初回記載:2017年11月16日
思春期特発性側弯症の患者さんで、脊柱固定術を受けた何年か後に、インスツルメンテーションを抜釘するかどうかで悩まれる方も少なくないようです。過去に記載した同トピックスの記事と合わせて、お読みいただければと思います。
体内に入れて骨固定ができたインスツルメンテーション(インプラント)を取り出すことは、入れるとき以上にリスクを伴う手術になるでしょう。
これは非常に重大な案件ですので、必ず主治医の先生とよく話し合われて下さい。
カテゴリーに「脊椎インスツルメンテーション抜釘のリスクとベネフィット」を追加しました。
類似トピックスは
「術後何年かでインスツルメンテーションは抜去する?」
「(重要) 術後何年かでインスツルメンテーションは抜去する? No.2」
カテゴリー「側弯症手術について」もご参照ください。
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これは患者の皆さんに安全な手術とは何か? ということを、私の知りうる限りの知識と情報をもとに考えていただく為に「一般化」した形で記載するものです。 患者さんは皆さんがそれぞれ異なる状態、条件を持っておられますので、ここに記載した内容がすべての
皆さんに当てはまるものとは言えません。 必ず主治医の先生と十分な話し合いを持たれて下さい。
1. 抜釘が必要になると想定されるケース (これ以外の理由・原因もあるかもしれません)
① 例えば、20年前、10年前に脊椎固定術をされた方で、そのインスツルメンテーションがなんらかの不具合(例:破損)を
起こしており、それが原因で痛みが生じている場合。
② 例えば、20年前、10年前の脊椎固定術をされた方で、年齢が進むとともに、インスツルメンテーションの上位椎体
あるいは下位椎体の変性疾患が進行し、再手術をしたほうが良いと判断される場合
③ 感染による抜釘が必要になった場合
④ 偽関節や骨癒合不全(脊柱の固定ができなかった)の為、再手術をせざるえなくなった場合
⑤ 明らかにインスツルメンテーションが原因で、抜釘することでその痛みが解決できると判断できる場合
☞原因が特定できずに不定愁訴だけでインスツルメンテーションが原因と考えるのは早計ですので
必ず時間をかけて原因を検査してもらって下さい。
⑥ 将来の遅発性感染や、骨粗鬆症が進行した際の「トラブル」に対する予防的措置としての抜釘
⑦ 患者さんの希望による場合
⑧ その他
2. 医学文献検索から見た抜釘手術の状況について(google及びPubmedに幾つかの関連キーワードにて検索した結果)
年代順にタイトルとその内容を簡潔に記載します。
◇年代不明 思春期特発性側弯症における抜釘術後のアライメントの変化 (九州大学 播磨谷勝三先生)
・抜釘後 3か月以上経過した16例報告
・脊椎固定術から抜釘までは 平均51.2カ月
・抜釘術後の平均観察期間は 平均38.2カ月
・コブ角の平均 初回手術前62.1° 抜釘術前35.8° 抜釘術後の変化 -4°~10° (平均3.7°増)
・ただし再手術を必要とした症例はなかった
・結語-側弯症矯正固定術後の抜釘後には側弯進行を念頭におき、経過観察することが重要
◇2004年 特発性側弯症後方手術抜釘後の脊柱変形進行に関する検討 河野修先生 整形外科と災害外科53;(2)
・これまで特発性側弯症に対して97例の固定術実施
・そのうち 41例にて抜釘手術を実施
・抜釘後1年以上の経過観察ができた25例について
・経過観察は平均4.8年 (1年から15年)
・コブ角の変化 16例 (64%) は変化なし 平均55.6° (38°~74°)
・コブ角の悪化例 9例 (36%) 平均71.7° (52°~74°)
・抜釘直後から変形進行があったわけではなく、抜釘後平均3年で変形進行が見られ、しかも抜釘時には
全例良好な骨癒合を確認していることより、この変形進行は偽関節やクランクシャフト現象ではなく、
骨癒合範囲における骨の弾性や重力の影響による、いわゆる「たわみ」によるものであろうと推測された。
・術前のcobb角が大きく、十分な矯正が得られずに抜釘時も脊柱変形の遺残が大きいものに
おいて脊柱変形の進行が見られ、骨癒合後に抜釘を行った際にも長期の経過観察が必要。
・手術による矯正を長期にわたって維持するためには、適切な手術時期の選択と、
十分な矯正が得られる術式の検討が重要
☞赤文字はaugust03が追加
◇2006年 Potter BK Loss of coronal correction following instrumentation removal
in adolescent idiopathic scoliosis. Spine (Phila Pa 1976). 2006 Jan 1;31
・思春期特発性側弯症で固定手術をおこなった後の、インスツルメンテーション抜釘の影響を調査
・レトロスペクティブに調査した (初回手術前・抜釘術前/後・レントゲン写真撮影)
・21例 (女性15) 初回手術時の年齢14.8歳(9~19歳)
・抜釘は、初回手術から平均2.4年後 (8カ月~4.2年)
・抜釘後のフォロー 平均 5.2年 (2~11年)
・抜釘の原因 15例は術後の痛みの為 6例は遅発性感染の為
・抜釘後のコブ角
-主たる胸椎カーブ 63.3°(42~112°)、胸腰椎カーブ 31.4°(17~53°)
-sagital plane(矢状面)での変化はなかった
・抜釘術が考慮されるときは、患者及び両親と、抜釘後の予後について事前に話し合うこと。また部分的な抜釘ということも
検討したほうがよい。
◇2007年 Rathjen K Clinical and radiographic results after implant removal in idiopathic scoliosis
Spine (Phila Pa 1976). 2007 Sep 15;32
・プロスペクティブ調査
・56例の抜釘術を施行した患者のうち、抜釘後のフォローができた43例について
・抜釘は、初回手術から平均2.9年後 (7カ月~7.25年)
・抜釘後のフォロー 平均9.5年 (3.2~17.9年)
・抜釘の原因 21例は術後の痛みの為 22例は術後の遅発性感染の為
・抜釘後のコブ角変化 2例は胸椎カーブ11~20°増、 腰椎カーブの増はゼロ例
・sagital plane(矢状面)での変化 19例が11~20°増の胸椎後弯、5例が20°以上の胸椎後弯
・これら胸椎後弯のカーブ進行は、抜釘後の年月、初回固定術から抜釘までの期間などとは相関していなかったが、
SRS22の自己評価とは関係していた。
・抜釘は、年齢による脊椎変形の進行とも関連し複雑である。抜釘を要する場合は、患者と十分に話し合うことが必要である。
◇2013年 Reinstrumentation for rapid curve progression after implant removal following posterior
Scoliosis. 2013 Sep 3;8:
・1例報告
・初回手術後 3年にて、インスツルメンテーションによる痛みの為抜釘
・抜釘15カ月後 胸椎カーブが 術前29° ⇒ 術後57°に増悪
・この処置のため、追加再手術を実施した
・抜釘後に急速にカーブが進行する場合があることを考慮し、抜釘にあたっては患者と十分に話し合うこと。
抜釘後は十分なフォローを実施すること。
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comment by august03
☞。「抜釘 removal」「思春期特発性側弯症 AIS」を主たるキーワードでのGoogle並びにPubMedで検索できた文献は、
わずかに 5件 のみでした。その年代は、2004年~2013年です。
脊椎インスツルメンテーションによる脊椎固定術は、思春期特発性側弯症以外に、大人の加齢変化(変性側弯や脊柱管狭窄症等)
による固定術が多数実施されており、キーワードに「再手術 revision」を用いますと、得られる文献はもっと増加することが
予想できますが、ここではあくまでも「思春期特発性側弯症」患者さんに絞った文献を集めました。
このようなトピックスを書きますと、すぐに民間療法者等がこれを利用して、「側弯症手術は危険だ」と声高に叫び始めます。
そのことを考えてしまうとタイプが鈍るのですが、しかし、大切なことは、患者の皆さんに医学上の事実とはどこにあるのか、
を知っていただくためですので、やはりここに新しいカテゴリーとして「脊椎インスツルメンテーション抜釘のリスクと
ベネフィット」を追加することにいたしました。
患者の皆さん、そしてご両親にご理解いただきたいのは、「危険だ」「危険だ」と叫ぶ彼らには真の意味で側弯症を治療できた人間は
ひとりもいない、ということです。 危険と言うのは簡単なことです。では、施術・マニュピレーション・カイロプラクテック・
R〇〇〇療法、〇〇体操で、25度の患者、30度の患者、40度の患者、50度の患者、60度の患者.....を治療できますか !!
そのような医学的事実はありません。
しなければならない手術をしているのですから、民間療法者は意図的に患者さん・そのご両親を惑わすような宣伝を流すのは
止めて欲しいものです。
話を戻します。
3. 抜釘術は年間どれだけ実施されているのか?
正確な数値はわかりませんが、日本のみならず欧米を合わせても、年間 数例ほどではないでしょうか。日本に限って推測すれば
1例もあるかどうか、だと思います。 さらに情報が入手できましたら、アップデートしたいと思います。
4. 不安な気持ちで先延ばしにすることのリスク
術後感染のことや術後の痛みのことについても、それを過剰に心配するあまりに「しなければならない手術」を先延ばしにしたりに
することは、患者さんの持っているリスクを消去することにはつながりません。
手術には、つねにリスクがありますが、同時に「タイミング」を逃すことにより、別のリスクが増える。という事実にも目を向けて
みて下さい。 そくわんカーブが増大すればするほど、それを矯正する手術は難しくなります。矯正率も落ちます。無理に矯正率を
あげようとすると、術中でのトラブルのリスクが増えます。
私august03は、手術をすることを推奨しているのではありません。でも、この場合の抜釘手術は、初回手術以上に
上記に掲げた理由のなかで「しなければならない手術」があることはご理解下さい。
同時に、上記に掲げた理由の中に「しなくてもよいのでは? 」という手術があることもご理解下さい。
5. あえて「しなくてもよいかもしれない」抜釘手術をすることのベネフィット
しなくてよいかもしれないものをすることで得られるベネフィット・メリットは、当然のことですが、ありません。
金属が入っていることで、飛行機に搭乗するときのセキュリティチェックで引っかかることを心配されている方を散見しますが
それは病院から和文・英文の証明書をもらうことで対応できます。
抜釘したほうが、身体の動きが良くなるのでは? と考えられるかもしれませんが、そのような理由で抜釘したという文献は
読んだことがありません。 もし身体の動きのことを心配されるのでしたら、それは「初回手術のタイミング」をしっかりと
主治医の先生と話し合われることのほうがメリットは大きいと思います。
6. 安全に抜釘手術をする上でのピンポイントなアドバイスとして
1. 必ずセカンドオピニオンをとりましょう。 状況によっては、初回手術をしていただいた先生ではなく、手術例数の多い病院
有名な先生のおられる病院への紹介状を書いてもらうとか、そういうことも考慮されたほうが良いと思います。
特発性側弯症脊椎固定術の年間症例数は、calcoo https://caloo.jp/dpc/disease/844 が参考になると思います。
技術は「こなした数」が関係するのは、いかなる業界のいかなる仕事とも共通することですので。
2. これから初めての脊椎手術を予定されている患者さんは、使用された「脊椎インスツルメンテーション」の「添付文書」を
病院(先生)からもらって保存しておきましょう。
病院は患者さんの記録の一部として、この記録も残していますが、抜釘手術のように、初回手術から数年もあるいは
今後は10年以上も経てから、行うことも想定されます。
あるいは、患者さんが引っ越しをして、まったく違う地域に住むこともあるでしょう。そういうとき、添付文書があれば
患者さんの身体にどのインスツルメンテーションが入っているかが先生はすぐにわかりますから、本当に抜釘手術が
必要となったときに、先生はその手術の段取りを組むことにスムーズに取り掛かることができます。
脊椎インスツルメンテーションを世間ではよく「ボルト、ナット、スクリュー、ロッド」と単純化して表現していますが
それほど単純な話ではありません。抜釘には、それ専用の器具が必要となります。
august03
☞august03は、メディカルドクターではありません。治療、治療方針等に関しまして、必ず主治医の先生とご相談してください。 医学文献の拙訳を提示しておりますが、詳細においてはミスが存在することも否定できません。もしこれらの内容で気になったことを主治医の先生に話された場合、先生からミスを指摘される可能性があることを前提として、先生とお話しされてください。
☞原因が特定できていない病気の場合、その治療法を巡っては「まったく矛盾」するような医学データや「相反する意見」が存在します。また病気は患者さん個々人の経験として、奇跡に近い事柄が起こりえることも事実として存在します。このブログの目指したいことは、奇跡を述べることではなく、一般的傾向がどこにあるか、ということを探しています。
☞原因不明の思春期特発性側弯症、「子どもの病気」に民間療法者が関与することは「危険」、治療はチームで対応する医療機関で実施されるべき。整体は自分で状況判断できる大人をビジネス対象とすることで良いのではありませんか?