先日、渋沢栄一さんの孫である鮫島純子さんのことをこのブログで書いたのですが、その時に鮫島純子さんの新刊がでていたことを知り、早速買って読みました。
その時に鮫島さんの著書とは別にもう1冊、前から気になっていた本も一緒に買いました。
それは昨日のブログで書いた鍼灸院の書棚で見つけた本で、タイトルを見た時からずっと気になっていて、買うか買うまいか迷っていた本でした。
買おうと思って探した時は古本しかなく躊躇していたのですが、鮫島さんの本を買うときに検索すると新品が出ていたのです。
2冊の本は内容的に重複する部分が多々あり、それは自分が常日頃もしかしたらそうなのかも知れないと思っていたことでもあり、その考え方は間違ってないよ、と教えてくれたような気がしたのでした。
また新たに知ることもあり、自分の思っていたことをさらに深く考え、そうか、そういうことなのか、と納得することができました。
こうなれば良いな、嬉しいな、と思っていたことが現実になったり、ちょっと自分には難しいかもしれないと尻込みしていたことに対して、こうしてみたらどうだろうという別のアイデアが浮かんだりするという不思議な嬉しい連鎖が最近よく起こります。
最近会っていないけどあの人は元気にしているかなぁ、と気になった人に偶然ばったり会うような、そんな不思議な感覚です。
この道で良いのかな、と思いながら歩くことの多い毎日ですが、この道で良いんだよ、と背中を押してもらえたような気がしたのでありました。
その時に鮫島さんの著書とは別にもう1冊、前から気になっていた本も一緒に買いました。
それは昨日のブログで書いた鍼灸院の書棚で見つけた本で、タイトルを見た時からずっと気になっていて、買うか買うまいか迷っていた本でした。
買おうと思って探した時は古本しかなく躊躇していたのですが、鮫島さんの本を買うときに検索すると新品が出ていたのです。
2冊の本は内容的に重複する部分が多々あり、それは自分が常日頃もしかしたらそうなのかも知れないと思っていたことでもあり、その考え方は間違ってないよ、と教えてくれたような気がしたのでした。
また新たに知ることもあり、自分の思っていたことをさらに深く考え、そうか、そういうことなのか、と納得することができました。
こうなれば良いな、嬉しいな、と思っていたことが現実になったり、ちょっと自分には難しいかもしれないと尻込みしていたことに対して、こうしてみたらどうだろうという別のアイデアが浮かんだりするという不思議な嬉しい連鎖が最近よく起こります。
最近会っていないけどあの人は元気にしているかなぁ、と気になった人に偶然ばったり会うような、そんな不思議な感覚です。
この道で良いのかな、と思いながら歩くことの多い毎日ですが、この道で良いんだよ、と背中を押してもらえたような気がしたのでありました。