前回は、ルーチンで行う練習のうち、『テク』と呼ばれるものの内容を紹介しました。
今回は、通常なら1週間のうち2日行う、『ハード』の内容についてご紹介しようと思います。
とっても簡単に言うと、『ハード』は文字通り「体力強化練習」のことを指します。
『テク』と同じように、練習開始前にリーダー幹部の先輩御一人ずつご指導を頂いてから、リーダー長と団長を先頭に2列縦隊になり、いきなり「ファイト~」とひたすら声を出しながら(今の世知辛い世の中では、これをやると、やれ「小さい子供が昼寝できない」とか、「やかましい」「近所迷惑だ」と学校に苦情が来そうなほどの大きな声で…)、学校近くを遠回り一周…およそ10km強位の距離を集団で「ランニング」します。
その「ランニング」のラスト500~700m位で、学校近くの八幡様のある神社へ向かってをします。
これが、大声を出し、体力も消耗し、疲労困憊している中での「ダッシュ」ですから、本当にきつかったですね。
小生は、正直…運動神経が鈍く、そのあたりは53番にも指摘はされていますが、実は走るの“だけ”は得意でした。
高校2年生の時の1,500走では、陸上部ではないのに、4分50秒前半から4分45秒の間くらいで走破していましたのでね。
(当時、高校2年生男子の平均が、5分30秒前後と言われていました。)
ですが、このときに、当然ながら声が小さいと先輩に叱られ、「ハード」の練習メニューが多く課されます。
また、ラストの「ダッシュ」で最下位になろうものなら、これまた「罰」が待っているので、皆必死でした。
八幡様に到着しても、すぐに行われるのが、柔軟な身体に鍛え上げるために必要な、開脚前屈などの「ストレッチ」です。
これも、実はきつい…。
はっきりいいます。
応援団リーダー部員には、「体操選手並み」の「身体の柔軟性」が要求されます。
それでないと、綺麗な「四股」が踏めないですし、『テク』の練習で紹介した「八呼間」と呼ばれる、腕を応援歌にあわせて、「前→横」と繰り返す動きの格好が悪くなります。
もう少しイメージしやすくお話しすると、大相撲の関取並みの、身体の柔軟性は要求されると思ってください。
(さっきの表現でも、充分イメージできるゾというお叱りも受けそうですが…。)
ですので、「立位体前屈」は、部員の殆ど全員が、10cm以上になります。
身体が人並み以上に柔軟な部員なら、25cmくらいにもなります。
(ちなみに小生は、最高20cm~22cmだったように記憶しています。)
応援団の世界に、『立位体前屈マイナス○cm』は、正直あり得ない話ですね。
「開脚前屈」であれば、地面に胸が着くまで鍛えられます。
まぁ、急に「柔軟な身体になれ」というのは無理な話なので、身体が硬い部員は、肉離れなどを起こさない程度に徐々に慣らしていきますが…。
小生は幸いにして、身体はやわらかい方ではあったので、他の部員よりは「ストレッチ」に難を抱えることは、なかったですね。
(なのに、30代後半になって、「ぎっくり腰」が持病になるのですから、笑い種ではありますが…。)
「ストレッチ」が終わると、再び「ダッシュ」です。
このときは、短い距離ですが、「俊敏性」を要求される内容になっています。
つまり、リーダー長の「手拍子」に合わせて、踵を返して、「ターン」をしながら「ダッシュ」をします。
そのリーダー長の手拍子の間隔が短いと、走り出したとたんに、踵を返すことになるので、大変です。
逆に、「手拍子はまだか」なんて考えながら走っていれば、当然「ダッシュ」はおろそかになるので、練習の意味がなくなります。
しかも…この時2人1組になるのですが、順番を待つ部員達は、やっぱり「ファイトファイト」と声を出し続けなければならず、時々リーダー長の「手拍子」が聞こえないときがあります。
これがちょっと厄介だったりしますね。
「ダッシュ」にもいろいろあって、2人1組で、片方がもう片方を「おんぶ」して、坂のある狭く走りにくい道をダッシュするとか…本当に、きつい内容です。
最後は「馬とび」をします。
これも、「ダッシュ」の練習の出発点から、八幡様の鳥居があるところまで…距離にすると、200m~300mを「馬」になる部員の間隔をなるべく狭くし、しかも、「跳ぶ」側が「休憩を取る」格好にならないように、跳び続けなければなりません。
八幡様の鳥居から、一般公道へ出るまでが、束の間の「休憩」で、だらだらと歩きながら「休み」ます。
公道に出ると、また2列縦隊となって、学校までの短い距離ではありますが、声を出しながらの「ランニング」をして、学校に戻ってきます。
このときの、小生も含めた下級生部員の姿…八幡様近くの広場の土質が、競馬場の「ダートコース」のような感じなので、全員「真っ黒」です…。
最後に、『テク』の練習のときと同じように、団長の「集合」の掛け声と共に集合し、練習を終えてのリーダー幹部からのご指導を受けて、終わります。
こうして思い出しながら綴ると、みなきついメニューだったけど、懐かしさで一杯ですね。
これでも、一部忘れて思い出せない部分…あります。
1週間6日(まだ土曜日が半日で授業が終わるとはいえ、「休み」ではない時代でしたから…)のうち、5日がこんなですから…それこそ「ターボ付きのスポーツカー」のように、燃料は食うけど良く動く…そんな感じでしたね。
(「アメ車」という表現も、合うのかもしれないです。)
なので…毎晩の睡眠時間では疲労が抜けず、良く授業中に「こっくり」していましたが…。
ようやく小生もルーチンの練習にも加われ、ゴールデンウィーク突入直前に、新入生の入部活動もほぼ収束したところで、『新入部員歓迎コンパ』が行われました。
次回は、この様子をちょっと紹介しましょう。
そして…ゴールデンウィークが終わると、いよいよ、文化祭での「メインイベント」ともなっている、応援指導部主催のステージ演技『臙脂の集い』まで1ヶ月を切ることになります。
このステージ演技で、3年生リーダー幹部が、実質「引退」となるので、この1ヶ月が3学年揃っての「本格的な実践練習」になります。
その練習は、リーダー幹部の「花道」にふさわしいものとするべく、大変厳しい内容で、それこそ「地獄」でした。
その練習の様子…いよいよお伝えするときが近づきました。
リアル感たっぷりにお伝えできるように、頑張ります。
どうぞお楽しみに。
(次回へ続く)
今回は、通常なら1週間のうち2日行う、『ハード』の内容についてご紹介しようと思います。
とっても簡単に言うと、『ハード』は文字通り「体力強化練習」のことを指します。
『テク』と同じように、練習開始前にリーダー幹部の先輩御一人ずつご指導を頂いてから、リーダー長と団長を先頭に2列縦隊になり、いきなり「ファイト~」とひたすら声を出しながら(今の世知辛い世の中では、これをやると、やれ「小さい子供が昼寝できない」とか、「やかましい」「近所迷惑だ」と学校に苦情が来そうなほどの大きな声で…)、学校近くを遠回り一周…およそ10km強位の距離を集団で「ランニング」します。
その「ランニング」のラスト500~700m位で、学校近くの八幡様のある神社へ向かってをします。
これが、大声を出し、体力も消耗し、疲労困憊している中での「ダッシュ」ですから、本当にきつかったですね。
小生は、正直…運動神経が鈍く、そのあたりは53番にも指摘はされていますが、実は走るの“だけ”は得意でした。
高校2年生の時の1,500走では、陸上部ではないのに、4分50秒前半から4分45秒の間くらいで走破していましたのでね。
(当時、高校2年生男子の平均が、5分30秒前後と言われていました。)
ですが、このときに、当然ながら声が小さいと先輩に叱られ、「ハード」の練習メニューが多く課されます。
また、ラストの「ダッシュ」で最下位になろうものなら、これまた「罰」が待っているので、皆必死でした。
八幡様に到着しても、すぐに行われるのが、柔軟な身体に鍛え上げるために必要な、開脚前屈などの「ストレッチ」です。
これも、実はきつい…。
はっきりいいます。
応援団リーダー部員には、「体操選手並み」の「身体の柔軟性」が要求されます。
それでないと、綺麗な「四股」が踏めないですし、『テク』の練習で紹介した「八呼間」と呼ばれる、腕を応援歌にあわせて、「前→横」と繰り返す動きの格好が悪くなります。
もう少しイメージしやすくお話しすると、大相撲の関取並みの、身体の柔軟性は要求されると思ってください。
(さっきの表現でも、充分イメージできるゾというお叱りも受けそうですが…。)
ですので、「立位体前屈」は、部員の殆ど全員が、10cm以上になります。
身体が人並み以上に柔軟な部員なら、25cmくらいにもなります。
(ちなみに小生は、最高20cm~22cmだったように記憶しています。)
応援団の世界に、『立位体前屈マイナス○cm』は、正直あり得ない話ですね。
「開脚前屈」であれば、地面に胸が着くまで鍛えられます。
まぁ、急に「柔軟な身体になれ」というのは無理な話なので、身体が硬い部員は、肉離れなどを起こさない程度に徐々に慣らしていきますが…。
小生は幸いにして、身体はやわらかい方ではあったので、他の部員よりは「ストレッチ」に難を抱えることは、なかったですね。
(なのに、30代後半になって、「ぎっくり腰」が持病になるのですから、笑い種ではありますが…。)
「ストレッチ」が終わると、再び「ダッシュ」です。
このときは、短い距離ですが、「俊敏性」を要求される内容になっています。
つまり、リーダー長の「手拍子」に合わせて、踵を返して、「ターン」をしながら「ダッシュ」をします。
そのリーダー長の手拍子の間隔が短いと、走り出したとたんに、踵を返すことになるので、大変です。
逆に、「手拍子はまだか」なんて考えながら走っていれば、当然「ダッシュ」はおろそかになるので、練習の意味がなくなります。
しかも…この時2人1組になるのですが、順番を待つ部員達は、やっぱり「ファイトファイト」と声を出し続けなければならず、時々リーダー長の「手拍子」が聞こえないときがあります。
これがちょっと厄介だったりしますね。
「ダッシュ」にもいろいろあって、2人1組で、片方がもう片方を「おんぶ」して、坂のある狭く走りにくい道をダッシュするとか…本当に、きつい内容です。
最後は「馬とび」をします。
これも、「ダッシュ」の練習の出発点から、八幡様の鳥居があるところまで…距離にすると、200m~300mを「馬」になる部員の間隔をなるべく狭くし、しかも、「跳ぶ」側が「休憩を取る」格好にならないように、跳び続けなければなりません。
八幡様の鳥居から、一般公道へ出るまでが、束の間の「休憩」で、だらだらと歩きながら「休み」ます。
公道に出ると、また2列縦隊となって、学校までの短い距離ではありますが、声を出しながらの「ランニング」をして、学校に戻ってきます。
このときの、小生も含めた下級生部員の姿…八幡様近くの広場の土質が、競馬場の「ダートコース」のような感じなので、全員「真っ黒」です…。
最後に、『テク』の練習のときと同じように、団長の「集合」の掛け声と共に集合し、練習を終えてのリーダー幹部からのご指導を受けて、終わります。
こうして思い出しながら綴ると、みなきついメニューだったけど、懐かしさで一杯ですね。
これでも、一部忘れて思い出せない部分…あります。
1週間6日(まだ土曜日が半日で授業が終わるとはいえ、「休み」ではない時代でしたから…)のうち、5日がこんなですから…それこそ「ターボ付きのスポーツカー」のように、燃料は食うけど良く動く…そんな感じでしたね。
(「アメ車」という表現も、合うのかもしれないです。)
なので…毎晩の睡眠時間では疲労が抜けず、良く授業中に「こっくり」していましたが…。
ようやく小生もルーチンの練習にも加われ、ゴールデンウィーク突入直前に、新入生の入部活動もほぼ収束したところで、『新入部員歓迎コンパ』が行われました。
次回は、この様子をちょっと紹介しましょう。
そして…ゴールデンウィークが終わると、いよいよ、文化祭での「メインイベント」ともなっている、応援指導部主催のステージ演技『臙脂の集い』まで1ヶ月を切ることになります。
このステージ演技で、3年生リーダー幹部が、実質「引退」となるので、この1ヶ月が3学年揃っての「本格的な実践練習」になります。
その練習は、リーダー幹部の「花道」にふさわしいものとするべく、大変厳しい内容で、それこそ「地獄」でした。
その練習の様子…いよいよお伝えするときが近づきました。
リアル感たっぷりにお伝えできるように、頑張ります。
どうぞお楽しみに。
(次回へ続く)