私が、2004年4月の佐藤学長の復帰講演会での佐藤学長との出会いが、なぜ号泣するほど感動したのか、そのバックグランドにある私の過去について書いています。
私は、佐藤学長と出会う前に、心の病になり、何度も繰り返しました。
その時に、初めて真理との出会いがあり、心の病に対して、真理からのアプローチで対峙してきました。
私が、心の病に、どのように対峙して、回復への道をたどったのか、
その後の佐藤康行学長との初めての出会いに、なぜ感動したのか、魂動したのか、少しでもご参考になれば嬉しいです。
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前回から続きます。
ヨガの先生の指導通りに、自宅で過ごした結果、弟は、どんどん心も体も元気になっていきました。
街に1人で出かけるようになり、大学の公開講座に出たり、色々な事に積極的になってきました。
社会復帰できるかもしれない。そんな希望の光が見えたかなと、周りが思い始めた頃、新しい壁が弟の前に立ちはだかりました。
それは、弟と父母との関係性だったのです。
最も弟を愛してやまない父母が、弟が回復していく壁となってしまったのです。
弟が心と体の元気を取り戻し、弟が自分らしく生きようとすればするほど、父母の価値観がかぶさってしまい、弟が身動きできなくなる。
そんな状況になってきました。
特に顕著に現れていたのが、弟と父親との関係性でした。
詳しくは、思い出せないのですが、まず弟がぶつかったのが、食事の問題でした。
父親は、もともと新聞記者で、学者や大学教授など、巷の権威のある人の情報を盲信していました。
一般の栄養学を信じていました。
朝ごはんは必ず食べなさい。1日3食必ず食べなさい。牛乳を飲みなさい。
うつ病は、脳の病気だから、甘い物を食べなさい。等々。
ヨガの先生が、その時弟に指示した食事とは真逆の食事をしろと強制してしまう。
何が良くて、何が悪いと、私は論ずるつもりはありませんが、
父親が信奉する一般の栄養学は、例えばいわゆる玄米菜食を中心とするマクロビオティックとは、真逆です。
何が正しいのか、例えば西洋医学と東洋医学も真逆です。
そして、その人によって、今どんな食事が最適かは、その時の状況によっても違ってくるのですが、
父は、頭で学んだ知識を根拠なく、弟のために良かれと思って押し付けてくるので、弟が混乱してきてしまいした。
さらに、弟が毎朝、水シャワーを浴びる事を続けていました。これは、生理的な面、心理的な面、生活リズム等、弟の状況を見たヨガの先生が指示した事でした。
弟は、毎朝言われた通りに、毎朝水シャワーを浴びていました。
体が冷え性気味だった弟は、少しずつ体が陽性になり、内から体が暖かくなり、元気になってきました。
しかし、ここでもまた父親が立ちはだかりました。
毎朝、水シャワーを浴びるときに、その水の冷たさから、弟が『アーッ』と大きな声を出してしまうのですが、
その声がうるさい、気持ち悪いからやめろと言い出したのです。
弟の命が少しずつ確実に元気になっていく道すじに、父親が立ちはだかってしまったのです。
父親の愛から出てくる価値観が、弟の壁になってしまったのです。
弟は、少しずつ八方塞がりになっていきました。
私に毎日夜電話がかかってきて、どうしていいかわからない、前に進めない苦しみと、父親を乗り越えられない歯がゆかさを毎日吐露していました。
そんな弟に、弟の社会復帰の芽を摘んでしまう、さらに追い討ちをかける出来事が起こります。
そこから始まる色々な出来事、
そして、その先の、私の佐藤学長との出会いに繋がっていくのです。
次回に続きます。
ありがとうございました。