よく出来たホラー小説では、非日常が日常に入り込む。
ドラキュラなら、吸血鬼伯爵がトランシルヴァニアの古城から大都会ロンドンにやってくる。フランケンシュタインなら、天才医学者がつなぎ合わせた遺体が雷の力で動き出す。オオカミ男なら、ルーマニアの銀狼にかまれた男が満月の夜に変身する。
だが、これは不自然とか非現実的とかいう次元の話ではない。
冥王が時空間の割れ目からニューヨークに現れて、ゲームだから赤ん坊を育てろだと?
面倒くさいばかりか、不機嫌な顔も高飛車な調子も、何もかも気に入らない。なにしろ、すでにゲームセットが自分に宣告されているのを認めているのだから。
ジェフは、にやりと笑うと窓から身を踊らせた。後は、これまでの人生がフラッシュバックしてジ・エンドのはずだった。
しかし、彼の身体は真っ暗な闇に浮かんでいた。摩天楼から直行便で地上に向かうはずが、何も見えず何も聞こえない虚無の空間。
酔いがいっぺんに醒めて恐怖が全身をつらぬいた。
「た、助けてくれ! 何でも言うことを聞く!」
(人間とは、愚かな存在じゃ。自ら命を絶てば人生をリセット出来るとでも思っているのか。己が肉体を滅ぼせば、魂は未来永劫煉獄につながれて何度でも死を再現せねばならぬのに)
プルートゥが伝える。
(取引成立だな。受け取れ、マクミラを。お前の使命はこの赤ん坊を育てることじゃ。ゲームに勝てるようがんばるのじゃぞ)現れたときと同じ音を立ててドラゴンと共にプルートゥが時空間の裂け目に吸い込まれていく。
気がつくとジェフは広いオフィスであえいでいた。死のダイブを試みたことはどうやら本当らしい。髪の毛がばさばさになって、服がはだけている。
インターフォンから秘書の、あの、そろそろ帰りたいのですが、という声が聞こえてきた。時計を見ると、午後十時半を過ぎている。逢い引きもせずにダイアナをこんな時間まで居残りさせるのは初めてだった。
今日はもう帰ってかまわないとジェフは面倒くさそうに答えた。自殺する気はもう失せていた。ブラインドがバタバタという音にあわてて窓を閉める。
酔っぱらい直すしかないなと思った時、マホガニーのデスクに真っ黒なゆりかご寝かされた赤ん坊を見つけた。
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