ハブ ア ナイス doi!その2

たまあに振り返ったことや、ちょっと考えたことを綴ってゆきます。

高野街道 学文路に着いた

2021-12-30 20:47:10 | ウォーキング

高野街道も今回の目的地である
学文路に近づいてきました。

学文路とは「禿」的な意味があったり、
梅の香りが満ちていた「香室」などの
意味があったりと、説がいろいろです。

今は、学問の神様みたいな感じで使われています。

コンビニが見つかるまで
歩いてゆきましょう。



ここは「くにぎの郷」と名付けられて、
いろんなイベントもしているようだ。
南側にある「国城山」の里
ということでしょうか。

また「萱野邸」と書いてあるのは、
過去の大庄屋のおうちなんでしょうか。
外に張られた紙なんかを見ると、
歩く会というのを熱心に
されているようですが、
カラオケや絵手紙教室、
家庭用麻雀なんかも開かれているようです。
doironもここの地元の人間だったら、
講師をしていたりしそうです。



その先でコンビニがあったので、
昼食を買いましょう。

こんな地蔵堂のある河川敷の公園に
ベンチとかがありましたので、
座ってランチです。



コンビニ弁当ですが、
もう超豪華定食ですねえ。
河川敷に座っていると、
バッタやクモ、トカゲなどの
小動物が自分のまわりで
徘徊しているのが見えます。

河川敷ってすごい生き物の宝庫ですねえ。

昼食が終わったら、
さああともう一息です。
街道を進んでいきましょう。

みかん畑なんかの間を
どんどん進んでいくと、
横から合流する道に
大きな鳥居が立っています。



これが山手にある
「学文路天満宮」の鳥居です。
遠くの山の方に大きな天満宮が見えています。

まあもうdoironには合格祈願
といってもまだ3歳の孫ですから
今はそんなに心配いりませんねえ。

街道をゆきます。



その先にあったのが、
「高野街道 六地蔵 第二」です。
ここも紀伊続風土記に書かれています。
旅の安全の祈って、
多くの人がお参りしたんでしょうねえ。
立派なお堂が建っており、
これから先、第3~第6の地蔵も楽しみです。

この辺りは国道370号沿いの
道ですが、歩道が大きいので
安心して歩けます。
かなり車の量も増えてきましたね。
民家の数も多くなってきました。

そうもう学文路の村が目の前です。

国道から一本右の道に入ってゆきましょう。



狭い住宅街の道を通り、
たどり着いたのが「かむろ地蔵」です。



少し高台にありますが、
まあお参りしていきましょう。
え~っと、「頭がよくなりますように・・・」
ではなく、
「ボケませんように」っと。

弘法大師が腰かけたという
腰かけ石も残っています。



doironが漕いでいたという
ジムの腰掛自転車なあんてのも
残りませんかね。

この寺の前に道路には、
こんな標識も埋め込まれています。



この辺りは、物狂同志が
学問をひろげていたので、
頭のいい人が多かったといいます。



そんな血を受けてか、
ここで生まれた土木技術者の
大畑才蔵氏が紀の川の
用水路を作ったんだそうです。

いやあ、恐れ多い土地ですねえ。



この後、学文路の村の後を歩き、
学文路の駅へと到着しましたので、
今回の歩きはここまでです。



この学文路に三里石が
あるはずなんですが、
ちょっと見落としてしまいましたね。
次の歩きの時にもう一度探しましょう。

さあて、いよいよここからは、
高野へ登っていく道が始まります。
町石道を歩いた時も最初、
途中、最後に強烈な登りがありましたねえ。



こんかい学文路から歩く道は
どんな感じなんでしょう。
残っているのは3里ですから
約12キロ。

高野参詣道京大坂道を楽しみながら
登ってゆきますかね。

高野にはあと二回くらいで到着かなあ。

学文路駅から高野線に揺られ



橋本駅まで戻り、有名なお店で
パンを購入し、駐車場の
おばあちゃんにあいさつしつつ
帰宅したdoironだったのでした。

 


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