既に、私たちは認知戦の戦争に巻き込まれているんだなあ、と思う。
洗脳されて脳を乗っ取られ、同じ国民、同じ人間同士で対立する。
様々なスキャンダル、災害のショックで目くらましされて、
知らない(知ろうともしてない)うちに、
大変な政策や法律などが決まっていく。
「ショックドクトリン」
そして、支配される。法治国家という事で。国の方針という事で。
その法律、政府は
本当に国民の利益、国民の幸福のためになっているのか。
必ずある自分のスコトーマ(盲点)を認めようとしない人たち(大臣たち)
週刊誌のスクープ、不可解な火事、御用学者やマスコミによるワクチン推進、Google検索やネットニュースの表示順、YouTube動画削除、X のコミュニティノート、、、
、、、様々な情報統制、言論弾圧。
国民は生まれてからずっと洗脳(教育、情報)されてきた訳だけど、
洗脳が自分の幸福につながればいいし、最低でも殺されなければいい。
でも、それが自分以外の大人、一部の権力者の利益のための洗脳だとすれば、
自分の人生が実は自分のための人生ではない、ということになる。
命も含めて。
私たち庶民なんて、まあそんなもんだと諦めて、家畜でも奴隷でも受け入れられる人、
いや、その事に気づかずに“幸せに“暮らせている人はいいね。
本当に幸せなら、、、
「無知」だと認めたくないのもあるだろうけど、(人間はみんな無知です!)
単純に、認めるのが「怖い」のも大きいんじゃないかな。
「死にたくない」という気持ちは、生きているもの全てにある本能。
でも、本当に(まだ)死にたくないなら、(いつかは必ず死にます!)
現実をありのままに観て(盲点を少しでもなくして)、
冷静に行動するべきではないかと、思います。
見なきゃいい?知らなけりゃ幸せ?自分には関係ない?
目の前に毒矢が刺さって死にそうな人がいれば、
矢の形状がどうの、どういう人かetc
あーだこーだあれこれ考えてないで、いち早く矢を抜いてあげられる人でありたい。
そのために、普段から物事をありのままに正確に捉えられるようにしたい。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます