(母と大将軍殿(註、ヴラド・ツェペシュはかつて冥界の大将軍)以外、誰も知らぬことじゃが、兄弟姉妹で一番不幸な将軍には知る権利があるやも知れぬ。これから言うことは他言無用。愛に「呪い」をかけたのは、我じゃ。我の「燃やし尽くすもの」という名は、サラマンダーの女王だからなのではない。愛を燃やし尽くす定めゆえについた名なのじゃ)ローラは遠くを見る目つきをして続けた。(あれは数千年の昔。我はプルートゥ様の寵愛を受け有頂天であった。サラマンダーの女王から冥界の王妃へ! これ以上ない夢を見ていた。だがプルートゥ様は我を捨てて、あの美しいがおとなしいだけが取り柄のペルセポネを選ばれた。我は呪った。我が君を、我が運命を、そして愛のすべてを。
その後、大将軍殿と婚姻の議をおこなったのは、あてつけ婚だったのじゃ・・・・・・)
(あてつけ婚?)
(愛を知らぬお主には、わからぬか・・・・・・いや、あてつけなどは女にあっても、男にはないものか。終わった愛にこだわり続けることができるのが男なら、まだ愛する相手がありながら別の相手と恋することができるのが女というもの。誇り高きサラマンダーの女王が、人間界から来た大将軍殿を選んだ理由はもうプルートゥ様に未練などないと自分自身と周りに示すためでもあったのじゃ。
あれは、大将軍殿が冥界に来た日であった。
人間界から冥界に来た魂は、ミノス、ラダマンティス、アイアコスの審判を受ける。アジアから来た魂はラダマンティス、ヨーロッパから来た魂はアイアコスの審判を受ける。そして彼らが審判を下せない時は、ミノスの出番となる。
ワラキアから来た大将軍殿にアイアコスは判決を下せなかった。
そこで、ミノスの審判を受けることになった。人間界での罪が重ければ重いほど、ミノスの尻尾によって何重にも身体がからまれてそれだけ深い地獄に落ちる。だが大将軍殿の身体には何度試しても、ミノスの尻尾はからむどころかはじき飛ばされるだけであった。
ミノスは、途方に暮れて火の川ピュリプレゲドンの中にいた我に相談した。普段は「プルートゥ様の市(まち)」の建物の劫火の番をしていたが、その頃の我はプルートゥ様に裏切られたショックで市をさまよっていることが多かった。怪物メデゥーサと出くわさないようにだけは注意していたが・・・・・・
ミノスは、プルートゥ様の閻魔帳を見せてもらえるよう頼んできた。
その前に、気まぐれから我はミノスの尻尾をはじく魂を見てみることにした。
一目見た時、大将軍殿の偉丈夫ぶりに惚れ込んだ。
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