「修理する靴は ないですかあ?」
幼稚園児の私は、お婆さんの顔に深く刻まれたシワに見とれていた。
が、 急いで
母を呼びに行った。
母は、
「ごめんなさいね。 今、急ぎの直しはないのよ。」
お婆ざんは、
「ほうですか。 また何かあったら よろしくお願いします。」
「」という場所の存在を知ったのは それから数年後。
「相手にせん方がええんよ。 ああいう人たちはね。」
吐き捨てるような母の言葉。
私たちは新たな教育のもと、被差別の無意味さを教えこまれた。
山を入って行き、人がひとり通れるかというようなあぜ道。
その先に「」はある。
だが、私にはどうしても行くことが出来なかった。
興味本位では。
かあちゃん、 私は そんな台詞を吐くあなたが大嫌いだった。
そして、 今も大嫌いだ。
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