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拉致の解決を願って
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南越谷集会6

2006-02-07 | 集会テキスト
『平田隆一郎 救う会事務局長の講演 その1』
 



皆さんこんばんは。(「こんばんは」の声)
救う会全国協議会の平田と申します。
私は草加に住んでいまして大変馴染みのあるところで、娘が越谷でこの近くに住んでいます。
先ほど海の無い埼玉でも拉致がという話でしたけど、実際にいっぱいあります。
また日本海側だけじゃないかと思っていますが実はそうではないですね。
太平洋側でも一杯拉致があります。
拉致と言うのがこれからどんどんどんどんと広がりと深さを持って来つつある事が、明らかになって来つつあります。

家族会ってのが出来たのが平成9年、9年前、足掛けで10年になります。
拉致はもうそれから更にず~っと前、約20年前からたくさん起こっています。
中々長い間、このことに日本人が気付いていなかった。
そして気付いてからも対応しなかった、と言う事が日本の国の一番大きな問題なんですね。
途中で気が付けばそれ以降の人は拉致が出来ないんですよね。
なんで途中で手を打たないのか?とこの国は。
そういう変わった国。
他の国ではちょっと考えられないくらい何もしない国なんですね。
本当にこんな事をしていて日本人の人権が守れるのか?
日本と言う国の主権が守れるのか?
この事が家族会の方々が立ち上がったことによってハッキリして来た、いうことも言えると思います。

家族の方々はですね。
ある日家族が失踪して大変衝撃的な日を迎えるわけですね。
失踪者の方々は本当に北朝鮮なのかどうか?と言うこともありましたが、家族会の方の側の人たちの方はあなたは北朝鮮に拉致されていますよ、と言う事で2回目のまた衝撃の一日と言うのがあって、そこから本当に苦悩の日々が長く続いているんです。
めぐみさんが拉致されていると分かったのが平成9年ですから、実際にはその前の年の暮れくらいから分かってるんですけど、それが横田めぐみと言う人だという事になってから、これは家族会作らなければいけないと言う事で急遽動きが始まったんですが。

今度は救出と言うのが日本の国は本当に動きが遅い国なんですね。
そこで家族の方が必死に訴えて、やっと拉致というのが殆ど知らない人がいないと言う状態になりました。
それから外国にもたくさん知られるようになって来ました。
しかしまだ日本政府は手を打つところまでは行かない。
しかしかなり変わって来たこともあります。
今日はその事を少しお話をしたいと思っております。

去年の10月にジェンキンスさんが本を書かれて、手記ですけれどもね。
日本ではこれは一つのきっかけになりましてですね。
ジェンキンスさんは米兵、逃亡した米兵4人が一緒に暮らしていたんですね。
この4人の米兵の奥さんが皆拉致被害者だったんです。
その事がハッキリして来ました。
ジェンキンスさんの奥さんは皆さんご承知のように、曽我ひとみさんですね。
それ以外にタイのアノーチェさんとかですね。
レバノンのシハームさんとか。
そういう新しい被害者が浮かび上がってくる。

後ルーマニアのドナさんと言う人がいるんですけど、そうなると韓国・日本だけかと思っていたら実際はヨーロッパ人もいる、中東もいる。
それから北東アジアかと思っていたら東南アジアにもいっぱい拉致被害者がいる、と言う事が段々段々はっきりして来ました。
タイのアノーチェさんについてはですね、この手記が出てから家族にその情報が伝わったんですね。
で、失踪前の写真と言うものが出て来た訳です。
それを見て今度は曽我さんが「あぁ、この人だ」と「本当に懐かしい気持ちがします」と、そういう証言を出していますね。
そうやってだんだん拉致が国際化していく、拉致問題が国際化していくという事が出てきました。

マカオで拉致された人たちも出てきました。
このアノーチェさんもマカオなんですけど、残り二人の人は当時まだマカオはポルトガル領ですけど、その後(返還されて今は)中国ですけど、中国人も拉致していた。
隣の国から、あの大きな国からも拉致しているんですね。
中国って言う国はまだ返せって言わないみたいなんですね。
金正日は平気で受け入れてですね。
あんなことをやっている。
実は中国人も拉致されていると言う事になります。
増元さんや西岡さんが行って被害者(の家族)に会ってきて、これは殆ど間違いないと、家族関係から何から全部一致すると言う事が分かってきました。

12月に入るとですね。
シンガポールでも拉致被害者が出てきた。
ここではシンガポール人1人とマレーシア人4人。
これがどんどんどんどん広がっていくんですけど、マレーシア人の1人を今度はジェンキンスさんが見たと、言う話が出てくるんですね。
次々に北朝鮮の悪事が去年の9月以降暴露されていくと言う過程が出て来ました。
これまでにですね。
名前の挙がっているのが12ヶ国。
日本、韓国はもう分かっていましたけど、タイ、レバノン、レバノンも前から分かっていたんですね。

一回レバノンは、日本と比べれば小さな国ですけれども、物凄い強い交渉をしてですね。
これを取り戻したんですね。
だけど一人の女性はおなかに赤ちゃんがいたもんですから、やっぱり家族と暮らしたいと言う事で帰っちゃった。
その後お母さんが一回尋ねて行くんですけども、中々会わせてくれない。
帰れない、自由も無いと言う状況に今あります。

それから、マレーシア、ヨーロッパでフランス、オランダ、イタリア、ルーマニア、こんな国からもいっぱい拉致をしている。
で、ヨルダン、中国、12ヶ国に広がって来ました。
私たちは大阪の集会でレバノン人の被害者のお母さんを招いて、その後12月の東京の集会にタイの家族、それから韓国の家族をお招きしてですね。
集会を致しました。

それからこの前増元さんと西岡さんがマカオへ行って、孔子の孔と書いてホンと読むんですが、ここの家族にも会ってきました。
ここでも話を聞くと全くこれは間違いが無いという事であります。
この3ヶ月くらいで北朝鮮による拉致事件が国際化をしたんです。
と言う事が言えると思います。

特徴的なのはこれらの事件ですね。
全部昭和53年、1978年に集まってるんです。
何でこの年にやられているのかという事になるんですけども、逆に言えば北朝鮮が国を上げて組織的な犯行をしたからこういう時期になるんですね。
この事が分かってきたのは安明進さんが証言をしてくれまして、その2年前76年にですね。
金正日が拉致して来いという命令、拉致指令を出します。
そこからじゃあどうやって拉致するか?と言う専門的な訓練が始まるんですね。
そして77年にめぐみさんが拉致されてますけども、本格化するのが78年。
ほとんどの人がこの年に拉致をされると、言う状況になっています。
これはもう金正日が命令したからに決まってるんですね。
あの国ではトップが命令しない限りそんな事は出来ません。
自分の判断では何も出来ない国なんですね。

私も何回も北朝鮮に行ってますけど、農業の事で私は調査に随分行ってるんですけど、農水省のですね。
局長さんとかと言う偉い人に話を聞くとね、一人の局長さんは何も答えられないんですね。
「今年米採れましたか?」「う~ん」てな感じですね。
もう一人の人は何でも答えてくれる。
つまりあんたは答えて良い人、答えて悪い人と言うふうに決まっていて、答えない人と言うのは答えても良い人の領域に関心を持ってはいけない。
我が国がどうなっているか誰も知らないと言う国です。

これはどこに話を聞きに行っても何も分かりません。
「とうもろこし採れましたか?」「う~ん」って。
10質問をして答えられないから、「私あなたに何を聞いたら答えてくれますか?」って11番目の質問を聞いたら、少し嬉しそうな顔をして「ジャガイモの事を聞いてください」なんて事を言うんですね。
そういう国なんです。
自分の領域以外の事に一切タッチをしてはいけないし、その中で喋れる人はごくわずか。

外国人と話をするのは禁じられています。
話をすると処罰されます。
3人で立ち話をしても処罰されます。
これは国家転覆を図っているかもしれないなどと言う恐怖心を持っているんですね、金正日は。
5人組を作っていまして、5人の家族で「昨日、となりのお父さんが帰って来なかったよ」と言う事を告げ口しないと処罰されます。
そういうがんじがらめの自由の無い国の中に、置かれている訳です。

そういう中で金正日がなぜ拉致を指令したのか?
丁度78年に起こった拉致の目的は殆どの人は工作員の教師、教官ですね。
当時現地化教育と言うのをやってまして、北朝鮮の工作員がその国に潜り込んでもバレない様に、言葉から文化からですね。
当時どんな歌が流行っているのか?
歌の暗記からありとあらゆる事を勉強する。
そういうプログラムを徹底してるんですね。
そこでたくさんの工作員を使って拉致を一斉に始めた。

最近この人もこの人もこの人も辛光洙が拉致していると言うのが出て来ていますけど、安明進さんは金正日政治軍事大学と呼ばれているところで6年、訓練しています。
6年も訓練をしてですね、一人拉致したらもうしなくていいよ何て事は有り得ないんです。
プロ中のプロになっているわけですから、何回もやらせると言う事は多分あっただろうと思います。
辛光洙はそのリーダー格ですから、しかも日本で生まれて日本の事を良く分かっていますから、そういうリーダー格になって拉致を指揮して来た。
おそらく実行したのは別にいるだろうと思われてますけど、指揮する側でやって来たんではないかと思われていますね。

こうやって外国人に化ける事が出来て何をするかっていう典型的な例が、大韓航空機事件の時の金賢姫。
マユミと言う日本人の名前で日本のパスポートで彼らはあっちこっち行って、そして蜂谷シンイチと言うスパイと一緒になって、大韓航空機を爆破しました。
87年でしたね。
これは88年に韓国であったソウルオリンピック、これを何とかしてね。
妨害をするという目的で87年にそういうことをしたわけですね。

それ以外にも拉致と言うのはいろんな目的があって、逆にたまたま日本に侵入して見られちゃった。
遭遇拉致と言うのがありましてね。
それはかなり古い時期からあるようです。
もう60年代くらいから、たまたまスパイ活動している最中に日本人にばったり出くわしてしまって拉致したと言うのがかなりの数あります。

しかし組織的になってくるのがそういう時期になります。
これは最終目標と言うのは、韓国に浸透して日本人になったりレバノン人になったり、いろんな国の人になりながら韓国に浸透して韓国で工作活動をして最後は韓国を吸収してしまう、と言うのが目的だったわけですね。
そのために一生懸命工作員を養成した。
安明進さんなんかは卒業して殆ど仕事もしないうちに韓国に脱出しましたから、そういう犯行は一切していないんですけど、どういう訓練を受けたかと言うのは全部知っていまして、しかも教科書にですね。
これは金正日将軍の指令でね。
大成功した事例と言う事で様々な事例研究を、教えてもらっているわけです。
それから俺がやったんだと言う教官からも、この事件は俺がやったんだと言う話も聞いている。

だけど長い間彼がそういう証言をしても、日本ではそれは疑惑であって拉致ではないと長くずっと言われて来ました。
しかしもう4年前になりますけど小泉訪朝で(拉致を)認めてからですね。
拉致と言うのを疑う人はいなくなったわけですね。
疑えなくなった。
嘘だと言っていた人は影が薄くなってしまいました。

当時は実行犯である辛光洙の釈放にですね。
130何人もの国会議員が、その人を助けてあげようという署名をしてますね。
そういうようなことがあった時期もありますけども、今はそれは出来ない。
実際に拉致があったんだと言う事がハッキリ分かってきました。

北朝鮮と言う国が私たちから見れば拉致と言うのが本当に人間としてやってはいけない行為ですが、北朝鮮では人民の命とか人権とか自由とか、何とも思ってないんですね。
300万人餓死したというのも、私の感じでは何とも思ってないんじゃないか?と思います。
それだけ食料を手当する人が減ったから良いんじゃないか?くらいの気持ちで金正日と言う人はいるんじゃないかとすら思います。

北朝鮮に行きますとですね。
主体思想塔と言うでっかい塔のところに行きますとね。
そっちに向かって、300人くらいのボーイスカウトみたいな人がいるんですね。
何やってるんだろう?って見ると全部軍人なんですよ。
背が低いもんですから、私ボーイスカウトかと思っちゃったんですね。
皆勲章つけた軍人さんで、皆痩せていて、皆背が低くて、どの人を見ても10センチくらい背が低い。

北朝鮮の人は皆背が低くて太った人がいない。
私が会った役所の局長さんでもいません。
皆痩せています。
軍人の偉い人でも痩せています。
太ってるのは皆さん良く知ってる人だけですね。
日本でも冗談でよく言うんですけど、北朝鮮に交渉に行くんだったら太った人ばっかりを出せばいいんですよと。
この人たちたくさんご飯を食べているんだなと言うのが一発で分かりますからね。

だけど悲しいかな、あの国ではよっぽど偉い人でも食事は極めて不自由な生活です。
ジェンキンスさんたちも本当に苦しい生活をしていたという事で、皆それぞれ創意工夫をして少し収入を得るんですけど、ジェンキンスさんは蜂を飼ってたんですね。
蜜蜂。
蜂蜜で何とか生計を立てて生きています。
本当にありとあらゆる所で皆が苦しい生活をして、命をつなぐという事を必死でやらなければかなりの体力の人でも生きていけない。
そういう状態です。

・・・その2に続く・・・
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