松尾清晴オートバイ夢ひとり旅・世界走行中・5年10ヶ月・102ヶ国(訪問111カ国)・28万km走破・総集編

2000年10月~2008年11月まで5年10ヶ月・102カ国(訪問111カ国)1500ccで28万km走破

オートバイひとり旅・シベリア横断~モスクワ~中央アジアの旅18 シベリア

2012年08月21日 | 赤道直下と陸路国境148か所
バイカル湖での結婚式・・

シベリア・ウランウデに戻ってバイカル湖に向かう



ウランウデからバイカル湖に向かう道を地元のライダーに聞いて作った地図

ウランウデ→バイカル湖→イルクーツク
2003年7月16日水曜 20℃はれ くもり カスミ 20℃ 20℃ 20℃
どうしようか出発するか、あと一泊するか・・・。10時になって先に進むことに決めた。相変わらずカスミがかかってはっきりしないもやもやした天気。白樺林の中を走る。これまで走ってきたシベリアに比べれば道はいい方だ。しかし突然じゃりみちが出てきてビクーっとする。タイヤで磨かれたこまかい石の光っている道も出てくる。道ばたには家庭菜園?を道ばたで売っている場所に来た。ほとんど「野いちご」ばかりだった・・。



獲(と)れたての野菜、イチゴなどづーっと道端に並んで売っている。ほとんどイチゴであった。野イチゴににたなつかしいうまそうなイチゴ一杯40Pルーブル=160円を買う。バイカル湖が見えるところまで来た。立ち寄って見ることにする。狭い道を湖に向かって走る、えー行き止りになってしまった。歩いてバイカル湖の水をすくってみる。冷たくはない。地元の人がここは「食べものも」ない。反対側に渡たって湖畔に行けばいいと車で案内してくれる。ありがたい。

反対側に回った前方には見晴らしのいい松林が立っている湖畔が見えてきた。狭い道のダートを走ってもうすぐ着くところで「ドン」と土盛りにオートバイの腹にあたった。急にエンジンストップ。エンジンはかかるが「ギアー」を入れるとスーと止まってしまう。車の人が戻ってきてあれやこれややって見てくれるがダメ。そのうち近くの人がやってきた。二人でやってくれるが直らない。近くの民家のおじさんが「なにか言っている」。

とりあえず「その人」の農地に入れて休む。18時になったらメカの人が来るとか何とか話す。いま16時あと2時間。持っていたビールとつまみを出して飲む、腹も減っていたのでちょうどいい。「つまみ」を渡すとおじさんは畑の中に草を積んである中に隠していた「ウィスキー」を取り出して飲んでいる。奥さんに「怒られる」からなのかと「頭に指を二本突き出して」日本の「鬼」の格好をしたら「にやにや」している。

5時過ぎに「家に泊まれ」と話す「OK」。息子が迎えに来ておじさんの家にオートバイを引っ張ってもらって庭についた。泊まる「マネー」いくら?。500Pルーブル=2000円だと話す。冗談じゃないホテル並みか、泊まらない!怒って見せる。オートバイも直っていないしイライラしていた。奥さんが出てきておじさんに何か言ってる。「いやな顔」しているのを見ると泊まらせないような態度がありあり。

泊まれと言われた民家の向かう・・が
出てきた奥さんの顔を見ると、とても泊まれる雰囲気ではない。奥さんに親父さんはひどく何か言われて表に出てこなくなった

庭から道にオートバイを出して、さてどうするか。きょうはここらへんで野宿かいな。湖畔の方から乗用車が来た。お願いして停まってくれるのを待つ。窓を開けてくれた「ソーリ・オートバイ」「動かない」すると車から降りて話しを聞いてくれる。エンジンをかけてギアーを入れると「止まる」のやって見せた。二人は原因がわかったらしくオートバイの下を見ながら「電線」をつないでテープで巻きつけてくれた。

エンジンをかけてギアーを入れても「止まらない」。お―直ったのか。大丈夫のようだ。何回かやってみた「オオー直った」大丈夫だ。あーよかったー。お礼に150P(あとは1000Pルーブルしかなかった)をお礼に渡そうとすると「イヤイヤ」「ノーノー」のしぐさ。いや―ほんとうに10分ぐらいであっとゆう間に直してくれた。これから先どうなるのかと暗―い気持ちになっていたのが一瞬にして明るく軽くなった。

ロシアの人たちはだれでも自分で直す技術を身につけているのだろうか感心する。それにしてもラッキーだったなー。ありがとうございました。気が晴れたところでバイカル湖のイルクーツクに向かって走り出した。セントラルまで行き、ロータリーの花屋さんでホテルを聞いた。目の前100mぐらいのところにホテルがあった。レセプションに行くと中に向かって「なにか言った」と思ったらなんとモンゴルで出会ったスカイさんが出て来た。

「オオー」「ケンジさん」が泊まっている。同じ部屋に泊まれることになった。料金も700ルーブル。二人で350ルーブルになる(と思っていた・・これが大間違い)。お互いに助かったとばかりにビールを飲みながら夜中1時頃まで話して過ごした。

2003年7月17日木曜 雨 小雨 くもり 雨
夕べから雨が降って久しぶりの雨だ。昼間も降ったりやんだりして一日中続いている。12時頃泊まり代700ルーブル払えと受付のおばさん。なんで今ごろ言ってくるんだ。夕べ二人で700ルーブルでいいと言ったじゃないかと「まくしたてる」。その時は、おばさんは引き揚げた。これじゃ高級ホテル並みではないか。ところがだ、夜になって交代した責任者みたいなおばさんがやってきた。

ホテルの部屋代一人でも700ルーブル。二人でも一人700ルーブルとまくしたてる。こっちも負けずに怒鳴りかえす。ウラジオストックでもハバロスクでも二人泊まれば半額になったと。責任者のおばさんはゆずらない。スカイさんが冷静に冷静にとなだめにかかる。怒鳴りあっているところに22時頃ヘルメットをかぶった人が入ってきた「あー永原さんだ」なんと「永原さん夫婦」も雨の中ホテルに駆けこんできた。

残念ながらホテルはいっぱいで永原さん夫婦はここのホテルで紹介してもらったホテルにタクシーを頼み、そのうしろにつけて向った。雨の中よく走ってきたと思う。それにしても日本人だけ同じホテルにまぎれこむとは不思議な気がする。怒鳴りあいの続き・・・ホテル代「国が違えば」システムも違うようだ。納得できないが仕方がない。700ルーブル支払う。午後雨が上がったのを見計らって散歩に出た。

スカイさんはオートバイをここからモスクワまで送ると話していた。今日駅まで行って手続きは意外に早く終わったようだ。「モスクワ」まで「オートバイと本人」で3万円ぐらい。それとは別に100ドル=1万円ぐらい手数料として払ったと話す。ここバイカル湖からモスクワまでオートバイで走ると1週間~10日間ぐらいかかりそうだと二人で話していたら。スカイさんは日程がなくなったのでオートバイをモスクワまで列車で送ることにしたようだ。5時と早い時間から二人で呑み始める。
スカイケンジさん

2003年7月18日金曜
9時半頃永原さん夫婦が泊まっているホテルにスカイさんと二人で向かった。管理人は「ネーネー」(ノーノー)と言う。エ―満杯?!。もたもたしていたら「永原さん」が出て来た。なんだ―泊まっているじゃないか。駐車場がないのでオートバイはダメだけど泊まりは「OK」と管理人は話していたのがわからないだけだったのだ。オートバイを裏側に停めて泊まりを予約した。

オートバイのスタンドの「バネ」がとれてぶらぶらしていた。近くのベンジンスタンドで自動車修理工場を聞いて向う。すぐに間に合わせの「バネ」をつけてもらい、スタンドの足掛けも補充してもらった。12時頃までかかった。1000ルーブル=4000円払う。ホテルに戻ろうとするが来た道は一方通行になっていた。戻れなくてわからなくなってしまった。ぐるぐるまわって15分ぐらいのところを1時間もかかってしまった。

永原弘行さん・みどりさん夫婦
修理工場でスタンドの「バネ」を交換
づーっとこの「日本ナンバー」をつけて走ってきた(しかしこのあとがたがた道でいつの間にかとれてしまいなくなっていた)

修理が終わった。工場に来ていたなんでも乗れるような言い方をしていたかっこつけた中年男。ふだん他人には乗せることはないが自信満々だったので貸した。わたしのオートバイに乗って工場の庭を回ると言い出した。乗り出した直後曲がり切れずにあっとゆう間に転倒。土だからキズつかなくてよかったが男はカッコつかなくて恥かいて気まずいそうにすぐに消えてしまった。どこの国でもほら吹きはいるもんだなー。4時頃からバイカル湖に向う。約一時間ぐらいでバイカル湖の入り口についた。イルクーツクから65kmぐらいだろうか。

さらにバイカル湖岸に沿って走って見る。あでやかなホテルみたいな建物を通り過ぎるとにぎやかな市場みたいなおみやげ屋でにぎわっている場所につく。さらに登って行くと扉みたいなもので進入禁止になっている。Uターンしておみやげ屋が集まる場所に戻る。おおーっ、白いウェデングドレスの花嫁姿と新郎の姿結婚式を挙げたのだろうかこれから挙げるのだろうか。

カメラマンもつきっきりで動画を取っている。「ソーリ」「すみません」出しゃばりのわたしもいっしょに記念写真を撮ってもらうことにした。ありがとうございました。いい記念になりました。蒼く透明な湖をイメージしていたバイカル湖。夕日の太陽の光で黄金色に光り輝いてバイカル湖の美しさをみられない。岸べに降りて透明な水をすくって感触だけ味わった。これだけじゃ世界一透明な湖とは思われないなー・・実に残念。

湖畔にはホテルも3,4軒ホテルもあるようだ。泊まってもいいなーと考え、料金も聴いたが戻ることにした。おみやげ屋で愉快な商売のおばさんたちといっしょに写真を撮った。バイカル湖で獲れた魚そのまま食べられる「白身の半干し刺身」を買ってホテルに戻る。戻る途中午前中直したオートバイのスタンドがしっくりしないので再び修理工場に寄って直した。

「ノーペイ」でいいかい「タダ」で直してもらった。ホテルでは永原さんたちは夕食の準備をしている。わたしの部屋に来てもらって奥さんが作ったスープ、買ってきた魚の刺身など食いながら夜中一時過ぎまで話す。バイカル湖の「半干し刺身」はうまかった。テントを張る時地元の人でも入れないような場所を探すと、また奥さんのみどりさんを日本に帰るまで「無事に連れて帰らない」とも永原さんは言っていた。

バイカル湖畔で結婚式を挙げていた・・よせばいいのに・・(このでしゃばり)
バイカル湖で泳いでいた人と

バイカル湖畔でのおみやげやさん・・にぎやかなおみやげ屋さん。陽気で愉快なおばさん達









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