長野県のとある村を舞台に、70歳を迎える老人を楢山へ捨てに行く因習(伝説)を題材にした小説です。
物語全体からは民族学の著書を思わせるような雰囲気がしますが、実母を捨てに行く息子、辰平の細かな心の動きが主軸となって物語は進みクライマックスを迎える感情描写はやはり小説ならではでしょう。
貧しく食べるのにも困窮している村落では、口減らし、間引き、姥捨てといった、今なら「殺人」となることが、掟、風習、伝統として生きており、疑問を持つことやそれらに従わないことには村八分といった制裁が待っています。
そして楢山へ老人を捨てに行くにも細かな決まり事があります。決められた道順を通り、山頂に老人を置いて下山するときは口をきいてはいけない、振り返ってはいけないといったことが絶対的な掟とされています。
おりん(母)と辰平もまた、この掟を守り楢山を一歩一歩上っていくわけですが、母を山頂に置いて歩き始めたとき、辰平は雪が降ってきたことに気付きます。
楢山へ着いてから雪が降るのは運がいいと言われていることや、おりんが自分が山へ行くときはきっと雪が降るだろうと言っていた言葉を思い出し、ただもう一度言葉を交わしたいと、掟のことなどもうどうでもよくなり、辰平は母のところに駆け戻り「おっかぁ!雪が降ったなぁ!!」と言葉をかけるのでした。
普段、掟や風習などを疑うこともせず受容するしかない生き方をし、それが当たり前だと思い生きてきたのが、ここにきて自分の内側から湧き起こる衝動に抗いきれず行動する様に、人としての自然な心の発露を感じさせられました。
おりんの楢山へ行くまでの身辺整理に観る潔さもまたとても興味深い描写でしたが、正誤・善悪といった倫理や道徳とは一線を画した村落の「掟」に対し葛藤を感じている辰平を見ていると、人を求め言葉を交わし気持ちを通じ合わせるということが実は人間の根源的な欲求ではないのだろうかと思わされる作品でした。
楢山節考/深沢七郎/新潮社
評点:★★★☆☆(3/5点)