やはりこちらを先に書く。
昭和から平成にまたがった、女子高生コンクリート詰め殺人。
昭和後半生まれの筆者には衝撃的な事件だった。
被害者女性の死亡は昭和64年1月4日、昭和帝崩御の3日前である。発覚は平成に入ってからだ。
今思えば、まるで平成の暗黒の始まりを象徴する事件でもあった。
更生主義・温情主義の少年法をここまで逆手に取った事件は今でもない。
成人なら確実に死刑になった事件だ。
この事件は決して終わっていない。
凶悪少年4人(うち犯行現場の家の両親は共産党員)が存命、でしかも再犯までしている現在進行形の事件だ。
他にも多くの人間が関与しているが、少なくともこの4人がこの世にいる限り終わらない事件だ。
犯人の実名を出す。似権主義に反対する。
宮野裕史、小倉(現:神谷)譲、湊伸治、…
再犯、もしくはその危険があるなら、当局は今からでも実名と顔を公表せよ。周囲の安全が第一だ。
そして、何より、被害者・古田順子さんを弔い続ける義務がある。関係者だけでない、日本人全員の義務だ。
実名と顔写真を出すには批判もあることは承知だが、日本人は、古田さんの顔と名前を忘れてはいけないと思うからである。お許し願いたい。
凶悪事件の被害者のみならず、元をたどれば、悪しき戦後日本の犠牲者だからだ。
彼女より悲惨な目に遭っているといえば、北朝鮮拉致被害者の方々しか思いつかない。比較していいのかはばかられるが、そうしか言いようがないのだ。
繰り返す。古田さんは、悪しき戦後教育、人権主義、少年法、そして戦後レジュームの犠牲者だ。
改めて、古田順子さんのご冥福をお祈りしたい。あるいはどこかで生まれ変わり、幸せに暮らしていてくれることを願いたい。
合掌。
本日は取り急ぎここまで。続きを予定。