マンション管理のお勉強日記+スピリチュアルなブログ:飯田史彦教授 江原啓之氏 坂本政道氏等の精神世界の書籍を読んで

先立った最愛の彼女といつか必ず逢いたい…彼女が枕元に置いて逝った江原啓之氏の書籍…Spiritualな世界の存在を信じて

飯田史彦教授 -「死後の世界」の光景-

2006年12月09日 23時35分49秒 | ★書籍で探訪|福島大学  飯田史彦教授
福島大学 飯田史彦教授は、

「私たちは、死の瞬間に身体から抜け出したのち、下に横たわる自分の身体を
『見』てから、『まるでトンネルのようだ』と感じる『次元の世界』を急速で
通りぬけます。その際に見る光景は、光のドームに入ったり、すばらしい色彩を
見たり、美しい音楽を聴いたり、たいまつを持った人物が迎えてくれるなど、
さまざまです。」


「信じている宗教の教祖が両手を広げて出迎えてくれたり、宮殿や庭園のような
ビジョン(幻像)を見る者もいます。」とおっしゃっています。




しかし、飯田史彦教授は、これらはもちろん現実の場所や物質ではなく、「本人
にとっての『死後の世界』のイメージがシンボル化された『幻像』にすぎません。」
と言われています。


そして、エリザベス・キューブラ・ロス博士の「この時のこと」を、飯田教授は
「新版 生きがい創造」PHPで紹介しています。


ロス博士は、
「愛してきた人に迎えられ、指導役の存在たちに迎えられると、よくトンネルと
表現されているものの中を通ります。ある者には川であったり、ある者には門で
あったり、各自にとって、最もふさわしいものとしてあらわれます。」

「私の個人的な体験でいえば、野生の花でいっぱいの山道でした。というのも、
私にとっての天国のイメージが、幼いころのスイスでの楽しい思い出をもとに
したものだったからです。このように、死んだあとに見る世界のイメージは、
各自が属していた文化によって決まります。」とおっしゃっているそうです。


ようは、飯田史彦教授は、
「自分にとって『自分は死んで、人生と人生とのあいだにある中間生(死後の世界)
へと戻ってきたのだ』と自覚するために最適なビジョンが、ここで自然に目の前に
浮んでくることになるのです。」

「なぜなら、物質というもののない中間生では、すべてが思いどおりのビジョン
として現れてくるためです。」とおっしゃっています。

そして、

飯田史彦教授は、
肉体から離れた直後の場面では、「まだ本人が『死後の世界のしくみ』を思い出し
ていないことも多いため、指導役の意識体たちが、故人が死を自覚して安らぐため
に必要なビジョンを、意図的に見せてくれている」とも考えられるとおっしゃって
います。


・終えたばかりの人生で属していた文化
・信じていた宗教
        ↓
        ↓
その人が死を自覚して安らぐために最適ビジョンが異なる


飯田史彦教授は、これらをまとめて、
「その時に見る(指導役の意識体たちから見せてもらえる)『死後の世界の光景』
も、さまざまなのです。」と言っています。


・・・

もし、あの世が存在するのなら、

確かに、あの世は意識のみの世界ですし、非物質で想念の世界ですから、
あの世へ逝くまでの道程の光景(あの世の見え方)も様々だと思います。


時間的に余裕がありましたら、飯田教授の「生きがい論シリーズ」の一読を
お薦めします。我々の意識と精神世界との繋がりがよく分かってきますよ。


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