Run, BLOG, Run

http://d.hatena.ne.jp/bluescat/

[蝶-4.6] テレフォン・オペレイター

2004年06月17日 18時08分44秒 | 現実と虚構のあいだに
 「夕方五時のメロンパン」 「夜の蝶・番外編」

 trackback to;
 『目指せ!シナリオライター!!』 - 「メロンパンに関する四題噺。まとめ!」
 『◆書く/読む/喋る/考える◆』 - 「ヘルシー」
 『嘘の吐き方(うそのつきかた)』 - 「サンタクロースのメロンパン」
 『砂蜥蜴と空鴉』 - 「機械預言者」
 『目指せ!シナリオライター!!』 - 「メロンパンのある風景」
 『何となく奈伽塚ミント』 - 「とある雑談から生まれた企画」





 某ウィルス対策ソフトのコールセンター。 およそ三月まえ、NetSky が猛威を奮ったときに駆り出された派遣会社の女たちが、ところ狭しとじぶんの居所を確保し合っていた。 まるで蜜蜂の巣のように、狭いながらもそれぞれが、守るべきじぶんの城を持っているのであった。

 午前九時三十分から、午後五時三十分まで。 電話が鳴りっぱなしのときもあれば、ほとんど鳴らないときもある。 ここ数週間は、こわいくらい静かな日々がつづいていた。 フツウのユーザーなんて、ウィルスが流行ったときくらいしか対策ソフトに興味を持たないものなのだろう。

 気のとおくなるほど弛緩した時間のなかで、ほんの少しでも気を紛らわせようと、女たちは、それぞれ、思い思いの対策を講じていた。

 こっそりとゲームをやる者。 インターネットを閲覧する者。 メール書きをする者。

 〈夕飯のおかず、なにしようかしら?〉 〈ケーキ食べたい〉 〈今日のあれ、録画してくるのわすれた〉 〈あの人、またタバコ吸いに行って戻ってこない。 もう二十分くらい吸ってるんじゃない?〉 〈あ、はじまっちゃったみたい。 どうしよう、せっかくいいパンツはいてきたのに〉 ―― それぞれの考えごとにふける者も。

 なかには大胆にも、じぶんの webpage の更新をしたり、blog を書いたり、ファイル交換ソフトを使って、音楽ファイルをダウンロードしている者もいた。 ウトウトと寝ている者さえ。

 夕方五時。 あと三十分で終わるところだが、この三十分がどうしてもがまんできない。

 ナオミは、いつものパン屋で買った、いつものメロンパンを、ビニールの袋をカサカサいわせながら取り出した。 マイク付きヘッドフォンのマイクを少しずらして、その丸い塊に喰らいついた。

 メロン風味のさわやかな香りが口のなかにひろがった。 頭上はるか、天空よりあらわれ、天空より去りゆく飛行機のジェット音のような衝撃。 目が醒める。 映画ならば、The Beatles の ‘Back in the U.S.S.R.’ の出だしが鳴り響くであろうか。

 メロンパン上部のしっとりとしたビスケット生地が、日々の電話応対で酷使され、渇ききった上下の口蓋にぺっとりとはりついた。 その感じが、ナオミをイライラさせるのだが、それがまた、官能的な不快感でさえもあった。 ヘッドフォンをしているため、メロンパンを噛む音が、妙にくちゃくちゃと、じぶんの脳内に響いた。

 ペットボトルの茶で、メロンパンを流し込む。 ほんとうは牛乳がいいのだけど。 小さいころから、メロンパンには牛乳だったのだ。 ナオミは、メロンパンの香りを殺してしまう茶の渋味を憎んだ。

 それでも、思いきりよく、ほぼ五口で食べきると、ナオミは、指先にはりついたメロンパンの生地を、丁寧に丁寧に舐めた。 あますところなく。

 となりの席の女が、ちょっといじわるそうに、「谷崎さんって、いつも夕方メロンパン食べてるよね」 と言ってきた。 となりの女は、ダイエット中なので、メロンパンをいつもうまそうに食べているナオミが、なんとなく目障りなのであった。

 ナオミは、あまり気にもとめず、「夕方五時のメロンパンがないと、夜がはじまらないの」 とだけ言った。 きっと、この女には、なんのことかわからないだろう、と思ったけれど。

 仕事のあとの一杯。 食後の一服。 汗をかいたあとの一風呂。 したたか呑んだあとの一杯のラーメン。 ―― この夕方五時のメロンパンは、それらと同じくらい、ナオミにとっては意味のあるものなのだ。 わからない人には、わからなくて、いい。

 五時半になった。 ナオミは、ねこのように思い切り伸びをした。 ゆるんでいた頭のねじが締め上げられた。

 そして、すべてのアプリケーションを終了し、コンピューターをシャットダウンすると、撓る(しなる)ようないきおいをつけて立ち上がった。 みずからの身体を鞭を打つかのように。

 そして、第二の仕事をしに、新宿歌舞伎町を目指して、オペレイター室をふわりと去っていった。 夜の 「リップ・サービス」 にそなえ、まるで反芻するかのように、メロンパンの味を思いかえしながら。



 (完)





 BGM:
 Pete Shelley ‘Telephone Operator’

 (元 Buzzcocks のヴォーカリスト、Pete Shelley の作品。
 数年前、NTT DoCoMo のテレビコマーシャルに使用され、再評価されたとか ... ?)

コメント (12)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Welcome to the "狂える" World

2004年06月17日 15時03分18秒 | 想在
 Ben Harper の “Welcome to the Cruel World” を聴いている。



 先週の土曜日は、私がたまに足を運ぶ音楽バーで、オープン参加式のライヴが催されたので、私も観覧するついでに参加してきた。

 私の演目は、ポエトリー・リーディングというのだろうか、石川啄木についての話を少々と かれの短歌をいくつか詠んでみるというものだった。

 そのイベントには、ある女の子もギターの弾き語りで参加している。

 彼女の歌は、技術的にはあやしい部分もあるのだが、そのちょっとあぶなげなところが逆に魅力なのではないかと思う。 へんに技巧に走っていないところが好感がもてる。 歌詞もいいし、声もいいし。 私はひそかに応援しているのだが。

 そのイベントでは、参加者の投票によるチャンピオン制が導入されていて、二回防衛すると、そのバーでの 「単独ライヴ権」 を獲得できるようになっている。

 私が応援している彼女は、そのライヴ権をどうしても獲得したくて、なんとか 「グランド・チャンピオン」 になろうと遮二無二がんばっている。 彼女は、前回のチャンピオンであった。 「ぜったいにチャンピオンになりたい」 という執念で勝ち取ったのだろう。 この日防衛すれば、ライヴ権にリーチとなる。 当然、気合も入るわけだが。

 気合が入りすぎていたのだろうか、今回の演奏はちと空回りぎみであったように思えた。 結果は、数票差での惜敗。

 彼女は本当にくやしがっていた。 「次こそは、ぜったいに勝ちたい ! 」 と公言し、「どうしてもグランド・チャンピオンになりたいから、わたしを応援してください ! 」 と営業活動までしていた。

 私は、そんな彼女がとてもうらやましかった。

 夢中になれるものがあること。 ライヴ権獲得への情熱。 好きなことを好きと言え、くやしかったらくやしいと言える、その率直さ。

 私には、いずれもない。

 ただ、のらりくらりと、ごまかし やら まやかし で生きているだけだ。

 本当にやりたいこと、本当に好きなことなんて、とうのむかしに、風に吹かれるように過ぎ去ってしまった。

 なにかを表現したいという漠然とした思いはあっても、思ったようには表現できず、くすぶった気持ちをかかえながら、日常の雑務にうもれ、こころがどんどんどんどんすさんでいくかのよう。

 これではいかん ... と、もともと小説家志望であった石川啄木が 「悲しき玩具」 としての短歌創作を試みたように、私も web 上にこのような文章を垂れ流すことを試みているわけだが、むろん、天才の域には、到底及びもしない。 比較することさえ、おこがましい。

 その日、彼女は、私の石川啄木の話を受けて、「わたしには、『悲しき玩具』 はないです。 替わりのものはありません。 替わりがないから、うたっています」 と言って、自身の歌をうたいはじめた。

 そこまで歌が好きなのか !

 ああ、彼女のように、なにか "狂える" ものがあったなら。

 なにかに "狂えた" ならば、人は強くなれるものだろうか。

 世の中 "cruel world" なのかもしれないけれど、いや、だからこそ、"狂える世界" にできたなら、どんなにしあわせだろう?



 ―― と、さまざまな 「夢中人」 を観察し、私も、なにか夢中になれるものを模索しているのである。

 # ... 他人に迷惑をかけないもので、ね。 犯罪にもならないもので、ね。



 (初出: 2004.2.10 再出: 2004.6.17)

コメント (9)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

[食]ケーキ / B型の男と付き合う方法

2004年06月16日 17時40分03秒 | 呑食
 たまには、オンナの端くれとして、ケーキの話でも ... ?



 先週の土曜日は、友人を訪ねに、京王線 「芦花公園」 駅付近に出向いたのだが。

 先月から昼のみの定食屋をはじめたというので、一度食べに行ってみよう、と。

 手ぶらで行くのもなんなので、菓子でもぶら下げて行くか ... と、てきとうに駅前のケーキ店に入ってみた。

 個人的には、シュークリームにこころ惹かれたのだが、なんとなく、一番さいしょに目に飛び込んできた 「和三盆ロール」 という商品を買ってみることにした。 (ロールケーキにも目がない ... )

 これは、「和三盆」 という種類の黒糖を使った和風ロールケーキのようで、ほかのお店にはなかなかなさそうだし、切ってあるものでなく、丸ごと一本のロールケーキなので、見映えとしても、いい感じではないか、と思った次第。

 そうして、生菓子をもって、ウキウキしながら店に向かってみると ... 店のなかが暗い。 「準備中」 となっている。

 ?!!

 あわてて友人に電話してみると、土曜日は客が入らないから、休むようにしてしまった、とのこと ... 。

 しかし、せっかく買った土産なので、それだけでも渡したいという旨を伝えると、「じゃあ、いまから店を開ける」 と言って、休み中のところ、わざわざ店に来てくれて、定食を作ってくれた。 ありがたや、ありがたや。

 食後には、土産で持参した 「和三盆ロール」 を切って出してもらった (じぶんでも食べてみたかったから、うれしい ! )。

 うむ。 黒糖独特の甘さと香りが、なかなかいい感じ。 願わくば、丸ごとのまま、がぶっとかぶりつきたかった ... 。

 というわけで、『アリマ洋菓子店』、 要チェック ! かもしれない。

 ところで。

 「和三盆ロール、ください」 と言って、「おいくつですか?」 と訊かれたら、「(わ)三本 ! 」 と言ってみたい ... 。
 (すみません、ダジャレ好きなので ... )



 翌日、日曜日は、ひさしぶりに銀座方面に行ったので、ANGELINA のモンブランを買って帰った。

 しかし、このお店のってこんな味だったかしら? 以前と味が変わったような ... 。 私の気のせいだろうか ... 。

 ああ、そういえば。 以前食べた、福生の Jardin という店のモンブラン、おいしかったな ... 。 なにせ 「王様のモンブラン」 だもの。 五百円だもの。

 モンブランは、お店によって、味もかたちも色も、ぜんぜんちがう。 個人的には、昨今の流行り (?) のスタイルではなく、町のケーキ屋さんにむかしからあるような、まっ黄色のマロンクリームのうえに、栗がのっている、日本的なもののほうが好みかも。

 あの人と、おいしいモンブランのお店、食べ歩きしたいなあ ... 。

 私の彼は、「B型の男は、モンブラン好き」 という自説を持っている。 そういう彼も B型 ... 。

 ほかにそんなことを言っている人、聞いたことないけれど、どうなんでしょ ..... ?





 Led Zeppelin ‘Custard Pie’, ‘Tea for Two’
 (「おまえのカスタード・パイが食べたい」 「ふたりでお茶を」)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

吹雪月 / 卯の花

2004年06月16日 13時08分13秒 | 数字 Q
 昨日の記事で、旧暦 (陰暦) についてすこしふれたのだが。

 今回は、旧暦での月の異称について。

 いま、梅雨の時期は、旧暦では五月にあたる。

 五月の月名は 「皐月(さつき)」。 (競馬で 「皐月賞」 ってありましたっけ?) そのほかに、「仲夏(ちゅうか)」 や 「早苗月(さなえづき)」 なども。

 いちばんすてきだな、と思うのは、「吹雪月(ふぶきつき)」 であろうか。

 これは、この五月末から六月あたまに咲く 「卯の花」 を雪に見たてたものとか。 さっそく卯の花の画像をさがしてみる ...


  『季節の花 300』 - 「空木 (ウツギ)」


 ああ、この花。 知っている。 かわいらしくて、可憐で、初夏の花らしい、さわやかさ。 いいのう。

 ちなみに 「卯の花」 は別名であり、正式には、「空木(うつぎ)」 というらしい。 [雪の下(ゆきのした)] 科 - [空木] 属 の落葉低木であるとか。 「雪の下」 科というのもいいなあ。

 なぜ、空木というか、は、

「髄(ずい。茎や根の中心にある部分)が空洞になっているので、「空ろ木(うつろぎ)」が変化して「空木」になった。」

(『季節の花 300』 より)


 とのこと。

 なるほど。 ところで、別名 「卯の花」 の 「卯」 って、うさぎのことよね。

 白い花弁をうさぎの耳に見たてたのだろうか? ―― むかしの人は、風流だなあ。 





「卯の花の むらむら咲ける垣根をば 雲間の月の影かとど見る」 ― 白河院





 参照:
 「旧暦月名」
 「「おくのほそ道」に記された花-卯の花」



 BGM:
 Hank Williams ‘Let It Snow, Let It Snow, Let It Snow’
 (映画に使われていましたっけ?)

 Snow “Murder Love”
 (「カナダ出身の白人男性によるレゲエ」。 1995年に、‘Sexy Girl’ が大ヒット。
 Snow というアーチスト名は、自身の肌の色をあえて揶揄したものとか。
 映画 『8 mile』 を観ても思ったが、肌の色の問題は、音楽表現のうえでも、根深いものなのであろうか?)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

[蝶-4] 女と花 / 彼女ができる方法

2004年06月15日 23時17分34秒 | 現実と虚構のあいだに
 「女と花 / 彼女ができる方法」



 trackback to;
 『花のある生活』 - 「アンティークレース」





 午後九時。 「店」 のなかは、すでに客であふれ、なまあたたかい空気に包まれていた。

 一番乗りでやって来た、カトウという 会社専務の男は、マキという まだ入りたての若い女と、熱心になにか語り合っていた。

 一組目の接客が終わり、休憩室という名のもとの荷物置き場で、レイラが休んでいると、十九歳になったばかりのボーイがやって来て、「フリーのお客さんが入ったんですけど、お願いできますか?」 とたずねた。

 ただ遊んでいるよりは、よほどましなので、レイラは、こっくりとうなづいた。 そして、吸いかけのタバコを、一口思い切り吸い込むと、手荒くもみ消して、立ち上がった。

 履き慣れていない靴のせいで、足が痛み、思うように歩けなかった。 スーツは偽物だが、靴は本物のシャネル。 といっても、借り物であるが。 靴が傷んでいるのを見かねた同僚 ―― シオリという、この店の 「ナンバーワン」 の女が、貸してくれたのだ。

 しかし、なんとなく、靴だけが高級品なのは、滑稽なような気がして、レイラは、その 「本物の」 シャネルを投げ捨てて、裸足で歩きたいような衝動にかられたが、そんなことをする勇気もなく、仕方なく、そのまま客席へ向かった。

 客のまえに立ち、ゆっくりをお辞儀をしてから、顔をあげた。 見ると、まだごく若い、学生ふうの男が、ひとり座っていた。 白いTシャツにジーパン、きちんとアイロンのかけられた赤いチェックのボタンダウンシャツを羽織っていた。 レイラを見ると、客は、無邪気そうな笑顔を見せた。 レイラは、ひと目で、〈この客は、金にならなそうだ〉 と踏んで、

 「はじめまして。 レイラです。 よろしく」 と、あまりやる気のなさそうに、言った。

 「レイラ? おれの好きな曲とおなじだ ! 」 と、男は、レイラに抱きつきかねないいきおいで、うれしそうに言った。

 レイラは、身を反らせながら、ソファの端に腰を下ろし、「へたな映画のせりふみたい。 だれの曲?」 とたずねた。

 男は、気にも留めず、「デレク・アンド・ドミノス。 クラプトンがいたグループですよ。 『いとしのレイラ』 からとったんでしょ?」 と、レイラに人なつこく身を寄せながら たずねかえした。

 「そんな曲、知らない。 だいいちあたし、洋楽聴かないし。 そもそも、クラプトンって人、まだ生きてるの?」

 「うわっ ! そんなこと言ったら、おれの親父にぶっとばされるかもよ。 おれの親父、クラプトンが大好きなんだから」

 「ふうん」 と、レイラはくちびるをとがらせた。 気まずさを胡麻化すように、水割りをつくりながら、ふと、「ところで、お客さん、いくつ? すごく若そうに見えるけど」 とたずねた。

 男は、ちょっとぎくりとしたような、それでいて、いたずらっ子のように にやりとしながら、「いくつに見える?」 と、レイラの耳元で、声をおとして言った。

 「また、やすっぽい映画のせりふみたい」 と言いながら、レイラも、まるでないしょ話をたのしもうとでもするように、声をおとして、「そうねえ、十九歳くらい? うちのボーイといっしょかな?」 とひそひそ声で言って、水割りのグラスを渡した。

 男は、うれしそうに、「そう見える? そっか、そっか」 と言って、水割りのグラスを傾けると、一気にそれを飲み干した。 そして、おかわりをねだるように、レイラにあいたグラスを渡して、「ほんとはね、おれ、十七」 と言って、ぺろりと舌を出した。

 レイラは、声にならない叫びを抑えながら、「十七? じゃあ、高校生?」 と、食いつくように言った。

 「うん」

 「なにやってんの? こんなところで。 親にばれたらどうなると思ってんの?! 」

 「いや、大丈夫だよ。 いまの時間は、まだ塾に行ってることになってるし」

 「ううん、それより、高校生を店に入れたことがばれたら、この店も大変なことになっちゃう。 あたしだって、責任をかぶらなきゃいけなくなるかも ... 」

 「 ... もうちょっとしたら、帰るから。 だから、ほんとにもう少しだけ、おねがい ! おねえさん。 今日は、まだ帰りたくないんだ」

 レイラは、「おねえさん」 ということばに少々ぴくりとしながらも、「もう、ほんとに、まるで、三流映画みたいな展開 ... 」 とつぶやいた。

 男 ―― 少年は、たのしそうに笑っていた。

 仕方なしに水割りの代わりに、烏龍茶を持ってこさせてから、ふと、レイラは、「ねえ、家に帰りたくない、なんて、なにかあったの? 悩みごと?」 と、たずねた。

 「いや、たいしたことじゃないんですけど」

 「なによ、教えてよ。 危険を冒してまで、店に置いていてあげてるのに ! 」 と、レイラは、少年をくすぐるような手つきの真似をして言った。 まるで、やんちゃな弟にでも対するように。 レイラには、弟がいるのである。 もう三年近く会っていないが。

 少年は、たのしそうに笑いながら、「しょうがないなあ。 言いますよ。 今日、おなクラの子にコクったら、ふられちゃったんです。 おれの友だちのことが好きなんだって」 と言った。

 「おなクラって、なあに?」

 「ああ、同じクラスって意味です。 同じクラスの女の子に、好きだって告白して、ふられたんですよ」

 レイラはおかしそうに笑って、「なあんだ、そんなこと ! 」 と声をあげた。

 「そんなこと、は、ないでしょ。 ほんとに好きだったんですから」

 「やあねえ、大丈夫よ ! また、好きな子があらわれるから。 元気出して ! 」 と言って、レイラは、すねたような表情の客の肩をぽんと叩いた。 少年は、ほんの少しのあいだ、目をふせていたが、笑い出した。

 「なんだか、だいぶ気が楽になりました。 おねえさんのようなきれいな人と話ができて」

 「やだ、お世辞なんか言って ! あたしなんか、もうオバサンよ」 と、今年二十八になるレイラは、手を軽くふった。

 そのときに、スーツの胸につけていた飾り花のコサージュがぽろりととれ、絨毯のうえに落ちた。 レイラは、はっとして、そのとれた花 ―― 黄色いバラ ―― を拾いあげ、じっと見つめていた。 そのコサージュは、レイラが二十歳のとき、社会人になってはじめての給料で買ったものだった。 ほかにアクセサリーをほとんど持っていない彼女が、ずっとずっと、使いつづけているものなのだった。

 「だいじなアクセサリー?」 と、少年はたずねた。

 レイラは、なにも言わず、首をふった。 そして、気を取り直すように、少年の烏龍茶のグラスに氷を二、三個入れた。

 よく見ると、その飾り花がだいぶ傷んでいるのが、少年にもわかった。 そして、ふと、レイラが見た目のわりに、肌に色つやがないのを認めた。 少年は、しばらくだまってレイラを見つめていたが、とつぜん、なにか思い立ったように立ち上がった。

 「えっと、おれ、タバコ買ってきます」

 レイラは、タバコということばに反応して、まるで弟を叱るようなまなざしで少年を見つめながら、「タバコなら、うちにも置いてあるけど」 と言った。

 「いえ、ちょっと外に買いに行きたいんで。 すぐ戻ってきます。 あ、携帯、置いてきます」 と言って、携帯電話をテーブルに置き、ひらりと身をひるがえした。 ちょっと行ってから、戻ってきて、
 「おれのこと、お店の人にばらさないでね。 ほんとにすぐ戻ってくるから、待ってて ! 」 そう言って、颯爽と駆けていった。 レイラは、その後ろ姿をしばらく見送っていた。

 それから五分経っても、少年は戻ってこなかった。 十分経っても。 二十分経っても。 さすがに三十分戻ってこなかったので、ボーイが、どうかしたのかとたずねてきた。 レイラは、タバコを買いに出た旨を話した。

 そこへ、その店のママがのっそりとやって来た。 実は、ママに会うのは、レイラにとってはこれが初めてであった。 接客のことはシオリにまかせっぱなしなので、ママが出てくることは、よほどのことがなければ、ありえなかった。

 レイラは、おびえたまなざしでママを見上げた。 外国の映画に出てくる魔女のような見た目のその女は、しずかに、「あんた、なにかやった?」 とたずねた。

 レイラは、だまって首をふった。 彼が高校生であることは言うべきであろうか、言わざるべきであろうかと思案し、沈黙を守りつづけた。

 ママは、鑿(のみ)のようなまなざしをレイラに注ぎながら、「一時間待って、帰ってこなかったら、なにか手を ... 」 と言い、しずかに去っていった。

 十九歳のボーイは、「大丈夫ですよ、きっと、戻ってきますよ ! 」 と、レイラを励ました。

 レイラはうちひしがれたように、「休憩室」 に消えていった。

 時計の音が、身に突き刺さるようだった。

 あと、五分で、少年が去って一時間になる。 神さま、おねがい ! と、レイラは、われながらご都合主義だわ、と思いながら、時計の針に食い入っていた。 針をずっと追いかけていると、目がまわりそうになるのね、などと考えながら、じっと身じろぎもせずにいた。

 このまま少年が戻ってこなかったら、あたしはいったいどうなるのだろう? この店をやめなくてはならなくなるのだろうか? そうなったら、別の店に行けばいい? しかし、子持ちで二十八のじぶんを雇ってくれる店が、ほかにあるだろうか? と途方に暮れた。

 そこへ、「レイラさん ! 戻ってきましたよ ! 」 とボーイが告げた。

 レイラは、呆然としていて、さいしょ言われたことがわからなかったが、すぐにはっとして、客席に飛んで行った。

 そして、少年の笑顔を認めると、「ちょっと、どこ行ってたの ! いったい、どこまでタバコ買いに行ったのよ !! 」 と怒鳴った。

 少年は、さすがに申し訳なさそうに、頭をかきながら、「おれの年のこと、だまっててくれたんですね。 ありがとう」 と言った。

 「そんなことより、なにしてたの?!」

 「 ... ごめんなさい。 えっと、なかなか見つからなくて」 と、シャツのなかから、一輪の黄色いバラを出した。 花屋で買ってきたものらしく、きちんと透明なビニールでくるまれ、ピンクのリボンがかかっていた。

 そして、「これ、探すのに時間がかかっちゃって ... 」 と言って、照れくさそうにレイラに差し出した。 「これで元気出してください」

 レイラは、しばらくことばを失っていたが、やっと、「これを買うために、あちこち探しまわってたの?」 と、花を受け取りながら、かすれた声で言った。

 少年は、はずかしそうに はにかんだ。

 レイラは、目頭が熱くなって、思わずこぼれ出そうになる涙をかくすように、あごを反らせて、

 「きみ、きっと、すぐにすてきな彼女ができると思うよ ! あたしが、保障する」 と言った。 その笑顔は、今日、彼女が見せたなかで、最高のものだった。

 こっぴどく怒られると思っていた少年は、その笑顔にすくわれたように、顔をぱっと明るくさせた。 そして、

 「はい、それを願ってます」 と言って、タバコの箱を、ぽんと投げた。



 (完)





 参照:
 「おなクラ」 ... goo 辞書 検索結果より



 関連リンク : 当 blog 内
 「女をきれいにする方法」
 「記憶の男 / 父の味」
 「ほおづえをつかない女」



 BGM:
 Marv Johnson ‘I'll Pick a Rose for My Rose’
コメント (13)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

うるさい

2004年06月15日 14時22分36秒 | 想在
 「うるさい」 を、「五月蝿い」 と書く人に出会うと、少し、うれしくなる。



 旧暦の五月は、ちょうどいま、梅雨の時期にあたる。 高気温で、じめじめとしているため、ハエが繁殖しやすいこの時期。 気がつくと、そこらじゅう飛び回っていたのだろうか。 そして、そのくらいの煩わしさを、「うるさい」 に当ててみたのだろうか。 いまでは、「うるさい」 と思うほどのハエを、見かけなくなったけれど。

 ところで、ふと、「五月晴れ」 も、「五月の晴れた日」 のことでなく、「梅雨どきの晴れた日」 のことなのではないか、と、思った。

 調べてみたところ、


(1)新暦五月頃のよく晴れた天気。
(2)陰暦五月の、梅雨(つゆ)の晴れ間。梅雨晴れ。[季]夏。《男より女いそがし―/也有》

goo 辞書 検索結果より



 なるほど。 現在ではどちらでも使われているもよう。 じゃあ、今日のような日も、「五月晴れ」 と言っていいのね?

 そして、五月に、「今日は五月晴れだわん」 と言っている人に対し、「旧暦の五月のことだから、まちがいなんだよ ! 」 なあんて、えらそうなことを言ってしまい、それこそ 「五月蝿い人」 だと思われないよう、 ―― 気をつけよう。





「五月雨を 集めて早し 最上川」 ― 松尾芭蕉

(先日、電車に乗っていたら、JR の中吊り広告で、この句が使われているのを見かけた。
 「五月晴れ」 の日に、「五月雨」 で水かさの増えた最上川下り ... 気持ちよさそう ... )





 BGM:
 Dave Brubeck ‘Theme for June’
 The Lilac Time ‘Junes Buffalo’
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

虫男 / Miracle in the Hair

2004年06月14日 22時17分09秒 | 五行文
 私の友人 (というか彼) の髪のかたちは、アフロが伸びきったみたいなのだけど。

 昨日、いっしょに食事をしていたら。 彼の周りを、蚊が一匹ちらついていた。

 私が、「蚊がいるよ」 と言ったら、彼は、「え?」 と、横を向いた。

 そうしたら、蚊が、ぱっと消えてしまった。 あとかたもなく。 こつぜんと。

 私は、彼の髪の毛のなかに吸い込まれてしまったのだろうか、と思った。 ぐりぐりのパーマだから、一度入ったら、からまって出てこられない? それとも、髪の毛のなかが心地よくって、そこで休息している? ―― そのふわふわのわたがしのような髪のなかは、いったいどうなっているのだろう? のぞいて見てみたいような、見たくないような ... ?





 BGM:
 Speech ‘Braided Hair’
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

髪が早く伸びる方法

2004年06月14日 13時08分19秒 | 五行文
 このあいだ

 友人 (というか彼) に

 「髪の毛、伸びるの、早いね」 と、言ったら

 「ああ、そうさ ! おれはスケベさ !! 」 と、言われた。

 いや、伸びるのが早い、って 言っただけなのに ...





 『あなたの髪の毛(色)占い』


 BGM:
 Haircut 100 “Pelican West”
コメント (12)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

両刃の剣

2004年06月13日 21時18分11秒 | 想在
 (本文のない、記事があっても、いい、と思う。)





 BGM:
 Sex Pistols ‘Pretty Vacant’
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1/12

2004年06月12日 22時24分44秒 | 五行文
 昨夜は、知人のライヴを観に行っていた。

 十二弦ギターを使っていたのだが。 演奏中、弦が一本、切れてしまった。

 十二本のうち、一本くらい切れても、いいんじゃないか。 素人の私は、そう考えてしまったが。

 十二弦ギターは、弦が一本切れただけでもチューニングが狂うので ... と、ギターを取り替えていた。

 十二本のうち、たった一本でも失われると、音が変わってしまう。 それは、人のココロとカラダにも言えるのだろうか? どこか一箇所でも ―― 頭やあご、歯や腰などに ―― 不調があると、本来の 「音色」 が出せない、のだろうか ... ?





 BGM:
 Charlie Byrd ‘Seven Come Eleven’
 Rolling Stones “12×5”
 Teenage Fanclub “Thirteen”

 (十二弦ギターというと、やはり、The Byrds の Roger McGuinn が頭に浮かぶが。
 あえて、その影響を強く受けていると思われる、Teenage Fanclub を ... )
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする