松尾清晴オートバイ夢ひとり旅・世界走行中・5年10ヶ月・102ヶ国(訪問111カ国)・28万km走破・総集編

2000年10月~2008年11月まで5年10ヶ月・102カ国(訪問111カ国)1500ccで28万km走破

12月1,2日 ケープタウンの町

2007年12月02日 | 南アフリカ
2007年12月1日土曜 はれ
あー、12月になったなー。
夕べは、突風を伴うはげしい風、一晩中テント上
の大木はヒューヒューと鳴りっぱなし、テーブル
マウンテンの影響だろう。こんなに風の強い所
なんだー。半そで、長袖、薄手のジャンバーを着
て寝たが、朝方は冷え込んで目が覚める。

ながらく滞在する予定なので、今日はネットカフ
ェを探すだけにする。風はおさまった。

2007年12月2日日曜 はれのちくもり
午前中パソコンに写真の取り込みなど終えて久
しぶりにブログの更新が出来る。


11月30日 あこがれのケープタウンに

2007年12月02日 | 南アフリカ

もうすぐケープタウン、ブドウ畑と
麦畑が続く


ケープタウンまで、あと20km。
あれが「テーブルマウンテン」か


ついに、来てしまったケープタウンに。

憧れのケープタウンに入る。

2007年11月30日金曜 はれ朝20℃ー15℃ー
昼32℃
今日も早起きして6時前に走り出す。約600km
先のケープタウンまで一気に走ろう。きのうの
後半は九州阿蘇の高原に似たような所だった。
国境を越えて南アフリカに入ったら赤い岩山に
なった。

国境を越えてがらっと変わった地形はめずらし
い。砂漠の荒れたエジプトの畑からイスラエル
に入ったとたん青々とした麦畑に変わったのに
続いて二度目である。岩山のグランドキャニオ
ンみたいなところもすぐに終わりだろうと思っ
ていたが延々と続く。

ブドウ畑が出てきた。川から灌漑用水を引いて
いる。みどりのブドウ畑が続き美しい。湖もダム
も青空の下に、青々ときれいなところだ。相変
わらず岩山をぬってカーブの道は国境から500
kmも続いた。そのあと100kmは広大な麦畑に
変わった。

朝、山あいでは冷却現象だろうか突然、雲が道を
覆う。20℃から15℃に急に温度は下がる。昼間
日差しは強いが35℃以上にはならなかった。走
っていると風の冷たさを感じる。

ケープタウンまで、あと20km。雲が
かかった山が見える、あれがテーブルマウンテ
ンか。山を目標に走る、ついに着いた。あこがれ
のケープタウンの町に、目の前のテーブルマウ
ンテンを写真に収める。陸路でほんとに来てし
まった、ケープタウンに感慨無量だ。

市内のホテルはどこもいっぱいで3軒目のホテ
ル「アシャンテ」バックパーカー、ここもいっぱい
でダメだったが、かろうじてテント場一人分が空
いていた。今は観光シーズンで混んでいるんだ
なー。小さいパーキングにオートバイもいれる。

二階のテラスから目の前に近すぎるテーブル
マウンテンを眺めることが出来る、このホテル
12月から10ランド=170円値上がりドミトリ110R=
1900円。シングル210R=3500円。テント60R=
1000円。

市内のメインストリートのビールショップのテラ
スでは世界各国の観光客がくつろぎ、さすがに
世界のリゾート、ケープタウンを感じる。

11月29日 南アフリカに入る

2007年12月02日 | 南アフリカ

昼寝休憩の場所からナミビアの
空を見上げる


ケープタウンまであと少し


冷却現象で道を閉ざす雲、急に冷えて
20℃から15℃に下がる



ナミビアの国境を越え南アフリカに
入るとブドウ畑が広がった


国境を越えて南アフリカに入ると
岩山が続く


むらさきの花は何の花?

南アフリカに入る

2007年11月29日木曜 はれ 朝20℃昼35℃
起きたとき、夜空にはまだ半月が出ている。5
時半、寒くはないが涼しい。広々と砂漠の小さ
い町を6時に出発。小さい丘を越えると朝日の
光でまぶしい、太陽を左手でかざして走る。

110km走り本線に戻りケープタウン方面に向う。
このあとも直線の道は続き500km走って泊ま
る予定をしていたが、南アフリカ国境まで来て
しまった。600kmを超えている。ナミビア出国
手続き、川を渡って南アフリカの国境に着く。

南アフリカではオートバイのカルネは使わなく
て入国出来た。手続きを終えて「ハングリー」と
なにげなく口走ったら、国境係官がこれを食べ
ろと「ぶどう」を房ごとさしだしてくれる。国境
のそばになっていたのだろうか、もぎたての
ぶどうだった。あー、ありがとうございます。

のどが渇いていたので一房その場でいただい
た、うまかったー。国境から70km走りペトロール
と併設しているホテルに泊まる。250R=5100
円を100R=1700円にポルトガル出身のオーナ
ーがまけてくれたので助かった。再び南アフリ
カに入ったことになる。

11月26,27、28日 ナミビア ナンビ砂漠は行けなかった

2007年12月02日 | ナミビア

道ばたに咲く花


ナンビ砂漠の入り口の静かな町で

2007年11月26日月曜 はれ 朝20℃昼35℃
露天のおみやげやで最初に買った民芸品、
お金が足りずに10N$=170円払ってなか
ったので、土曜、日曜と払いに行ったが開
いていなかった。一泊延ばして今日そこへ
払いに行く。

2007年11月27日火曜 はれ朝20℃10時35℃
7日間いたウィンドフック、ゲストハウスをは
なれる。昨夜戻してもらうを忘れていた部
屋の鍵代。20N$=340円戻してもらうこと
になっているが7時にならなければレセプ
ションは開かない。

セキュリティのおじさんが立て替えて払って
くれたが、このおじさんはいつも笑顔で対応
してくれていたので一度受け取った20N$
=320円をお礼に渡した。お世話になりまし
た。

6時40分出発。ナンビアの砂漠ソススプレイ
によってケープタウンに向おう。ソススまで
400km。直線道路が続く気持ちのいい道だ。
ソススプレイの入り口マリタホハ?Malitahoha
に10時半予定どうりに到着。

テレビでよく見るテキサスの町に似ている、
200軒ぐらいだろうか、砂漠の丘に囲まれた
シーンとした静かな小さい町。ホテルを探す、
250N$=3800円二軒目320N$=9400円
三軒目100N$=1700円。

どこも高いなーホテルは三軒ぐらいしかない
ようだ。当然1700円もホテルに泊まることに
する。ここは雑貨店も営んでいる。さっそくナ
ンビ砂漠ソススプレイのツアーの値段を聞い
た。

ツアー会社の人が来た、ナンビ砂漠まで300
k往復3000N$=51000円「エー5万1千円」
これは高すぎる。半額に負けてくれと頼んだ
が「ノウ」とだめだった。ナンビ砂漠を見たく
はあるが、これじゃ高すぎる。

参加するにしても、持ち合わせのお金では全
然足りない。ここの町の銀行は「月曜」と「金
曜」だけしか開かない出張所みたいな所だ。
100k戻った町でお金をおろして、また舞い戻
ることになる。

一人のツアーだからしょうがない。ここにフ
リーで来る旅行者はまずいないだろう。来る
人たちはツアーで走りぬける人たちばかりで、
私みたいにオートバイで来る人はまずいない。
いても、砂漠を走れるオフロード車だろうから。
うーん、どうしようかなー。


ナンビ砂漠への道、私のオートバイでは
無理だった。


ナミビ砂漠に咲く花

2007年11月28日水曜 はれ
トイレに起きたとき月が出ている、静かな夜ゆ
っくり眠れる。10時過ぎダートの道を走ってみ
ることにする。ジャリ道にタイヤをとられる、5
kmぐらい走ったが「転倒」する前、走るのをや
めた。これ以上走るのは無理である。

あすから待望のケープタウンに向おう。

11月22、23,24,25日 ナミビアの首都ウィントフック

2007年12月02日 | ナミビア

この「イボシシ」街道?と「鹿」のマークが交互に
建っていた。あちこちにイボシシがちょろちょろ
走っていた。鹿?は見なかったなー。


ナミビアの首都 ウィントフックの町
この辺に露天のおみやげやが並んでいた

2007年11月22日木曜 はれ朝20℃昼35℃
青空が広がるいい天気。朝涼しい、昼間は暑
い陽ざしだけど、日陰に入るとスーッと涼し
くなる、しのぎやすいさわやかさ、昼寝はな
んとも気持ちがいい。

今日やらなければならないこと①オートバ
イのエンジンオイルの交換②日本に郵便物
を送る③カメラのチップスをCD化する。

オートバイのエンジンオイル交換は4軒目に
してようやく交換できる「ホンダ」店を見つ
けてオイル交換できた。ついでに高圧水で
洗車した。エンジン音も軽やかになったし、
洗車したのでオートバイも気持ちよさそう。

路上のおみやげやで民芸品を買い足して
郵便局に、そのまま持ち込んだ。ダンボール
に入れて「もってこい」といわれたが、年配
の女性が内からダンボールを差し出してく
れた。あーすみません。ありがとうございま
す。

航空便1万5千円。船便5000円。急ぐもので
はないので船便にする。1、2ヶ月ぐらいで着
くとの話、さて荷物がばらばらにならなくて
日本に到着することを祈る。

カメラのチップス?がいっぱいになったの
で新しく買い求めるより「まし」とマーケット
の前のプリント屋でCDをたのんだ。3枚の
チップそれぞれ2枚ずつCD化した。トータル
180N$=3060円ちょっと高いなー。

三つのこと、行ったり来たりして2,3日はか
かるだろうと、踏んでいたが意外にもすん
なりと一日で済んでしまった。終わったのは
午後2時、アー腹へったー。冷たいビールで
遅いひるめし。

ナミビアに来てから安い肉にありつけるよ
うになった。南アフリカとおなじ、わたしに
は上等な味のステーキ、100g=100円ちょっ
と、この上にないごちそう。今日もあしたも、
昼も夜も「肉、トマト、たまねぎ」まったく同
じメニューのくり返し。もちろんビールつき。


時には自分の姿をと思って
朝日を借りて撮る

2007年11月23日金曜 はれ
到着したその日はATMでカードを使えたが
きのうはどこの銀行もだめだった。ビザカ
ード、マスターカードともダメだった。今日も
ダメだったら困るので窓口に行こう。ここで
もシティバンクカードは使えない。

朝9時オープンにあわせて早めにいく。窓口
に行く前にビザカードを試したがやっぱりダ
メ、マスターカードで試したら現金が出てきた。
オーよかった。でもどうしてだろうかなー。

日本では東北地方は雪になった、東京でも冷
えてきたとのメールでの便りが届いた。ナミ
ビアは朝6時ごろ明るくなり日が沈むのは7
時ごろで暗くなるのは8時ごろである。


町に咲く、むらさきの「カルシャー?」の花

2007年11月24日土曜 はれ
朝、散歩に出かける。町の公園の周りに出て
いる露天のおみやげやで、民芸品をあとで
とりに来るからと夕方4時ごろとりに行った
ら片付ける寸前だった。

そういえば途中、人道りはなく、ひっそりとし
ていたなー。昼間は人どうりの多い商店街も
夕方になるとぴたっと人がいなくなる。土曜
日曜の夕方はいつもこうなのだろうか。

2007年11月25日日曜 はれ
ビールの買出しにマーケットに出かける。アル
コール売り場はロープを張っている。あーそ
うだ日曜日はアルコール販売は禁止されて
いる、ことをすっかり忘れていた。それに日
曜日は3時には閉店なのだ。


ゲストハウスのビールは8N$=135円、マー
ケットは3$=51円と一本80円近くも高い
のだ。ま、しょうがないホテルの高いビール
を飲む。

11月20,21日 ナミビアの国から

2007年12月02日 | ナミビア

ボツワナからナミビアに入ると民家の屋根が
水平になって少し違ってきた。


ナミビアの恥ずかしいそうにして
写真を撮らせてくれる女の子


ナミビアの民家


ナミビアの子供たち


ナミビの道は直線がほとんどだった。

2007年11月20日火曜 はれ20℃ 昼32℃
ナミビアに入ってすぐのbgani泊、Grootfonten
の町を通過Ojiwarongoでキャンプ泊。今日はナ
ミビアの首都ウィンドフットWindhoekまで250k、
10時半ごろまでに着きたい。

5時に起床6時半に出発。小さい丘や三角形の
山二つが並んでいる。ふーん、意外と山が続
いているなー。道端の道路標識は「イボブタ」
と「鹿」?の看板が限りなく交互に建っている。
鹿は見なかったがイノブタ?は至るところに
いた。

ウィンドフックの町に予定どうり10時半につく。
ペトロールスタンドで安宿「バックパーカー」を
聴くが「すぐそこ」「3分」と、おそわって走る
出すが分らなくなる。マイカーのj人が「オレ
」の後をついて来いと宿まで引っ張ってくれ
た。

ウィンドフックの町はあかぬけした明るい街だ。
宿も明るくてなんとも気持ちのいい、ゆっくり
出来そうな雰囲気でうれしい。ドミトリ65N$
=1100円、テント50N$=850円。テントも値段
はあまり変わらないし、これまで20日間テント
生活をしてきたのでドミトリの部屋に決めた。
4時ごろから雨になり夕方まで降り続く。

2007年11月21日水曜 はれ朝22℃昼32℃
きのう歩いてスーパーやネット屋を探した。
二軒ともネットカフェはコネクト「できない」
と断られる。宿にある一台のパソコンで「ナ
ミビア、ウィンドフック」についたことを知ら
せる。

ここの宿も欧米人がほとんどだ。40人ほど
泊まっていて夜、レストラン兼バーはいっぱ
いになる。カウンターの男女はイングランド、
トランプをしているテーブルの金髪の女性
はフランスだろうか。

そのとなりのテーブル男女7人はイングラ
ンドのグループ。その隣女性3人はオースト
ラリアとアメリカ、反対側のテーブルもヨ
ーロッパの男女8人、その隣女性3人はイス
ラエルみたいだなー。

一番手前の黒人女性二人地元の人なのだ
ろうか。雨が降ったのでレストランの隅の黒
人の隣、テーブルで食べさせてもらってい
る。肉、トマト、たまねぎ、ここに来て米を炊
いて食えるようになったので楽しみがふえ
た。

旅行している人たちで多いなーと感じてる
のはホーランド(オランダ)、ジャマニー(ドイ
ツ)、イングランド、フランス、アイランド(決し
てイングランドとは言わない)ナミビアに来
てフィンランド、ノルウェイの人も多く見かる。

日本人はタンザニア、ケニア、エチオピアな
どでオー「いるいる」と多く見かけたが他の
国ではあまり見かけなくなった。もっとも、
いいホテルに泊まってるから見かけないの
かも知れない。

11月18,19日 ナミビアに入る

2007年12月02日 | ナミビア

道を歩いていた親子連れ


駆けよった来た地元のこどもたち


ナミビアの山々南アフリカの国境付近で。

ナミビアNamibiaに入る

2007年11月18日日曜 はれ朝20℃昼32℃
6日間とどまったマウンのデルタ地帯のゲスト
ハウス「ブリッジ」、静かでい心地はよかった。
ただ、砂地なので食事の時などちょっと風が
あると気になるところだった。

夕べの雨も上がった。6時40分に出発。24時
間営業のペトロールスタンドで満タンに給油。
一路ナミビア、西の国境へ走る。晴れていて
も涼しい、デルタ地区のせいなのだろうか。
途中、ダチョウ4,5匹?頭?を見かける。

途中から右に入る。まっすぐ走ればナミビア
の首都、ウィンドフックに向う近道になるがち
ょっと遠回りに走ろう。ナミビアの国境シャカ
ウエに着いた。現地の親子連れの女性だけが
手続きしている、なんともさびしい国境。

「ボツワナよ」さようなら。ボツワナもそうだ
ったがビザなしOKのナミビアに入国。走行許
可証?代、1700円支払う。ここ国境から「23k
mはダート」の道、それを過ぎると「ナイスロ
ード」の道と国境の係官は話す。また、悪路の
道かと心配した。

広い平坦なダートで雨が降れば苦労しそうな
所だ。今は乾いてそれほど、心配するほどの
道ではなくホッとする。しかし慎重にスローで
走る。道はよくなった。ザンビアから続いてい
る道に突き当たる。もう少し走ってみてもよか
ったが4時になっているのでやめにする。

今日はここに泊まることにする。ここに来る
までキャンプサイトは4,5ヶ所看板が出てい
た。しかし本線から砂地を走ることになるの
で私は走れない。砂地を走らなくてもいいキ
ャンプ場があった。45N$=800円

芝生の上にテントを張りマーケットで晩飯と
ビールを買い込んで暗くなる前に食事を済
ませる。ナミビアで96カ国目。あとはレソト
を走り、最後のマダガスカルは行くとしても
飛行機になる。

2007年11月19日月曜 くもり朝22℃昼35℃
朝になってから「シャワー」は「ここ」とキャン
プ場の人は言う、なんで夕べおしえてくれな
かったんだー。トイレの洗面所で体を洗ってす
ませたのに。

どんより曇って今にも降りだしそうな雲行き、
走る方面の南の方は明るいので、そのまま走
る。ぱらぱらと雨が落ちてきたがすぐにやん
だ。今日は600kmちょっと走ってOtjiwarongo
(読めない)キャンプサイト50N$=850円泊
まり。

11月16,17日 砂漠の中のデルタオアシス、マウン ボツワナ

2007年12月02日 | ボツワナ

砂漠の中のオアシス マウンの町 象、キリン、など
見ることは出来るが迫力不足、ボツワナ


アフリカは春の芽吹きの季節

2007年11月16日金曜 はれ
午前中街のネット屋にいく10時から111時まで。
オートバイのオイル交換しようとしたが、いい
オイルが「ない」と片足のアレックスさんに言
われてやめにした。

ゲストハウスの人から今日16日砂漠の中のオ
アシス「デルタ地帯」の遊覧飛行でひとり空い
ていると紹介されたので乗ることにした。夕
方飛行場まで10分、オートバイで出かけ4時半
から一時間遊覧飛行をたのしむ。約1万円。

テレビでよく見る飛行機の音で「逃げ惑う動
物」たちへの迷惑犯人になりたくないなー。
幸い飛行機は思ったより高く飛んで小動物の
逃げ惑う姿は見なくてすんだ。キリン、象、か
ば、シマウマ、など目にすることが出来たが
あっとゆうまに過ぎてカメラに収める暇もな
い。

また、陸で見るような迫力も感じられなかった。
それよりも、砂漠の中の湿地帯を見てみたかっ
た。アンゴラから流れてきた川はナミビアを渡り、
ここ「マウン」Maunの広大なデルタ地帯で蒸発、
あるいは砂漠にのまれ消えていく出口のない
川らしい。

2007年11月17日土曜 はれ 夕方から大雨
夕方から雨になる。夜中にははげしい雷を伴
い大雨になる。こんなにも雨が降る時もある
んだー。この雨で動、植物たちも喜んでいる
ことだろう。ボツワナ、マウンも今日でおしま
い、あした18日はナミビアに向おう。