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徒然日誌(旧:1日1コラ)

1日1枚画像を作成して投稿するつもりのブログ、改め、一日一つの雑学を報告するつもりのブログ。

寿の月、時計塔と架け橋の街にて 10

2020-03-10 19:55:18 | 小説






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 消えた。
 前触れもなく、音もなく、まるで最初からいなかったかのように、彼女は消えた。
 「……え」
 どれだけ待っても、彼女が時計塔から出てくることはなかった。
 たったの一声すらも、二度と聞こえることはなかった。
 「…………な、に……が……」
 ぽすっ、といつになく優しい音でアダムは僕の頭に手を置いた。促されるままのろのろと首を振ってみれば、もう誰も彼女のことなんか気にせず祭を楽しんでいた。
 「さっき? ああ、なんか言ってたね、興味なかったから無視したけど。君の知り合いだったの?」
 「祭の時期は浮かれて奇行に走る奴がいるからなあ。なんか目立ちたかったんじゃねえの?」
 「あー、さっきの。自由の人間たちよーって何か叫んでたやつ? 意味分かんないよねー」
 たくさん聞いて回った。でも答えはみんな似たり寄ったりだった。
 なんだか疲れて、時計塔の下に行儀悪く座り込んだ。
 「忘れよ、トルル。全ては太陽が見せた白昼夢(ファンタジー)だったのだ」
 アダムはそう言った。
 でも僕は、何故か覚えておかなきゃいけないと思った。
 僕にとってあの子は、「この街で出会ったコスモス色の髪のちょっと変わった女の子」でしかない。


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寿の月、時計塔と架け橋の街にて 9

2020-03-09 19:47:44 | 小説







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 ぐっと声をひそめた。もし誰かに聞かれたら頭がおかしいと思われるぐらいの自覚はあった。
 「…………さあな。我が今語ることは何もない」
 ここまできてまた沈黙主義か。それが少し癇にさわって、問いつめようとしたとき王城からわあっとひときわ大きく歓声が上がった。
 「天に坐す御使いよ、我らが父祖なる英霊たちよ! どうか永久の祝福を与えたまえ! 斯くして此処に栄華の道は築かれん!!」
 永世礼賛の舞台の終わりを告げる祭祀の口上から、万歳三唱へ続く――

 「否ッッ!!」

 ――はずだった。
 「建国の歴史は終わらない! 情けないかつての為政者たちは、保身のために気高い誇りと幾万の友の未来を捨てた!!」
 コスモス色の女の子の声は、朗々と街中に響き渡った。皆が不思議そうな顔で、辺りを見回していた。突然始まった演説に、みんな戸惑っているんだろう。
 僕だけが時計塔を見上げていた。
 僕だけが、そこにいると知っていた。
 「聞け! 自由の民たる人間たちよ! お前たちは嘘をつかれている! この世界は」



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寿の月、時計塔と架け橋の街にて 8

2020-03-08 10:33:10 | 小説







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 「あ、そう……。というか君、本当に王族の人たち嫌いだね。なんで? さっきは聞きそびれたけど」
 「すぐに分かる。時間も頃合いだ」
 彼女は天を仰ぎ見た。黒い針が正円に刻まれた12の時の頂点を指そうとする時計塔があった。騒ぎから離れようとあてもなく走っていたけど、どうやらここは街の中心広場だったらしい。
 「教えてやる。我々が歩んで来た無様で正しい歴史をな。知ればお前も、国王陛下万歳なんて言えないぞ」
 女の子はそう言って時計塔へ歩き出してしまった。時計塔へは特別公開の期間以外は立ち入り禁止だと聞いていたから、どうしてと思って追いかけようとすると、アダムに髪を引っ張られた。
 「我はすぐにここを離れることを忠告するぞ、トルヴェール。どうせろくでもないことしか起きん」
 なにか、痛みや悲しみを堪えるような声だった。
 「あの娘、何と取引をしたか知らんが、人ならざるモノの力を借りて復讐とやらを果たす気らしい。だが無駄だ。そんなものではこの世界の絶対の掟を覆せはせぬ」
 その言い方が奇妙なほど引っかかった。夢の内容は覚えてないのに、起きると感じる違和感に少し似ていた。
 「おぬしは今のままで良い。よく知りもしない他人のことで悲しんだり苦しんだりするのは馬鹿らしかろう。何も知らないことが自分の身を守ることだってある」
 「……アダム。実は旅に出てから何度か思っていたことだけど、まさか……この世界には何かあるのか?」


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寿の月、時計塔と架け橋の街にて 7

2020-03-07 23:13:41 | 小説






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 「うわぁ。よくみたらソースや化粧の紅が顔とか腕についてるし、頭は何だこれ……。アカスズメの羽? こんな格好で走ってたかと思うと、ちょっと……」
 女の子はまだ腹を抱えて笑っていた。これで彼女も同じ惨状だったなら僕の精神に多少の救いがあっただろうけど、悲しいかな、前を走っていた僕が彼女への被害を全て受け止めていたらしい。彼女はさっぱりときれいな姿のままだった。
 「クッ、ハッハ……はー、面白かった。お前たちは案外マヌケな奴なんだな」
 「とっとと忘れよ! こんな姿、末代までの恥だ!」
 「嫌だね。誰が忘れてやるものか。安心しろ、私が正しく後世まで語り継いでやる」
 ニヤニヤと愉しそうな笑いを浮かべる女の子は、復讐などという物騒な言葉とは縁遠そうな普通の、年頃の女の子のように見えた。……言ってる内容はともかく。
 「こんなくだらないこと語り継がなくていいって……」
 「おい、血が出てるぞ」
 タオルで顔を拭っているとそう指摘され、何に引っかけたのか手の甲に血が滲んでいるのに気づいた。
 「そら、血止めだ。我が一族は薬に精通しているからな、よく効くぞ」
 「……ありがとう。意外と優しいんだね」
 「そりゃ、ほぼ初対面の女を頼まれてもいないのに助けて汚れたあげく怪我したなんて、あまりにマヌケすぎて親切心もわく。私にはと違って人情があるぞ」


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寿の月、時計塔と架け橋の街にて 6

2020-03-06 19:36:47 | 小説





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 「退いてくれーっ! 牛が暴れだしたー‼」
 悲鳴の中に、そんな声が混ざっているのが聞こえた。芝居小屋を牽かせてる牛たちに、酔っぱらいがぶつかったとかだろうか。場が一気に騒然とし、僕たちも急いで逃げようと来た道を戻ろうとしたとき、パニックになった人にもまれて転びそうになっているコスモス色の女の子を見つけた。
 「危ないっ」
 思わず彼女の手を掴んだ。そのまま有無を言わさず手をひいて走り出した。女の子も僕のことを覚えていたのか、「お前は!」とか「何をする!」とか文句を言われたような気がするけど、全て無視した。周りの人の悲鳴で聞こえなかったということにして。
 右へ左へと角を折れ、適当にしばらく走った。騒ぎが遠くなり、行き交う人たちの様子が落ち着いたものになってようやく、僕は足を止めた。
 「ああ、驚いた。君は大丈……「ぶはっ!」……え?」
 振り返った瞬間、何故か大笑いされた。
 「お、おま……フッ、なんだ、その格好……ハハハッ!」
 そんな笑われるような格好はしてないはず……と自分の体を見下ろして、アダムと揃って絶句した。
 「なんだこれはあぁぁあ!? 粉砂糖と灰と動物の毛まみれではないか! なぜこんなことに!?」 
 アダムの嘆きが全てを表していた。どうやら僕たちは逃げているとき知らぬ内に、大道芸人の間や屋台の中を駆け抜けていたらしい。


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