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本文詳細↓
おじさんが拳大ほどの石を光の中へ投げ入れた。石はとぷんっと重たげな音ともに、小さな波紋を浮かべて沈んでいった。
「異界というのは、世界のどこでもない場所です。中に飲み込まれたら最後、五体満足、精神正常なままでいられるかどうか分かりません。なので、特に注意してくださいね」
僕も上着の胸ボケットの中に入っているアダムも、神妙な顔で頷いた。足裏の感触、手元の感覚に集中したいからか、下へ向かう間会話はそれ以上なかった。
だからか、光から響く音がよく聞こえた。
闇夜を照らすたき火の爆ぜる音。
夕日が地平に消えていく静かな揺らぎの音。
燦然と輝く太陽と笑顔がはじけるときの音。
荘厳なる森の中を抜ける安らぐ風の音。
煌めく青海の雄大な波の音。
大いなる悠久の藍空(そら)が奏でる神秘の音。
茜さす地で紡がれる希いと望みの歌物語の音。
まるで世界が管絃楽(オーケストラ)を組んで、この世の美しい音たちを聞かせてくれている夢を見た気分だった。
最下層、つまり塔の最上階の部屋へ到着した。中はひたすら暗く透(とお)く、空気はどことなく冷たかった。床に手をかけ、天井まで飛び下りた。そこまでの距離ではなかったんだけど、丸天井だったせいで僕は足を滑らせて盛大に尻餅をついた。
「もっと華麗に着地せんか! 我を落とす気か!」