実家に帰ってきたら。。。
ドレスがかかっていた。。。
私の着ている衣装が
おきに召さなかったらしく(^o^;)
必殺! 洋裁の業が炸裂したらしい(^o^;)
そうよね。。。
昔から楽器店の講師コンサートで、
フロントでメインボーカルをとる人たちは、
今年は総額10万円のコース!!
なんていいながら、
衣装監督さんのダメ出しに
右往左往してましたっけ。。。
最も右往左往していたのはフロントだけではなく、
楽器を演奏する方もダメ出しの嵐で
暮れの尼崎の街を走り回って
洋服や布地を買いに走り回りましたっけ。。。
衣装だけのリハもあって、
それが大抵本番の2-3日前。
大きなダメ出しがあると、
とんでもなく深刻に大変なので、
(ダメ出しが出た衣装は使えないため)
夏頃から始まる
音楽のクリニックの間に
お伺いをたてながら小出しに相談をしているのだ。
私の衣装は大抵ままチャマの手作り(^ー^)
裾をズルズル引きずるようなロングドレスやら
チャイナドレス・着物も縫ってもらいましたっけねぇ。。
ありがたきは母の愛である。
ボーカルと衣装監督さんだった、
木村恭子先生には、随分と手持ちの衣装を
お借りしたりもしました。
この講師コンサートに出たくて講師になった
っていう先生がいたりするくらい、
華やかで楽しいコンサートだったのです。
今よりも洋裁人口が多くて、
デパートで布地を売っていた頃の話。
夏になると、布地のバーゲンがあって、
金糸銀糸の糸おりなす、不思議な布が
破格のお値段で売っていたりしたのだ。
毎年くれに行われていた
講師コンサート用の布地として
夏に良さげなのを仕入れておいて、
近くなってくると、ままチャマに頼むのだ。
仕入れたまま使っていないゴージャスな布地が、
未だに押し入れに入っている。
フロントの衣装は、貸衣装の場合も多かったのだろうなぁ。。
と、今ごろになっておもう。
衣装のリハ、ゲネプロ、本番と
三日間はレンタルしないといけなくて。。、
そうなると、一着ン万円飛んでいきまする。
出演ステージの殆どがフロントの先生もいるわけで。。
演奏の先生など、でずっぱり!
100%アンプだったので、練習も半端なかったのに。。。
衣装も作らなくちゃいけないので、
本当に大変だっただろう。。
毎年時間とお金をどれくらい使ってはったのかなぁ??
あんまり想像したくない(笑)
けれど、いま見ても十二分に楽しめるコンサートだったのです。
ほんと。。。毎年よくやりました。
ままチャマの作ってくれたドレスを見ながら
しばし思い出に更ける私であった。
その、昔衣装にしていたお洋服。
今は生徒さんたちに貸し出されているのです。
残しといて良かったなぁ(笑)