(さあ、家族との最後の別れを惜しむがよい)
(父上、母上、お世話になりました)マクミラが、両親と妹に顔を向けた。
(名誉なことよ。マーメイドの小娘ごときの後塵を拝するなど神官に限ってありえまいが、がんばるのじゃ。プルートゥ様のご加護がありますように)ローラが応じた。
ドラクールは、視線だけを合わせる。
ミスティラはマクミラと長く仕事をしてきただけに別れに感慨無量だった。マクミラがなにかを投げてよこす。ミスティラが受け取ると一族の紋章コウモリの形をした宝物殿の鍵だった。
宝物殿は人間たちの執着が渦巻き並の魔力では押さえられない。過去に扉が誤って開いた時のことは人間界にも「パンドラの筺」伝説として知られている。
(ミスティラよ、ついに「鍵を守るもの」になるときが来たな。今後はお主が持つがよい)
(神官様・・・・・・)
(そう心配そうな顔をするな。盲目の我に知れるほどに不安をさらしていては先が思いやられるぞ)
(神官様がマーメイドに率いられたものたちと戦う姿が見えますが、結末が見えませぬ)
マクミラは微笑んで伝えた。(お主の予知にたよるほどまだ落ちぶれてはおらぬ。お主は心眼でものを見ぬからいつまでたっても真の姿が見えぬ。表に見えるものなどはすべてまやかし。心眼を開かなければ神官職を務めあげることなど生涯かなわぬぞ)
(フフ、お主のアカシックレコードを垣間見たノストラダムスと申すものは人間界最大の予言者と呼ばれているそうだが)プルートゥが伝えた。
(お名残惜しゅうございます、プルートゥ様のご加護がありますように)ミスティラが思念を送る。
(よかろう、皆のもの準備はよいか? だが、三匹にはケルベロスとの最後の別れを許すわけにいかぬ。ケルベロスは冥界の門番じゃ、呼びつけられぬ)プルートゥが思念を伝える。
(ご心配は無用かと)
マクミラが三匹へ思念を送ると、子犬たちから雄叫びが上がる。
アォーーン!
息子たちの雄叫びを聞いてケルベロスの三番目の首の目が見開く。
ガォーーン!
ケルベロスの雄叫びは旅立つ子らへの祝福か、はたまた別れゆく子らへの哀悼の叫びか。絞り出された雄叫びは永久に続くと感じられるほど冥界中にこだました。
(それでは、用意はよいな?)
彼らがうなずく。
精神界の支配者には海主がナオミを送り込むのに使ったカプセルなど必要なかった。彼が巨大な魔力の象徴である宇宙の輪廻の蛇二匹がからみつく杖を差し上げると、生木を裂く音と共にたちまち時空間の切れ目が生じる。
マクミラは三匹の獣たちと裂け目に引き込まれていく途中で、よいか神の最後の審判は絶対じゃ、というプルートゥの思念を感じたような気がした。
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