認を受けています。布教活動は自由にしていいですよ、とお墨付きをいただいているわけです。
そして、ハートランド正教の中級神父の仕事は銀河系を単身飛び回り、迷える者の魂を救うこと。
というわけで、舞台の出来上がりです。
この宗教ひとつであらゆる物語を生み出すことが出来る。悲恋の物語も、手に汗握る大冒険も、なんだって出来ちゃう。
なんたって主人公は神の使途。しかも身分は組織内で真ん中。下もいるし上もいる。なんともバランスがいい。
手にする武器も魅力的。
掠りさえすれば、その場所から徐々に神経を破壊していき、最終的には心臓を破裂させるという神経銃。欠点は射程距離の短さのみ。
これは宗教的な理由から生まれた武器。本来は足の爪先などの心臓にもっとも遠い部位に当て、想像を絶する痛みを相手に与えるのが理想的。その苦しみが強く長ければ長いほど、罪が許され天界のより良い場所にいけるという考えから生まれた。
そして、罪人を救った神父はお祈りの言葉も忘れない。
『天界に幸多からんことを』
本当はこれもっと長いんだよね。確か
『天空に輝ける大いなるファーシリウス。汝が内なる天界に幸多からんことを』
だったかな。もっと長かったかも。
これを唱えて魂を成仏させるのが神父の役目なんだけど、ほとんどが上の短いバージョンで済まされていたな。
さらに、おまけにもうひとつ。
ハートランド星人は身体的に特徴があり、みな銀髪銀眼の持ち主なのです。
これも、上手い。観ただけで誰もが震え上がる銀髪の殺し屋の出来上がりです。
皆さん想像してみて下さい。
それがどんな場所でもいいです。どんな相手でもいいです。
死闘の果てに倒れる敵。
その傍らに立ち、銃を片手に祈りを捧げる、銀髪の神父。
祈りのあと、静かに顔を上げるその面に光る銀の瞳。
ねっ、グッとくるでしょ。
いつ思い返しても惚れ惚れする。こんな設定を僕も生み出してみたいものです。
ご迷惑でしたらお赦しください。
自分が日頃から考えていることですが
人は一体、何のために生きているのでしょうか?
人はどこから来て
何のために生きて
どこへ向かっているのでしょうか。
神の存在、愛とは何か、生きる意味は何か、死とは何かな
どの問題などについて、ブログで分かりやすく聖書から福音
を書き綴っています。ひまなときにご訪問下さい。
http://blog.goo.ne.jp/goo1639/
(聖書のことば)
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところ
に来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」
(マタイの福音書11:28)。
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛
している。」(イザヤ書43:4)。
ただ、来ていただいたのは嬉しいのですが、ブログの内容がきちんと伝わっていなかったようですね。
良ければもう一度読み返していただいて、理解していただけたら、またコメントを寄せて下さい。
よろしくお願いします。
本編で最初に出たときはチンピラっぽかったのに、主人公の相棒になって、頼りになっていき、
番外編ではサバイバルも出来て諜報も出来て、心身ともに鍛え上げられて、主人公のように超常ではない超人のフォークがあの頃好きでした。