Run, BLOG, Run

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文学者 T シャツは、ほしいのか。

2004年08月23日 00時00分00秒 | 想在
 きょうは、夕方に覚醒し、そのあと、ぼけぼけと過ごして、沖縄料理の居酒屋さんで、だらだらと夕食を食べ、ぶらぶらと散歩したのだが。

 散歩中、ロック T シャツなんかが売っているお店のまえを通りかかったら、太宰治 T シャツが売られているのを発見 !

 そして、中原中也 T シャツも !

 しかし、文学者の T シャツって、買ってみたとして、果たして着るのか? という気がしてきた。

 太宰治は好きだが、私は、果たして、太宰 T を着たいのか?

 う~ん、どうなのだろう。

 ドストエフスキー T シャツとか、シブイだろうか。 ヘミングウェイ T シャツとか、岡本かの子 T シャツとか、芥川龍之介 T シャツとか ... 。

 あ! カフカ・パジャマとか ... (目覚めたら、「変身」 ... )。

 文学者の 「グッズ」 は、果たしてほしいのか? と、考えてしまう休日であった。





 関連リンク:
 ・alternative clothing
  ("alternative clothing" のひとつとして、文学者 T シャツが話題にされる、ということだろうか??)

 ・「太宰パーカー」





 <!--
 すみません、コメントのお返事などは、明日いたします。

 無視しているわけではないです。

 眼鏡牛さん、おかえりなさい! (遅っ) 帰って来られた日にコメントしようと思っていましたが、出遅れてしまいました ... 。

 souryuusei さん、trackback ありがとうございます!

 もけさん、復活はまもなくでしょうか??

 みなさん、ほんとうに、ありがとうございます ...

 -->





 BGM:
 The Kinks ‘Dedicated Follower of Fashion’

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『BLOG FRIENDS #1』 / 文のちから

2004年08月21日 15時10分11秒 | goo ブログ / blog
 昨日、会社からの帰宅時。

 電車のなかで、先日十四日のコミック・マーケットに出品された、goo blogger による作品集、『BLOG FRIENDS #1』 を読みふけっていたのだが。


 (私は、作品には参加することができなかったのだが、コミック・マーケットあとの打ち上げにだけ (図々しく) 参加させていただき、そのさいに、一冊売っていただいていたのだ)


 ふと。 だれかの視線を感じ (自意識過剰)、顔をあげてみると、すぐ近くにいたサラリーマンふうの男性が、こちらを凝視していた。

 視線の先は、「私」 ではなくて。

 私が手にしている本だった。

 あきらかに、『BLOG FRIENDS #1』 に興味を示している !

 ひょっとして、も ... 。

 いやいや、goo で blog を開設している人で、『BLOG FRIENDS #1』 のことを知っていた人?

 ―― そう。 中央線で、『BLOG FRIENDS #1』 を読みふけっているオンナは、ワタシです。







 ちなみに。 私の友人 (というか彼) も、『BLOG FRIENDS #1』 を読んでいる。

 彼から、どうして私は参加しなかったのか、ということを訊かれる。

 私は、参加できなかった理由 (いいわけ) を説明する。

 そうして、そのうち、「文章力」 という話になって、彼が、

 「どうしたら、文章力がつくの?」 と訊いてきた。

 私は、「とにかく書くことじゃない?」 とこたえた。

 感性やセンス、というものは、ある程度、生まれもった才能によるものなのであろうか? そして、自身が培ってきたものに起因するのかもしれないが。

 文章力、という点に関しては、とにかく、継続して書くことではないか、と思っている。

 書くことをやめてしまうと、筆の運び方をわすれてしまう? 筆のすすみがぎこちなくなる? 筆がさびてしまう?

 ひさしぶりに書いた詩の、ぎこちなさ、も、またいとおしかったりするのだけど。

 「ずっと書いてないとだめなの?」 と彼は訊く。

 「うん。 わたしはそうかも。 ずっと書いていると、文章がなめらかになるような気がする。 三ヶ月まえのじぶんの文章でさえ、たどたどしくて、くすぐったくなることがあるもの」

 「そういうものかねえ」

 「だって、ギターだって、いっしょでしょう? ずっと弾いてないと、腕が落ちたり、感覚をわすれたりするんじゃない? 歌だってそうでしょ? 日々喉を使っていないと、声が出なくなるんじゃない?」

 「 ... たしかに、そうだな」



 これが、私が、書きつづける、理由、なのかもしれない。

 (けれど。 ときには、筆を休めてあげることも、必要か ... )





 BGM:
 Queen ‘炎のロックンロール / Keep Yourself Alive’

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こころのジューク・ボックス / Please, Please Me

2004年08月20日 23時09分55秒 | about him
 何週間かまえに、

 たんじょうびを迎えた。

 べつに、約束をしていたわけではないけれど、勝手に、たんじょうびには、かれ と会えると思っていた。

 勝手に、その日は、予定を空けていた。

 blog の記事なども、ほったらかしておこう、とも思っていた。

 その前日、じぶんにとって、会心の一作を書いていた。

 (あくまでじぶんにとって、であるが)

 (いままでいろんなことを書いてきたが、いちばん好きな記事だ)

 ちょうどいい部分を書いているさいちゅうに、彼から電話がかかってきた。

 しかし、わたしは、キーボードを叩く手を止めることができなかった。

 ぜんぶ書き上げて、アップしてから、かけ直そうと、思っていた。

 夜十一時過ぎに、やっとアップして、電話をかけ直そうと思っていたら、かれ から、携帯電話のほうにメールが届いていた。

 (かれ は PC を持っていないので、携帯電話にしかメールは来ないのだが)


 「一日早いけれど、誕生日おめでとう。

  申し訳ないけれど、明日は用事があるので、

  プレゼントをさっき、郵便受けに入れといた」


 あわてて、マンションの表の郵便受けを見に行くと、Tower Records のビニール袋が。

 中身は、わたしが欲しがっていた、あるアーティストの新作の二枚組みライヴ盤と、『レコスケくん』 というレコードコレクターの男の子の漫画作者のかたが描いた、ポストカード・セットだった。

 かれ らしい贈り物に、思わず、笑ってしまった。

 せっかくプレゼントを持って、やって来てくれたのに、わたしは、blog の記事なんか書いていて ... と、申し訳ない気持ちになった。

 と、同時に、せっかくのたんじょうびなのに、なぜ、明日は会えないのだろう? という、ちょっとした怒りに似た気持ちも、ふつふつと沸きあがった。

 あとで、お礼のメールを返したけれど、とくに、それへの返事はなかった。

 そして、たんじょうびは、孤独に。 いつもと同じように、blog の記事を書いて、アップし、時間が流れて、日付が変わっていった。

 二、三日は、たんじょうびにも会ってくれない人なんて ... と、ちょっとすねてみせようかとも思ったけれど。

 結局、その週末には、いつものように、会って、いつものように、過ごした。

 ふと、気になった。

 わたしのたんじょうびになにをしていたか。 ではなくて。

 ここで、一度書いたのだけど、かれ は、七月の中旬くらいにお財布をなくし、そのときの全財産を失ってしまっていたのだ。

 まだお給料が入っていなかったはずなので、このプレゼントは、いったいどうしたのだろう? と思った。

 そう。 わたしは、プレゼントなど要らなかった。 ただ、そばにさえいてくれたら、それで良かったのに ... 。

 わたしは、思いきって、かれ にたずねてみた。

 「お金、だいじょうぶだったの?」 と。

 すると。 レコードを中古店に売った、という。

 レコードを ?!

 「なにを売ったの?」 と訊いたら、The Beatles の “Please Please Me” だという !

 なんてことだ。

 このアルバムは、The Beatles の記念すべきデヴュー・アルバム。 そして、かれ が持っていたのは、たしか、くわしくはよくわからないのだが、英国オリジナル盤だかなにかで、ファン垂涎の、コレクターズ・アイテムだったはず。 そして、かれ のたいせつな宝物だったはず。

 「なんで、そんなことするの?!」

 「金が一銭もなくなっちまったからよ、うちにあるレコードでいちばん金になりそうなやつを売っぱらったんだわ。 まあ、プレゼント代と、二、三日のメシ代くらいにはなったわ」

 ああ、どうして、そんなことをするのだろう。

 わたしのプレゼント代なんかと、二、三日の食事代のために、たいせつな、たいせつなレコードを売ってしまうなんて ... 。

 わたしが、ことばを失っていると、

 「いいんだよ。 プリーズ・プリーズ・ミーなんてさ、もう何百回って聞いてるから、モノがなくても、だいじょうぶなんだよ。 おれのココに、ぜんぶ、インプットされてるからさ」

 と言って、かれ は、じぶんのあたまを指差した。

 ・・・ 。

 よりによって、かれ がいちばん好きだという The Beatles の、そして、記念すべきファースト・アルバムを売らなくてもいいのに ... 。

 けれど、かれ は、だからこそいいのだ、という。

 あたまンなかで、いつだって、自由に再生できるんだから、レコードは、たんなるカタチでしかないのだ、と。

 好きな作品だからこそ、擦り切れるほど聴いている。

 だから、歌詞カードなんか見なくたって、ぜんぶソラで歌える。

 コードもぜんぶ憶えている。

 じぶんのこころのジューク・ボックスから、好きなときに、好きなだけ、再生オン。

 そこまで愛して、レコードを聴いてきた かれ。

 たんじょうびに会ってもらえなかったこと、それがいったいなんだろう。

 かれ、という人は、こんなすてきな人なのだ。

 にんげん ジューク・ボックス。

 きっと、かれ には、iPod は、いらないのだろう。






 BGM:
 Ramones ‘Do You Remember Rock'n Roll Radio?’

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夏の駄文寄せ鍋

2004年08月19日 17時46分36秒 | 想在
 ぱっと思いついたけれど、わざわざ blog の記事にするまでもないかな? ということ。 いくつかまとめてアップしたら、相乗効果で、インパクトが出るだろうか?

 の、テスト。





 【巴投げ】


 このあいだ、友人 (というか彼) が、わが家に遊びに来た。

 ひさしぶりに会えて、うれしかった。

 彼は、真剣な目で私を見つめながら、肩に手を置いて、言った。

 「巴投げして、いい?」

 うわーん、なんでじゃ ?!

 「だってさあ、ノムラとか がんばってるじゃん。 だからさあ、おれもがんばりたいんだよね」

 やる気マンマンである。

 その意気込みをそがないためにも、巴投げされてあげるべきだったのだろうか ... ?





 【三十一文字】


 このむねの海にただよう
 思い、あり
 引いては、満ちて
 消えることなし





 【ソフトなあなたへ】


 「アイスドッグ」 なるものが、大阪に ... ?


   「“アイスドッグ”はいかが 大阪の新味覚、若者に人気」


 あつあつの揚げパンにソフトクリーム ... 。

 うう~ん、ちょっと食べてみたいかも。

 基本的には、ソフトクリームの、あの、うずまきが好きなのだが。

 やわらかいから、ぐるぐる巻くようにしたのだろうけど、あのぐるぐるがいいのよね。

 ここで、一句。



   うずうずと ソフトクリーム なめたいな



 はい、今日は、「俳句の日」







 BGM:
 Dr. John “GUMBO”

 (gumbo とは、アメリカ南部のごった煮料理のこと。 オクラ (gumbo) を入れるために、こう呼ばれるとか)

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八月の朝 / 罪と罰

2004年08月19日 11時56分47秒 | 想在

「吾(あ)をさらいエンジンかけた八月の朝をあなたは覚えているか」


俵 万智 「八月の朝」 (『サラダ記念日』 河出書房) より





 休日の朝、目覚めたとき、あのひとが、とつぜん、ドライヴ用の地図帳をひっぱり出してきて、訊いた。

 「奏(カナ)が、まえに住んでいたところは、どこ?」

 わたしは、それまでに住んできた歴代の場所々々を教えてあげた。

 あのひとは、ふむふむ、と、うなづきながら、

 「じゃあ、実家はどこ? このへん?」

 わたしは、「ここよ」 と、地図上の、ちょうど、じぶんの生まれ育った家のあるあたりを指差した。

 かれは、マジックを出して、そこにしるしをつけた。

 「マジックで書いちゃって、いいの?」

 「うん。 奏が子ども時代を送ったところだもんな。 じゃあ、これから行こう」

 あまりにとつぜんのことで、わけもわからぬ わたしをさらい、わたしの実家まで走ってくれた。

 マジックでしるしをつけた、地図をたよりに。

 二度と消せない、おもいで。



 けれど、わたしは、そんなあのひとを、捨ててしまった。

 なぜ、そんなことをしたのか、じぶんでもわからないけれど、なにか見えない力に突き動かされて。

 きっと、じぶんの若さに、うぬぼれていたのだろう。



 ああ、あの、しるしのついた地図は、いったい、どうなったのだろう?



 いまも、あのひとの、さいごの、悲痛な叫び声が、むねに響く。


 「おれをひとりにしないでくれ」


 けれど、一度走り出してしまったわたしは、もう、後戻りができなかった。

 そして、わたしは、あの八月の朝を思い出し、目のまえが暗くなる。

 これが、わたしの、「罪」 と 「罰」 なのか、と。



 人から傷つけられた いたみ など、なんてことはない。

 何日か、何ヶ月か、何年か経てば、しぜんに風化してしまう。

 けれど、人を傷つけた いたみ というのは、消し去れないのだ、ということを知り、マジックで、まっくろに塗りつぶされたような気持ちで目覚める。

 二度と消せない、おもいで。










 BGM:
 Ron Sexsmith ‘Summer Blowin' Town’

 (椎名 林檎の 「罪と罰」 にしようかとも思ったけれど ... )

 (ほおをさす 朝の山手通り タバコの空きバコを捨てる~ ... でも、私は、タバコを吸わないし ... )


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ヒトナツ 使いきりの 恋?

2004年08月18日 22時56分46秒 | 想在
 日焼け止めクリームの

 使用期限というのは、どれくらいなのだろう?

 一年くらい?

 でも、いつも、一年では使いきれない。

 ヒトナツ 使いきりサイズの日焼け止めクリームは

 ないのだろうか?

 もったいないから

 ふだんの通勤時にも使ってみる。

 その、においを嗅ぐと

 あの、夏の日を、思い出す。

 まるで、これから、海に出かけるみたい。

 そんなことを考えながら、満員電車に、ぎゅうぎゅうに詰め込まれる。

 この、おもいでには

 有効期限がないと

 いいな。





 BGM:
 SCANCH ‘Koi no Miracle Summer’

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カオロジー / 移民の歌

2004年08月18日 12時55分53秒 | 診・換・占
  なんとなく。 ........................................


   『ニッポン カオロジィ』


 じぶんの顔タイプを、質問形式により判定してくれるもの。

 いわゆる、あれ(なに?)、「モンゴリアン」 とか 「ドラグーン」 とか、民族系統(?)別の顔タイプ。

 先日の、「故郷は、遠きにありて、思うもの」 という記事で、じぶんのルーツってなんだろう??と思い、ためしにやってみたので、ついでに、記事にしておきます。

 おひまつぶしにでも、よろしければ。







 かなりむかし (といっても、三ヶ月くらいまえのものだが) の記事でも、似たようなことを書いたけれど。

 この肌も、この髪も、このまゆも、この目も、この鼻も、この口も、この腕も、この足も。

 みなじぶんのご先祖から、脈々と受け継がれてきた、しるし、であろうか。 と、ふと思う。



 「移民」 とか 「在日」 という ことばがあるけれど。 私だって、どこかの大陸からやってきた、「移民」 かもしれないし、そうなると、「在日ン十世」 か ... 。

 じぶんは、どこからやってきたのだろう? ... と、遥か とおい古代に、思いを馳せる、昼休みなのであった。







 ちなみに、わが連れ合いを勝手にためしてみたところ、やるまえからだいたいわかっていたけれど、やはり南国系の人のようだった。

 以前、知人に会わせたら、あとで、「あの人、日本人?」と訊かれたことがあるくらい、日本人離れしている ... 。

 まあ、確認したわけではないけれど、たぶん、日本人だ (と思う)。

 もし、日本人でなかったら? そのときは、そのとき ?!





 ナニジンだって、関係ないさ。










 # 私は、「あなたは典型的なミカドニアン『ポピュラーミカドニアン』です」 とのこと。

 # そうかな???





 BGM:
 Led Zeppelin ‘移民の歌 / Immigrant Song’

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Sit the 嫉妬 / Ruby Tuesday

2004年08月17日 21時41分56秒 | about him
 先日、友人 (というか彼) と、音楽ヴィデオなど鑑賞。

 Keith Richards がソロで活動していたときのバンド、X-pensive Winos のライヴ ヴィデオである。


   『Live At Hollywood Palladium』

   (リンク先は、リイシュー版 DVD)


 (ちなみに。 ロックファンからは、無粋な説明と思われるかもしれぬが。 Keith Richards とは、Rolling Stones のギターリストのことである)

 (ここで、とつぜんクイズ ! The Beatles は、四人組。 では、Rolling Stones は、現在何人編成でしょう ?! ... というのは、流しておいて ... )


 彼は、Keith の大ファン、というか、もろフォロワー ―― とかいうと怒られるかもしれないので、フリークということにしておこうか ―― なので、このヴィデオは、すでに何度も観ているようなのだが、わたしが、観たことがなかったので、わざわざ貸してくれたのだ。

 何度も観ているはずなのに、彼は、観ているさいちゅう、ためいきまじりに、「ああ~、かっこいい」 を連発。

 私も、いまよりもちょっと若い Keith の、シブイ魅力に目を奪われた。

 みんな、たのしそうに、満ちたりた表情で演奏していて、いいバンドだな、と思った。

 しかし、彼ときたら、「こんな (すごい) の、生で観たら、おれ、死ぬな」 とまで言っていた。

 ほんとうに、Keith が好きなのね、と、ついほほえんでしまうが、ちょっぴり、妬けてしまった。 Keith に。

 ううん、でも。 まあ、女性アイドル(失礼)に熱を上げているとかになると、ついていけない世界なので、それよりはいいのかしら? じぶんも好きな世界の人だから、まだいいのかしら?? とか考えたり。

 でも、逆に、じぶんがまったくわからない世界のほうが、いいのかな??? とか。



 以前、付き合っていた人とも、音楽の趣味がいっしょだった。 嗜好が似通いすぎていたくらい。

 ふたりでおなじ CD を買わないことにしていたのだけど、じぶんたちの好きなアーチストの新譜が出たとき、どちらが購入するか、で、けんかになった。

 好きなアーチストのものは、やはり 「じぶんのモノ」 として、手元に置いておきたいのだ。

 結局、おなじ CD をそれぞれ一枚ずつ購入。

 むだだなあ。 嗜好が同じなのも、考え物だなあ。 などと思いつつ。



 そんなことを思い出しながら、彼の Keith への思慕に、やきもちをやかないよう、気持ちをおちつけさせている、ルビー・チューズデイ。





 # これから、遊びに来る、というので、その合間にいそいで書いた記事。
 # あとで、加筆修正を加えるかも ... 。





 関連リンク:
 ・goo 音楽 - Keith Richards

 ・Rolling Stones “Through the Past. Darkly - Big Hits Vol.2”

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故郷は、遠きにありて、思うもの

2004年08月16日 23時03分06秒 | 想在
 休みが明けて、今日から、会社へ。

 今年は、実家には帰らなかった。

 わが家系は大家族。

 祖父母も、両親も、私自身も、兄弟が多いので、お盆ともなると、いつもにぎやかだ。

 しかし。 私のいちばんうえの兄など、私の九歳年長なので、兄弟という気がしなかった ... と言ったら、兄に失礼だろうか。

 いや、でも、ほんとうに、私が幼稚園、小学生のころに、すでに高校生とかなわけで、兄というよりは、おじさん、という感じで、まったくなじめなかった。 いまにして思うと、かわいくない妹だったのだろうな、とは思うけれど、こわかったのだから、しょうがない。

 そんな長兄とは、ずっと、打ち解けて話ができなかった。

 小さなころに植えつけられてしまった恐怖心を、なかなか克服できなかったのだろう。

 家のなかで、妙にいつも、どきどきと、かしこまっているような、ぎこちない子どもであった。

 そんな私も、東京に出てきて、ひとり暮らしをはじめてからは、だれに遠慮するでもなく、思う存分、好き勝手に生きているが。

 はなれてみると、両親のありがたさ、兄弟のやさしさ、家族の良さ、というものがわかって、帰る場所があるというのは、いいことだなあ、と、思うようになって ... 。

 いまでは、実家に帰れば、幼いころに打ち解けられなかった長兄とも、酒を酌み交わすくらいである。 とおいむかし話を語りながら。

 こんなことは、幼いころには、考えられなかった。

 はなれてみてこそ、できたことなのだろうか。 そして、たまに、帰るから、いいのかなあ ... 。



 ああ、そうだ。 ここで、あるエピソードを。

 先日、知人に、旅行土産として、風鐸 (風鈴) を買って、送った。

 「ふるさとは遠きにありて思ふもの」 という、室生犀星さんの詩の一節が、風鐸の舌 (糸で吊るされた短冊) に書かれているものを。

 窓の外に吊るしていたら、その短冊が、台風にさらわれて、どこかに飛んで行ってしまったらしい。

 知人は、申し訳ない、と、あやまっていたけれど。

 きっと、遠きにありて思いきれずに、故郷に帰っていったのだろうか ... ? と思うことにしている。





 関連リンク:
 ・『室生犀星記念館』
 ・Blue Signal - 「室生犀星(石川県)」



 BGM:
 Olivia Newton-John ‘Take Me Home, Country Road’

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8.15 灯かりのあるしあわせ

2004年08月15日 17時13分55秒 | 想在
 私の、父方の祖母から聞いた話だが。 .................


 戦争中は、防空演習や軍事訓練、避難訓練、空襲警報など、さまざま緊張感のなかにいるのがあたりまえであったという。

 終戦の詔勅で、いちばん、うれしかったのは、「防空壕」 に入らなくて済むこと、そして 「灯火管制」 から解放されるとこと、だったそうだ。

 狭くて、暗い防空壕のなかで、じっと身を固めていることが、とてもおそろしく、せつなく、そして、わびしかったという。

 だれも、あんなところに、好きこのんで入りたくはなかった、と。

 子どもごころに、そのことばがむねに突き刺さったのを、おぼえている。

 また、「灯火管制」 というのは、空襲の目標にされないように、夜、電灯をつける際に、電気に黒い布をかぶせること。

 暗い部屋だったために、生まれた赤ちゃんが女の子とまちがわれ、あとで男の子だと気がついた、という話もあるそうで。

 夜、食事をするときも、むろん灯火管制。 暗い部屋のなかで、黙々と夕食をとることが、暗い気持ちを、さらに陰鬱とさせていたとか。

 ああ。 いまでは、灯かりがあるのがあたりまえになっているが、こうして、あかるい部屋で、なんの心配もなく、ゆっくりと食事できるということは、ありがたいことなのだなあ、と、祖母の話を思い出して、ふいに考えた。

 そんな祖母は、もうここには、いないけれど、戦後、そんな幸福感をおぼえながら、食事をしていたのだろうか。



 二十四時間営業のコンビニエンス・ストアやファミリー・レストランに囲まれた都会に住む私は、ときどき、街の灯かりがひとつもないような田舎へ行って、真っ黒な夜空に、星々がくっきりと輝いているのを見て、感動すらおぼえてしまう。 きっと、それも、いまの平和さをあたりまえにように享受しているがゆえのしあわせ、なのであろうか。



 なお、私の母は、戦中生まれ。 上海の租界地区で生まれたそうだ。

 じぶんが生まれた上海へ行ってみたい、と言っている母は、もう六十歳を越えている。

 いつか、連れて行ってあげられたら、いや、連れて行ってあげなくては、母が元気なうちに ... と思っている。





 関連リンク:
 ●旅・ひと・ことば 「租界の残り香」
 ●「上海の歴史」





 ---
 [追記]:
 ・goo BLOG テーマサロン 「平和のためにできること(8月13日)」 に trackback を送ってみた。

  具体的に平和のためにできることを示唆しているわけではないが、意識の問題として ... ?
  (2004.8.16)



 ・『妖精が見える子供』 - 「命をつなげる・・・」 に trackback. (2004.8.17)

コメント (7)
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