かつてナンシー・グリフィスが好きで、今もプレイリストを作って時々聞いている者にとっては、大変うれしいトリビュート・アルバムがリリースされました。アルバムには、ナンシーが共演したり、しばしばステージを共にしたアーティストたち(ジョン・プライン、エミルー・ハリス、ライル・ラヴェット、スティーヴ・アール、アイリス・デ・メント)、そして彼女の影響を反映した音楽を聴かせるアーティストたち(サラ・ジャローズ、ビリー・ストリングス、モリー・タトル)が、ナンシーの名曲をカバーしています。また、時期を同じくして、長らく絶版になっていたデビュー後の4作~1978年の「There's a Light Beyond These Woods」、1982年の「Poet in My Window」、1984年の「Once in a Very Blue Moon」、1986年の「The Last of the True Believers」~をまとめたボックス・セット、「Working in Corners」もリリースされて、2021年に亡くなったナンシーの音楽の素晴らしさを改めて見直す風潮になればと期待します。
参加アーティストは、やはりアメリカーナやフォーク、ブルーグラス系のアーティストで占められていて、また老若入り混じった顔ぶれとは言いつつも、やはり著名なのが高齢なアーティストになるせいか、とても落ち着いた作品集になっているのは当然というべきでしょう。また、選ばれた楽曲も定番の名曲はもちろんですが、通常ならベスト盤に選ばれないような、タイトル曲"More Than a Whisper"をはじめ、"Love Wore a Halo (Back Before the War)"、"Banks of the Pontchartrain"、"Radio Fragile"なども選ばれているのが目を引き、ナンシーの音楽への深い理解や愛着が感じられます。
目を引くのが、"Love at the Five & Dime"で聴かれるジョン・プラインの歌声でしょうか。ジョンは2020年に亡くなっているのですが、亡くなる直前にケルシー・ウォルドンとのデュエットで録音していたものらしく、貴重な作品になっています。ジョン・プラインといえば、1993年の名盤「Other Voices, Other Rooms」からのリード・シングル"Speed of the Sound of Loneliness"でデュエットし、ミュージック・ビデオにも出演していました。当時は、(懐かしい)DirecTVでオーストラリアのCMTが見れたので、良く目にしたのが思い出されます。このトリビュート・アルバムの制作経緯の情報には触れていないのですが、この録音が残っていたのがきっかけかもしれない、と感じます。
個人的には、やはりオープニングのサラ・ジャローズによる"You Can't Go Home Again"が、タメのあるリズム感のせいか重厚さすら感じさせ素晴らしいと思いました。モリー・タトルはビリー・ストリングスと"Listen to the Radio"で共演して、歌声やギター共に軽快で期待通りです。参加アーティストの中では中核クラスなるブランディ・クラークの"Gulf Coast Highway"はギターを主体にしたアレンジで、穏やかな歌声を聴かせてくれます。エミルー・ハリスは、この企画ではいなくてはいけない人ですが、歌声はさすがにお年をめしたな、という印象です。
ナンシーは、1987年の「Lone Star State of Mind 」から1991年の「Late Night Grande Hotel 」までの間、メジャーのMACレーベルのレコーディング・アーティストであり、メインストリーム・カントリー界で活動していたのですが、なかなか期待されたほどのチャート・アクションに恵まれなかったようです(苦肉の策として「Storms」では、ローリング・ストーンズの「Get Yer Ya-Ya's Out」をプロデュースしたグリン・ジョーンズをプロデューサーとして起用)。本作に参加しているメインストリームに通じたアーティストは、エミルーとライル・ラヴェット、そしてナンシーがオリジナルの曲でヒットを飛ばしたキャシー・マティア("Love at the Five & Dime"、"Goin’ Gone")、そしてソングライターのブランディ・クラークくらいです。その理由は、"Outbound Plane"のナンシーのオリジナルと、スージー・ボガスの大ヒット・カバーを聴き比べたらなんとなくわかるような。ナンシーの歌声はメジャー級の甘さ、キュートさが有るのと同時にグラス・ルーツといえる土臭さも残るものでした。また、結構辛辣なメッセージ性のある歌詞を書く事でも知られ、そこらもヒット・カントリーには合わなかったのでしょうか。とにかく、アメリカ南部音楽の一つの理想形とも言いたい良い音楽がヒットするとは限らないという、口惜しい事例だと感じられます。
本アルバムの全収益は、薬物・アルコール中毒者のための非営利治療施設であるナッシュヴィルのカンバーランド・ハイツ(Cumberland Heights)のために寄付されるとのことです。なお、言うまでもなくここで聴かれるカバーより、オリジナル作品の方が素晴らしい事は言うまでもありません。
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