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脳から「衝撃的」な量のマイクロプラスチックを発見、認知症ではさらに高濃度
Yahoo news 2025/2/6(木) ナショナル ジオグラフィック日本版 文=Olivia Ferrari/訳=北村京子
しかも8年間で約50%増加、認知症との因果関係は不明
脳内の血管を示す着色されたCT画像。新たな研究により、マイクロプラスチックは人間の腎臓や肝臓よりも脳に多く蓄積されることがわかった。(PHOTOGRAPH SAMUNELLA, SCIENCE PHOTO LIBRARY)
マイクロプラスチック(直径5ミリメートル以下のプラ粒子)は、世界的にプラスチックの使用量が増えるのに伴い、驚異的な速さで環境に浸透している。現在のプラスチック生産量が年間3億トンを超えるなか、世界の海には、2023年時点で推定250万トンのプラスチックが浮遊している。これは2005年の水準の10倍以上にあたる量だ。
2月3日付けで医学誌「Nature Medicine」に掲載された研究により、マイクロプラスチックとナノプラスチック(さらに小さい直径1~1000ナノメートル)は、人間の肝臓や腎臓よりも高い濃度で脳に蓄積されることが判明した。また、2024年のサンプルは、2016年のサンプルと比べてマイクロおよびナノプラスチックの濃度が大幅に高くなっており、認知症と診断された人の脳内ではさらに高濃度だったという。
脳内のプラスチック粒子と認知症の因果関係が証明されたわけではないものの、こうした研究結果は、プラスチックが健康に影響を及ぼす可能性について懸念を生じさせるものだ。
「体内にプラスチックがあるという状況は、環境中での蓄積と、人々がそれにさらされる状況がそのまま反映されたものだと考えられます」と、論文の著者である米ニューメキシコ大学の薬学教授マシュー・カンペン氏は言う。「人々がさらされるマイクロプラスチックとナノプラスチックの濃度が、どんどん高まっているのです」
プラスチック汚染が急増
マイクロプラスチックやナノプラスチック(両方をあわせて「MNP」と呼ぶ)は、ペットボトル、買い物袋、発泡スチロール容器などのプラスチック製品が環境中で分解されて生じる。肉眼では見えないほど小さいものもある。
科学者らは1970年代から海中に存在するMNPを研究してきた。海洋哺乳類の体内からは、海水から吸収されたり汚染された魚を食べたりして取り込まれたマイクロプラスチックが見つかっている。また、人間が食べるブタ、ウシ、ニワトリなどの動物の組織にも蓄積される。
MNPは空気中にも存在する。特に屋内の空気は、衣類、家具、家庭用品に含まれるプラスチックから落ちる粒子のせいで、屋外の空気よりもMNPの濃度が高くなる傾向にある。
人間に吸い込まれた粒子は体内を移動し、やがてさまざまな臓器にたどり着く。研究ではこれまでに、人間の肺、胎盤、血管、骨髄からMNPが見つかっている。
2024年9月に医学誌「JAMA Network Open」に発表された研究では、MNPが血液脳関門を通過できることを示す証拠が発見された。血液脳関門とは、いわば血流から脳内に入るものを制限するフィルターだ。
かつては、この関門を通過できるのはナノプラスチックの中でも特に小さな粒子だけだと考えられていた。だが、同研究によって、より大きなマイクロプラスチックも脳内に侵入できることがわかった。
なぜ脳により多いのか
今回「Nature Medicine」に発表された研究により、脳内にはMNPが存在することが確かめられた。また、その量は驚くほど多かった。
同研究は、2016年および2024年に亡くなった52人の脳のサンプルを分析している。すべてのサンプルは、判断、意思決定、筋肉の動きを司る脳の領域である前頭葉から取られた。
研究者らはまた、同じ遺体から採取した肝臓と腎臓のサンプルも調べ、顕微鏡イメージングと分子解析によってすべての組織を分析し、その化学組成を特定している。
2024年の脳と肝臓のサンプルは、2016年のサンプルと比べて、MNPの濃度が著しく高かった。脳内のプラスチックの濃度は、2016年から2024年の間に約50%増えており、研究者らは、家庭内、大気中、水中におけるMNP濃度の大幅な増加がその原因ではないかと指摘している。
「彼らの研究で見つかったマイクロプラスチックの量は衝撃的です」と、オランダ、ユトレヒト大学の神経毒性学者エマ・カステール氏は言う。「私の予想をはるかに上回る量でした」。氏は今回の研究に関わっていない。
氏によると、この結果には環境中のマイクロプラスチック濃度の増加が反映されており、プラスチックにさらされる量が増えたことで、臓器内により多くのプラスチック粒子が蓄積された可能性が高いという。
脳のサンプルには、肝臓や腎臓のサンプルと比べて7~30倍の濃度のMNPが含まれていた。脳内で発見された粒子の大半は、梱包材を中心に世界で最も広く使用されているプラスチックのひとつであるポリエチレンだった。
MNPがほかの臓器よりも脳に多く蓄積されるというのは理にかなっていると、カステール氏は言う。鼻から吸い込まれたMNPは、嗅覚情報を処理する脳内の部位である嗅球(きゅうきゅう)に直接到達できるからだ。
サンプルが採取された本人の年齢と、臓器に蓄積したプラスチックの量には関連が見られなかったと、カンペン氏は指摘する。これは、体が何らかの方法でプラスチックを排出していることを示唆している。もし排出されていなければ、年齢が高い人の臓器には、年を追うごとにより多くのプラスチックが蓄積されていくはずだ。
もう一つ注目すべき発見としては、認知症と診断された12人の脳内では、その他の人々の脳と比べてMNP濃度が約3~5倍高かった点が挙げられる。これは、必ずしもMNPが認知症を引き起こしたという意味ではなく、その関連性についてさらなる研究が必要であることが示されただけだと、研究者らは説明している。
カステール氏はこの関連性について、血液脳関門のフィルター機能が低下する認知症患者での傾向と関係しているのではないかと述べている。つまり、脳内のMNP濃度が高いのは、認知症の原因ではなく、結果である可能性も考えられるというわけだ。
健康への影響と予防策は
脳内のMNPが健康にどう影響するのかについてはまだ完全にはわかっておらず、有害かどうかをより詳しく理解するにはさらなる研究が必要だと、科学者らは述べている。
研究ではこれまでに、動脈内のMNPが心血管疾患のリスク要因になり得ること、また、消化管のがん細胞がMNPと接触するとより速く広がる可能性があることが示されている。
「健康への影響についてはまだ十分にわかっていませんが、MNPが脳内に存在していることと、本来はそこに存在すべきでないことは確かです。それだけでも十分に懸念すべきかもしれません」とカステール氏は述べている。
カンペン氏のチームは、今後は脳全体を調べて、プラスチックがより多く蓄積されている特定の部位があるかどうか、またそれが特定の健康状態と関連しているかどうかを調べたいとしている。
プラスチックを完全に避ける方法はない。だが、個人の小さな選択がさらされる機会を減らすことにつながると、カステール氏は言う。たとえば、使い捨てのビニール袋をできるだけ使わない、家の換気を心がける、定期的に掃除機をかけてホコリやプラスチック片を取り除く、プラスチックビーズのスクラブ剤のようなMNPを意図的に添加した化粧品を避ける、などが挙げられる。
研究者らは、環境中のマイクロプラスチックを減らすための解決策を模索している。これまでに、ポリスチレンを食べる昆虫や、環境中のプラスチックを分解する菌類や微生物が見つかっている。また、飲料水からMNPを除去する新しいタイプのフィルターの開発も進められている。
「プラスチックは至るところにあります。大半の人は、プラスチックのない生活を想像することすらできないでしょう。たとえ今すぐプラスチックの生産をやめたとしても、世界にはすでにマイクロプラスチックがあふれています」とカステール氏は言う。
「だからこそ、予防策を講じ、さらされる機会を最小限に抑えて潜在的な健康リスクを防ぐために何ができるかを考えることが重要なのです」