一昨年の夏、徹平は暑さでときどきイボイノシシになった。
ちょっと走り回ると、口を開け舌を出してフガフガいっていた。
口を開け舌を出しフガフガいう徹平は、ものすごく不細工だった。
長年猫を飼っているが、暑いからといって口を開け舌を出しフガフガいうような猫は初めてだったので、まじびびった。
謎が解けたのは、翌年の初夏。
去年わたしはファーミネーターを購入した。
究極の猫毛梳きブラシである。
抜けた冬毛、抜けかけの冬毛を、ざくざく梳きだしてくれる、スーパーな梳きブラシである。
冬毛を撒き散らしていた茂吉の毛を梳き、
冬毛を巻き散らしていた巳夜子の毛を梳き、
見た目あんまり毛が抜けてる感じがしなかった徹平を梳いてみたところ。
うっわーっっっ!!!
見た目はぜんぜん冬毛抜けてない感じだったのに、
滑らかな黒い毛の隙間から、ざくざくざくざく冬毛がわんさか出てくるーっっっ!!!
…ひょっとして、去年のあの、口開けて舌だしてフガフガ、
あれって、冬毛のせいだったのか?
初夏の猫梳きのとき、徹平も一応梳いてみたが、あんまり取れなかったので、冬はまだ子猫だったから冬毛もそんなにないのかと思ったが、
その頃はまだ普通の梳きブラシ使ってて、
その梳きブラシでは、夏毛の間にみっちり詰まった冬毛が梳きとれなかっただけ?
で、冬毛を夏毛の下にがっちり抱え込んだまま、夏を迎えたせい?
どうもそうだったらしく、
去年の夏、徹平は一度も、口を開けて舌を出してフガフガいわなかったのだ。
そして今年。
先日、猫を梳きました。
今年はまず徹平から梳きました。
今年も徹平、見た目は抜け毛とかぜんぜんない感じだったのに、
梳いてみたら、ざくざく取れました。
それから、茂吉を梳いて。
さらに。
この膨大な量のほとんど白い毛はもちろん。
この人。
麦子はあいかわらず、高野街道を挟んだ向こう側を縄張りにしている。
ので、夕方飯どきになると、道の向こう側向けて、「麦子ーっ! 麦ーっ! ご飯ーっ!」と呼ぶことになる。
呼べばたいてい、麦子はすぐに現われ、ばびゅんと道をこっち側に渡ってくる。
先日のこと。
その日もすぐに現われて、ばびゅんと道を渡ってうちの庭に駆け込んだ麦子、
そのあとに続いてうちに戻ろうとしたら。
「おねーちゃん、ごめん、ちょっと教えてー」
マンマ動物病院から、マンマのセンセがパタパタと走り出てきた。
はい、なんでしょう?
「麦ちゃんやねんけど、麦ちゃんみたいな柄って、なんていうんやったっけ?」
雉虎、ですけど…。
「ありがとうーっ」
センセはパタパタと病院へ駆け戻って行った。
あとで事情を尋ねてみたら。
マンマ動物病院には三匹の猫がいる。
ミーコさん、チビ、モモちゃんの三匹だ。
そのうちのチビ、
この子、この子の柄の正式名称について、蓄主さんに尋ねられたセンセ、
「なんやったっけ?」と思ったところに、
外から「麦ーっ、麦子ーっ、ご飯ーっ!!」の夕方の風物詩が聞こえてきて、
そーいや麦ちゃんてチビとおんなじ柄だったわと。
参考対象にされた麦子。
ちなみに縞柄の猫は三種類。
ので、夕方飯どきになると、道の向こう側向けて、「麦子ーっ! 麦ーっ! ご飯ーっ!」と呼ぶことになる。
呼べばたいてい、麦子はすぐに現われ、ばびゅんと道をこっち側に渡ってくる。
先日のこと。
その日もすぐに現われて、ばびゅんと道を渡ってうちの庭に駆け込んだ麦子、
そのあとに続いてうちに戻ろうとしたら。
「おねーちゃん、ごめん、ちょっと教えてー」
マンマ動物病院から、マンマのセンセがパタパタと走り出てきた。
はい、なんでしょう?
「麦ちゃんやねんけど、麦ちゃんみたいな柄って、なんていうんやったっけ?」
雉虎、ですけど…。
「ありがとうーっ」
センセはパタパタと病院へ駆け戻って行った。
あとで事情を尋ねてみたら。
マンマ動物病院には三匹の猫がいる。
ミーコさん、チビ、モモちゃんの三匹だ。
そのうちのチビ、
この子、この子の柄の正式名称について、蓄主さんに尋ねられたセンセ、
「なんやったっけ?」と思ったところに、
外から「麦ーっ、麦子ーっ、ご飯ーっ!!」の夕方の風物詩が聞こえてきて、
そーいや麦ちゃんてチビとおんなじ柄だったわと。
参考対象にされた麦子。
ちなみに縞柄の猫は三種類。
「落ちない汚れは汚れではなかった。
新たに発売された薬剤などによって落ちるようになって初めて、汚れは汚れとなる。
すなわち、汚れの創造、である」
中島らもがどこかにこーゆーことを書いていた。
中島らもは全部図書館とか友達とかに借りて読んだので、
うちには1冊もなくて、どこに書いてあったのかは不明なのだが。
N塚パパ上制作のあの庭猫豪邸だが。
これを見て、前述の中島らもの文章を思い出し、「屋上の創造」という言葉がふと脳裏に。
新たに発売された薬剤などによって落ちるようになって初めて、汚れは汚れとなる。
すなわち、汚れの創造、である」
中島らもがどこかにこーゆーことを書いていた。
中島らもは全部図書館とか友達とかに借りて読んだので、
うちには1冊もなくて、どこに書いてあったのかは不明なのだが。
N塚パパ上制作のあの庭猫豪邸だが。
これを見て、前述の中島らもの文章を思い出し、「屋上の創造」という言葉がふと脳裏に。