年が改まり、王たちが出陣するころ、ダビデは、ヨアブと自分の家来たちとイスラエルの全軍を戦いに出した。彼らはアモン人を滅ぼし、ラバを包囲した。しかし、ダビデはエルサレムにとどまっていた。(第Ⅱサムエル記11章1節)
ある夕暮れ時、ダビデは床から起き上がり、王宮の屋上を歩いていると、ひとりの女が、からだを洗っているのが屋上から見えた。その女は非常に美しかった。(2節)
この書き出しは、一篇の小説のようです。非常にミステリアスで、読む者の想像をかき立てます。
時は、まだアモン人との戦いの最中です。敵の王たちは大挙して出陣し、ダビデの将軍や家来たちも戦場に出ていました。しかし、ダビデは王宮に残り、昼寝をしていたのです。
夕暮れどきになって床から起き上がり、王宮の屋上に出て行ったのです。空は夕焼けに染まっていた? 日中の暑さがやわらいで、涼しい風が心地よく王の衣を揺らめかせていたでしょうか。屋上は王のプライベートルームの一部で、王はそこでは、薄い着物一枚でも平気でいられたかもしれません。
ダビデ王はこの時、何を考えていたのでしょう。もとより、戦場の戦況を気にしていたはずです。エルサレムから、遠くの山に視線をのばして、自分たちの同胞に思いを馳せ、神に祈らなければならないのを知っていたはずです。
ところが、思いがけない光景が彼の目に映ったのです。ひとりの美しい女が近くの家の屋上で、水浴びをしていたのです。ダビデの心は、寝起きのけだるい気分の中で、たちまち淫らな思いに捕えられました。
ダビデは人をやって、その女について調べたところ、「あれはヘテ人ウリヤの妻で、エリアムの娘バテ・シェバではありませんか」との報告を受けた。(3節)
ダビデは使いの者をやって、その女を召し入れた。女が彼のところに来たので、彼はその女と寝た。――その女は月のものの汚れをきよめていた――それから女は自分の家に帰った。(4節)
女はみごもったので、ダビデに人をやって、告げて言った。「私は身ごもりました。」(5節)
まさに、「なるようになった」わけです。男女の交わりの自然な結果です。ダビデは王であり、すでに大勢の妻がいるのですから、もう一人妻が増えることは、なんでもないことだったでしょう。けれども、夫がいる女性との関係は、「姦淫であり」「盗み」です。
旧約聖書の律法の中では、妻がいる男が妻以外の女性と性的関係を持つことは、妻に対しては姦淫にならなかったのです。相手の女に夫や婚約者がいる場合だけ、その女も関係した男も姦淫罪になるのです。その理由は、「他人のもち物を盗んだ」ためであり、根底の思想は、十戒の八番目「盗んではならない」(出エジプト記20章15節)、十番目「欲してはならない」(17節)が適用されているだけです。
現在の女性から見ると不公平なのですが、歴史のほとんどの時代で、地球上のほとんどの地域で、長い間、このような不公平は当たり前でした。
「聖書は、時代背景を踏まえて読まなければならない」と言われるゆえんです。
いずれにしても、ダビデは重大な罪を犯したのです。仮に、パテ・シェバが妊娠しなくても、ダビデは律法に背いたのです。
ダビデは自分の罪を自覚したのでしょうか。とりあえず、覆いをかけて見えないようにしようとしています。
★★
ダビデはヨアブのところに人をやって、「ヘテ人ウリヤを私のところに送れ」と言わせた。それでヨアブはウリヤをダビデのところに送った。(6節)
ウリヤが彼のところに入って来ると、ダビデは、ヨアブは無事でいるか、兵士たちも変わりはないか、戦いもうまくいっているか、と尋ねた。(7節)
それからダビデはウリヤに言った。「家に帰ってあなたの足を洗いなさい。」ウリヤが王宮から出て行くと、王からの贈り物が彼のあとに続いた。(8節)
ダビデはパテ・シェバの夫を前線から呼び戻しました。戦況報告をさせ、労をねぎらい、いかにも優秀な兵士への恩賞であるかのように帰宅を勧め、たくさんの贈り物を与えました。
ウリヤが家に戻れば、妻と床を共にしたでしょう。ダビデの狙いは、パテ・シェバの懐妊をごまかすことでした。夫が留守中に身ごもるのは言い訳の立たないことでした。
ところが、ダビデの意図に反して、ウリヤは家に戻ろうとしません。王宮の門のあたりに、自分の部下や同僚といっしょに寝泊まりする始末です。
ダビデは、ウリヤが帰宅しない理由を尋ねた。「あなたは遠征して来たのではないか。なぜ、自分の家に帰らなかったのか。」(10節)
ウリヤはダビデに言った。「神の箱も、イスラエルも、ユダも仮庵に住み、私の主人ヨアブも、私の主人の家来たちも戦場で野営しています。それなのに、私だけが家に帰り、飲み食いして、妻と寝ることができましょうか。あなたの前に、あなたのたましいの前に誓います。私はけっしてそのようなことをいたしません。」(11節)
ウリヤは兵士のかがみと言えるような模範的な男であり、神にも主人にも忠実な家来だったのです。ダビデの予想は外れ、計略は振出しに戻ってしまいました。
そこで、ダビデは非常手段を取ることにしました。
それは、恐ろしい計略で、ダビデはここで、十戒の六番目の戒め「殺してはならない」を犯してしまうのです。
※Coffee Breakヨシュア記・士師記・ルツ記・サムエル記327 ある夕暮れ時の物語(第Ⅱサムエル記11章1節~11節)より再録
※ ヨアブはダビデの甥で、ダビデの最も有能な部下でした。この時も、戦いの総責任者だったと思われます。