親しみやすさが何より命といえるメインストリーム・カントリー界
にあって、武骨なルックスと時に発する強烈なシャウト、それでい
て多くの人々の心をとらえるフックのある曲作りの技で一目置かれ
てきた孤高の存在、クリス・ステイプルトン。そんな彼が、「Starting
Over(やり直し)」との意味深なタイトルのアルバムをリリースし
ました。来月は、同じ名の名曲で活動を再開した矢先に暗殺されて
しまったあのジョン・レノンの命日から40年になり、わが国の音楽
雑誌でも特集号が見受けられるこの頃、そういうタイミングのうま
さも絶妙です。
クリスの音楽は、トラディショナルなスタイルの一つ、アウトロー・
カントリーをベースに、アメリカン・ロックやR&B特にサザン・ソ
ウルなどの、アメリカ南部音楽を濃厚にミックスしたもの。それら
をしわがれ声のテナーで縦横無尽に歌ってきたのですが、今回は少
し軸足をカントリーからずらしてきたように感じました。楽曲でも、
ガイ・クラーク("Worry B Gone"と"Old Friends")や、ジョン・フォ
ガティ("Joy of My Life")の作品をカバーしていたり、アメリカン・
ロック・レジェンド、トム・ペティのバンド、ハートブレイカーズ
のメンバー、マイク・キャンベルとベンモント・テンチが作曲と演
奏で参加している事が特筆されます。
タイトル曲は軽快なカントリー・ミディアムで、従来からのイメー
ジ通りですが、アルバムを聴き進むにつれその意味がじわじわ分か
ってきます。"Cold"は冒頭のジャジーなピアノが気を引くブルース。
ムーディーなストリングスもフィーチャーされ新機軸といえるでし
ょう。マイクとの共作2曲("Arkansas""Watch You Burn")は、いず
れもハードなロック曲で、"Arkansas"ではのっけから飛び出すシャウ
トが強烈。ロック・シンガー的な力量を見せつけるハイライトです。
やはり、全体的にはロック、ブルース色が強まったアルバムになる
と思いますが、先に触れたフォーキーなカバー曲が良い癒しになっ
てます。
ラスト”のNashville, TN"は奧さんモーガンと共作のカントリー・バ
ラードです。゛君と僕は長い道のりを歩んできた/君は僕に歌の書
き方を教えてくれた/僕たちは良い曲も創ったけど、悪いのも創っ
た/僕が落ち込んだ時君は僕を受け入れた/そんな時君は唯一の友だ
った/さよなら、ナッシュビル・テネシー/僕は君に何も残せない・・゛
このように、ナッシュビルとの離別の思いが歌われているようです。
このアルバムがクリスの活動の一つの節目になる事の明確な声明だ
と思われます。
クリス自身はアルバムについてこう語っているようです。゛確か
にレコーディング・プロセスの2018年から2020年始めの2年半の
間に沢山の事が起ったね。なので、その意味では以前のアルバ
ムより人生の瞬間を捉えたものになっているし、たとえレコーデ
ィングした時と今が違っているとしても、この今の瞬間を感じ
るよ゛あまりハッキリした事は言ってませんが、自分の思いが今
まで以上に反映されたアルバムと思っている感じがしますね。
デビュー作「Traveller」でご紹介したプロフィールにある通り、
ナッシュビルに来てからの下積み時代には、作曲活動をつづけな
がら、ブルーグラスからサザン・ロックまで様々にスタイルを変
えて活動してきた人です。そして2015年のブレイク以降、CMAア
ワードを始め様々な栄冠を勝ち取ってきました。そろそろ、また
新たな取り組みを始めたくなったのでしょう。カントリー界に絶
大な貢献をしてくれたクリス・ステイプルトンの新たな展開に期
待しつつ見守っていきたいです。
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