いまだ何人もかつて訪れたことがなく、今後も誰も訪れることがないであろう西インド諸島とアゾレス諸島の狭間に位置する「バミューダトライアングル」の二万里を越える海底に、四次元空間につながる海主ネプチュヌスの城がある。
陽の光さえ届かぬ深海底にひっそりとたたずむ城の回りでは、赤、青、黄、緑、オレンジにかがやく魚、エイ、鮫たちが泳いでいる。場内になるきらめく宝石のように飾り立てられた百の部屋は、マーメイド、マーライオン、セイレーンなど、海主の眷属たちの住処。
水龍とマーライオンが戦う姿が描かれた広間では、人類の時間なら何百年にもわたる地球の明日を左右するかも知れない神々の議論が続いていた。青みがかった白銀の髪をなでるネプチュヌスは議論をおさめようとする思念を発することもなく天主と冥主の議論の行方を見守っている。マリンブルーの眉毛がわずかな海流に揺れている。
激高した天王ユピテルは、大地の女神ガイアを「意識不明の重態」にまで追い込んだ人類の早期絶滅を提起する。
「天翔るもの」ユピテルはさまざまな天体で文明の興亡を見てきたが、これほどいびつな発達は他にないとの意見である。
(もはや一刻の猶予もならぬ。人間たちを野放しにしたのは誤りだった。四十六億年前にこの惑星と同化された女神ガイアも、たかだか四百万年前に類人猿から進化させた者どもによって虫の息。すべてはカオスに返すべき)彼が思念を送るたびに黄金色の雷が光り稲妻が鳴り響く。
冥主プルートゥは人間たち自ら滅びの道を歩むのは自業自得で手出しは不要との立場。プルートゥは彼らが死後にまで持っていこうとする金銀財宝、知恵、芸術への「執着」を集めることにより大帝国を築いていた。
(我らが創造物の種全体の生き死にに手出しせぬは、最古の神々がお決めになった約束事。自ら滅びの道を選びたいのなら、なすがままにするのが本道。いまさらでしゃばってどうする?)水中でも燃えさかるくれない色の髪を逆立てたプルートゥが、応じる。
(たしかに太古からの約束事は大切じゃ。しかし、プロメテウスの血筋を引いた科学者という輩は、走るばかりで立ち止まることを知らぬ)ユピテルが伝える。
(しかし、人間たちを滅ぼして何とする? 我らがこうして生命を保ち活力を得るはあやつらの思念あればこそ。それを滅ぼしてあらたな生物を生み出し、また数十万年の時を精神エネルギー体として過ごすか?)
神々といえども永久不滅の存在ではない。エネルギーがなくなれば衰退もし、ガイアのようにいったん形を持ってしまえば「死」もむかえる。
精神体の姿に戻ればエネルギーの消耗は最低限におさえられるが、その間、思考をのぞく活動はいちじるしく制限される。信心深いものたちだけではなく、皮肉なことに強く否定することで神を意識する無神論者たちも含めた人間たちの思念こそが彼らの存在の根元である。
しかし、この惑星が早晩終末を迎えるかもしれぬ危機を迎えても、議論は堂々巡りを繰り返す。中立のネプチュヌスだが、汚されていく海、川、泉に思いをはせると、ユピテルの意見に傾きそうになる。人間たちが科学と呼ぶ「魔術」の発達は、東と西から北と南へとその対立の形を変えても、あと千年と経たぬうちに美しかったガイアの姿を醜く変えたのみならず、この惑星を居住不可能にまで変容させかねない。
自らの住みかさえ管理できない人間たちに生存を許すべきかという疑惑が、ともすればネプチュヌスの胸にもわき上がってくる。
だが、プルートゥが言うように本来の姿に戻ってあらたな知的生命体が文明を築くのを待つには、この星はよごれすぎてしまっている。同時に、創造主といえども人間たちの生殺与奪の権利があるのかとも思う。
いつ始まったのかさえ思い出せないほどの長きにわたって、堂々巡りが続いていた。
このままでは、ユピテルとプルートゥのどちらかがしびれを切らし、いつ交渉をうち切っても不思議はなかった。
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