マンション管理のお勉強日記+スピリチュアルなブログ:飯田史彦教授 江原啓之氏 坂本政道氏等の精神世界の書籍を読んで

先立った最愛の彼女といつか必ず逢いたい…彼女が枕元に置いて逝った江原啓之氏の書籍…Spiritualな世界の存在を信じて

真言宗 長江寺 住職 荻原玄明氏の語りと私の今の思い

2008年01月14日 00時32分02秒 | ★書籍で探訪|長江寺住職 荻原玄明氏
真言宗 長江寺の住職 荻原玄明氏は、「死者は生きている」ハート出版で
色々と「なるほどなぁ」ということを語っています。

荻原玄明氏は、まずあの世から故人が語りかけてくる際の本人の名前について
次のようにおっしゃっています。

「私の霊視の中に現れる死者たちは、誰一人として戒名は名乗りません。すべて
俗名を名乗って来ます。」

「居士・大姉・信女という立派な戒名を、あちらの世界では使っていないのです。」
(真言宗や天台宗、臨済宗、曹洞宗は居士等ですが、浄土宗や浄土真宗は門や尼、
釈と宗派によって違います。荻原氏は真言宗なので例えが居士・大姉・信女と
いうことですね)

「このことは、霊視という御佛(かみ)からいただいた力の中での私の体験です
ので、はっきりと断言できる事柄です。」
と、このように本書で語っています。

なるほど。。。
やはり、故人が自分自身を「誰か」というのを表すのは、
生前に使っていた慣れ親しんだ名前(俗名)なんですね。

では、死後、死者はどこにいると、荻原玄明氏はおっしゃっているのでしょう。

荻原玄明氏は、
「死者を偲ぶのにも、墓参は最適です。」
とは言っていますが、

しかし、
「墓参に来なければ死者とは会えないと思っての暮らし方では、
その日常に死者は不在となってしまいます。」

「墓の前で、思わず心から『○○さん、来ましたよ』と声を掛けるのは、客観的
な視点からも美しい光景ですが、墓参を終えて墓前を去る前に、『さようなら、
また来るからね』と言うのには、ほんの少し違和感を感じます。」とおっしゃられ、


「死者の魂は、遺骨のある場所にじっと座っているわけではありません。」

「もっと自由自在に空から地上空間へと、時間にさえ拘束されずに動けるもの
と解釈した方が適切です。」

「私達人間の身辺に、いつでも死者の魂は居ます。想えばいつでも通い合うこと
ができます。いつもあなたを見ています。」と、やはり飯田史彦教授や江原啓之氏
がおっしゃっていることと同じ状況であることを語っています。


荻原玄明氏は、「霊視」についてこのように語っています。

霊視をしてほしいという人の中で、
霊視という不思議なもので、今何か障っていないか、それが判明したら、払うなり
除くなりして、今の苦しみを救って欲しいという人は、

「霊視は占いとは違う死者からの切々たる想いの映像なのですが、占いと同様に、
『当てる』ものという解釈をしています。」

「そして、その解釈以上の霊視の的確さに『当っている』とびっくり仰天してし
まいます。」

「この『びっくり』で、充分満足してそれで終わりという人がいるので、死者を
かえって苦しめています。」
とおっしゃっています。

そうですね・・・まさに的確で故人と自分しか知らないことをズバリ
言われたら、その衝撃だけで満足してしまいそうです。

荻原玄明氏は、
「霊視は、ただ驚いていただくために、私に視せて来るものではないのです。」
と、そう言っています。

・・・

言われることは良く分かります。頭の中ではよく分かっているのですが。。。

振り返ってみれば、
視てもらった先(3件)共に共通していたこと。
それは、「私自身の幸せを願っていること」「それは結婚についてであること」
「私がこの世で自分自身が幸せになるように歩んで欲しい」

という、「愛してくれてたのは分かったし、私も愛していたという亡き彼女」が
「私がこの世で明さを取り戻し、そして幸せになってほしい。それは、いい人を
見つけて、そうしてほしい」というような言葉です。

分かってるんです。
亡き彼女が何を思っているかも。
あの世とこの世では、この世の結婚は出来ないからそういうのだろうし、
あの世に逝って視野が広く、また心(意識)も広くなったのでしょう。

また、過剰な心配事は、亡き彼女にとっても旅立つところへ行けないという
こともあることでしょう。

・・・

しかし、今の私は、
「亡き彼女があの世で存在する証拠を見たい(知りたい)」
「証拠とは、二人しか知らないことを、この自分の耳で聞くこと」
それが、前へ進める第一歩なんです。

結婚は、幸せなことだと思います。
しかし、たとえ仮にどこかに結婚相手がいたとしても、今のように私の心の中で
悶々とした思いがあるのに、結婚しても、果たしてそれが幸せに繋がるのでしょ
うか。

仕事や会社と同じで、やってみないと、また入社してみないと分からない未知数
のもので、結婚=幸せとは限らないと思います。(今の状態では)

結婚するということは、前進であり、幸せなことだとは思います。
しかし、私は結婚は「幸せになる『一つの選択肢』」であると思っています。

幸せにも色々あると思います。
財産がいっぱいあるのが幸せな人
モノをたくさん、そして最新のものを常に持っているのが幸せな人
など。

今の私は、
彼女の存在がハッキリと分かることが、明るい前進への第一歩であり、
やっぱり居てくれて、意識もちゃんとあるんだと思えることが私にとっての幸せ
であり、そしてホッとする安心感が得られるものなんです。

その後、それじゃぁ独身で独身貴族もまた人生・試練・この世での経験と思えて
そういう一生を送るのか、結婚相手を探すのか、結婚して幸せになるか不幸に
なるか、「その後」のことは自分でも今はまだ分かりません。


スピリチュアルな観点では「経験に無駄なものは一つもない」
わけですからね。独り身の人生も、また人生。
成るようになるときには自然と成るようになっているのではないでしょうか。

でも、私の幸せを願ってくれる亡き彼女は、ホント可愛らしい彼女だなぁと
思います。感謝感謝です。

ただ、欲を言わせてもらうと、
「わかな、あんたが僕といっしょにいて幸せになるんだったんだよ!」
と、またあの世へ逝きたくていったわけじゃない彼女を困らせてしまう言葉が
出てきてしまいます。

この言葉とは、もう少し亡き彼女にも付き合ってもらわないと・・・ね。
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14 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (yoko)
2008-01-15 14:31:06
それでいいのですよ。
わかなちゃんは全部分かってくれています。だってそれがお二人の形じゃないですか。同じ時間を過ごして、二人にしか分からない絆や愛情を育んだ片割れです。全部分かってくれているはずですし、気持ちはきっと同じなのです。困っている彼女の顔なんて浮かんできません。akiさんもおっしゃっている通り、「ちゃんと逝った方が良いのは頭で分かっているけど、まだ心が・・」と苦笑いしてらっしゃる感じだと思います。だからそういう時期なんですよね今は。どうあるべきかがしっかり分かってらっしゃるakiさんなら、いくら彼女を想ってもいいと思います。気をつけなければいけないのは、死別を悲しいだけのものにしてしまって、それを理由にいつまでも立ち上がろうとしない人です。akiさんはちゃんと頑張っていらっしゃいますよ。依存もしていません。
返信する
Unknown (管理人)
2008-01-16 22:11:29
yokoさんありがとう。元気が出ました。

「二人しか分からない絆」
「愛情を育んだ片割れ」

なんですもんね。

私の言いたい放題に、亡き彼女にも多少は我慢してもらって、おつき合い願おうと思います。

依存じゃないですよね。私も本当はそう思いたいです。どうしても「あのねェ、わかな・・・」と言ってしまうことが多くて、依存じゃないかな,彼女も困るだろうなぁと時々自分を振り返ってみてはそう思っていました。ですが、やっぱり亡き彼女が「大好き」だから、見えなくなっても「居るんだよね」と思うと甘えてしまいます。前を向いて歩こうとしていたら、許してくれます・・・よね。

頑張るしかないなぁ。やりますか☆
返信する
そこは… (みー)
2009-08-27 11:03:38
はっきり言ってインチキでしたよ?いわゆるコールドリーディング(推測による会話の催眠術)でした。株をやってる人がいたとか言われましたがいませんでしたよ?病も治らなかったし。因みにそのあと本物会いましたが本物は一発です。あとは自分でできる対処法を教わります。料金だってそんなにネチネチかかりません。通う必要もありません。精神病は確かに霊的なものもありますが医学による治療も必要で何でも霊的にみると余計に酷くなります。さらに中途半端な偽物に捕まると余計に酷くなります。因みに偽物でも催眠術として霊的でない精神病を治したりするみたいですね。
返信する
Unknown (管理人)
2009-08-29 03:43:48
コメントありがとうございます。

インチキでしたか・・・
目に見えない世界のことなので、慎重に相対していかないといけませんよね。私も何件かみてもらったりしましたが、まだ「ズバリ!その通り!」という方には、お会いできていません。
(1件かなり近い話を聞けた方はいました)

いわゆる「霊能者」のような方からの言葉は、抽象的なというか、考えようによっては誰にでも当てはまるような回答ばかりで。

疑っているわけでなく、
「名前またはよく呼んでいたニックネームは?」「出身や親兄弟の名前は?」「何で(事故なのか病気なのか)で亡くなったのか」「私と彼女しか知らない何か」「○○が好きだった」「○○へ一緒に行ったね」など、

「はっきりと『あぁ、彼女は見えなくても存在しているんだ』」ということを感じたいのですが、それが感じられていません。

多分、私はそれさえ感じられれば、この世はこの世で何とか生き抜いて行こうという気持ちになれることと思います。

とにかく、亡き彼女さえ目に見えなくても存在していてくれることが分かったら、もうそれだけで十分。

その歩き出すための第一歩が、まだ出来ずにいます。

・・・
みーさんのコメントを読んでいまして、「偽物でも催眠術で霊的でない精神病を治す」というのは、私も有り得ると思いました。
「病は気から」とも言いますしね。

よく、霊能者の方のHPなどで「はじめに」のところを読んでいましたら、「私を試す目的であるならやめてください」「疑われるのなら結構です」のような主旨のコメントを書いているのを見かけますが、あなた(霊能者の方)を試す試さないというレベルの話ではないんですよね、それが最初からそうくると、むしろ霊能者の方のほうが心を閉ざしている感が感じられてしまいます。

絶対に、まず名前を当てて見てください
なんて要求しているわけではないのに・・・

何でもいいから故人のことで、例えば「夏に金閣寺へ行きませんでしたか?」「故人はあのときのことを覚えていますよ」とか言ってくれれば、「確かに夏に金閣寺へ一緒に行ったわ・・・」「あのとき、来てよかったって行ってたなぁ」と故人の存在を実感でき、「確かに故人は今も生きている。それならこっちはこっちで頑張ろう!」という気持ちになれるので、そう感じたいだけなんですけどね。

私も本物に出会いたいです。
本物の霊能者の方と出会ったなら、ホント一発で目が覚めこの世を精一杯生きるという方向に進めることと思います。

コメントありがとうございました。
返信する
はっきり言います。 (みー)
2009-08-29 20:59:31
霊能力や超能力は本当は生きていく上で不要です。
私が出会った本物の方ですらも透視や未来予知は出来ないししない感じです。
とにかく暦表でパッパと読んでチャッチャと祓ってくれました。
この世には下手に霊能力を使って神様だの故人だのの言葉を語る人や本人以上に人を知る人なんかいないほうが良いと思います。
何故なら霊能力者が独裁者に変わることは許されないし、人が自分の力で生きる事こそが本来のスピリチュアリズムだからだと私は考えます。
私が出会った本物と呼べる方は最近本当に茶化す人が多くてウンザリだと仰っていました。
どうか、霊能力に頼らないで恋人が生きていたら自分がどんな風になっていることを望んでいるか?
それを想像してみてください。
きっとそれは本物の恋人の意思と大差無いと思います。

ごめんなさい、生意気で…
返信する
Unknown (管理人)
2009-09-18 12:49:30
みーさん、返信が遅くなりまして申し訳ございませんでしたm(_ _)m

生意気なんて、とんでもないです。
素敵なアドバイスありがとうございます。

「霊能力に頼らないで恋人が生きていたら自分がどんな風になっていることを望んでいるか?」
まさに、そうだと思います。そういう気持ちや思考で考えますと霊能力や霊能者に頼らなくても、どう生き抜いたらよいか、亡き彼女はこの世にいる私に何を望んでいるのか、分かるような気がします。

・・・
なんとなくですが、想像はつきます。。。

前を向いて、そして新しい出会いを大切にしながら歩んで行きなよと想っているでしょうね。

ただ、どうしても「亡き彼女の存在」を確認したいです。色々な書籍を読み、いわゆる視えるという方に会ったり、ネットでも依頼したりしましたが・・・疑心暗鬼というか懐疑心が私の心のどこかにあって。。。

「なるほど!彼女はちゃんと生きているわッ!」というものを感じ取りたいんですよね。。。

もうこの世に居ない彼女に、いつまでも頼って負担をかけてはいけないと思ってはいるのですが、私の心の中では「彼女が目には視えなくても存在している」ということが分かる、ただそれだけ分かれば、今のモヤモヤする気持ちも吹っ切れて前に進んでいけるように思えてならないんです。。。

・・・

飯田史彦先生は大学の教授を辞めて、岐阜県に研究所を作ったということを、つい先日知りました。
転職して、以前よりかは時間が出来たのですが、このご時勢ですのでどこの会社も大変な状況でなかなか行動出来ずにいますが、一度飯田史彦先生に会いに行こうと思っています。

・・・

何をどう言われても核心が持てないかも知れませんけど・・・ただ、やはりズバリ!ということを言って頂ける方に出会えれば、自分自身大きく変われると思うんですけどねェ。

・・・

今の生活振りを振り返ってみてみましても、崖っぷちのところで救われたり、成せばなるというよりも念じれば成ったということも多々あり、随分と守られている身だなぁと感じていまして、見えない存在の何か(神様や仏様、ご先祖、そして亡き彼女等)に感謝しています。

ただ、それらの良い出来事を一つ一つかみ締めて大切にしているかと言えば、人生もうどうでもいいや・・・と思ってしまっている面もあり、粗末にしているのも分かっていて、心の中が晴れ渡らない自分自身が嫌で嫌でたまりません。

そのような混沌とした心境から早く抜け出したいです。

コメントありがとうございました。またお気軽にお立ち寄りください☆

返信する
Unknown (もも)
2009-10-17 03:13:09
とうりすがりの感のいいものですが、彼女は死んで、そういう状態の自分にびっくりしてるんだと思う。
 そういう状態で、見える方々にいろいろ聞かれても、びっくり状態なので、あなたに対する言葉も浮かばないのかもしれません。
 
 まずは、心安らかに、あなたが思い描く仏の国にいけるように願い、落ち着いたら、あなたの望むような形でお話が聞けるかもしれません。

 知り合いのひとり娘のお嬢さんが28歳でトイレで脳梗塞かで亡くなりました。
 で、その方は、芸能人のマネージャーもしていたので、知り合いの霊能者をまわってあるきましたが、親切な方はわからないというそうです。
 あなたと同じように、他の霊視にぴんとこなかったのですが、私は仕事でたまたま知り合ったのですが、お嬢さんは、病院のベットのようなところで、すやすや寝ている感じがのです。
 それを伝えると、そうかもしれないといってました。
 で、区切りがついたようです。 
 
 彼女の立場なら、しらない方々のところに呼び出されて、死んだことに納得できないというか、びっくり状態なのにプライベートなお話できないような感じがします。
 彼女の性格を知っているのなら、わかるかも。
 彼女も、混沌とした心境、まんまだと感じます。

 出すぎた事を書いて申し訳ないです。でわでわ。
返信する
Unknown (管理人)
2009-10-18 18:30:13
ももさん、コメントありがとうございますm(_ _)m

出すぎたなんてとんでもないです。大変ためになるコメントを書いて頂きまして本当にありがとうございます。

そうですよね・・・
亡くなった本人が一番驚いていると、私もそう思います。それに突然のことだったので、本人ももうろうとしているというか、ももさんのいう通り「びっくり状態」だと思います。

あの世で覚醒して、今は多少は落ち着いているかもしれませんが、知らない人のところに呼び寄せられても・・・と、相手(亡き彼女)のことを考えると可哀想なことだなぁと思いました。

自分(私自身)のことしか考えていなかったように思います。。。「あの世という世界に、先立った彼女はいるんだ。その存在を確かめたい」という思いも、私自身の今を生きる不安や会いたいという一方的な望みからのもので、亡き彼女のことを考えての思いではないなぁと思いました。

たぶん彼女の性格から言って、あの世という世界があり、そこで存在しているなら、本人は家族や若くして亡くなったことに戸惑いながらも、私には「くよくよせずに、今を生きなよ!」と言っていることだと思います。

前を向いて歩いていかないといけませんよね。
彼女が亡くなってから、もう3年の月日が経ちましたが、私はなんとなく生きているといった感じで日々を過ごしています。

霊的なもの=霊視等で彼女の存在を確信したい、そうでないと歩めないという思いがまだまだありますが、その反面、もっと違うもので生きて行く礎を見出して行きたいとも思う自分もあります。

・・・何とか頑張っていきますね。

コメントありがとうございました。またお気軽にお立ち寄りください☆
返信する
そうですか… (みー)
2009-11-01 06:27:13
ただ、もう一つ心配があります。
あまり霊能者巡りをすると
悪いモノを貰ってしまう可能性があるので
オススメできません。


99%が偽物です。

私も散々ひどい目に逢いました。

因みに巡り逢った本物の方は本当に私のように霊障害に死ぬほど困っている人しか
受け入れません。

最近のスピリチュアルブームにも茶化す人が増えてウンザリしていると仰ってました。


どうかスピリチュアルの本質を良く見定めて下さい。



返信する
Unknown (管理人)
2009-11-04 00:26:37
みーさん、コメントありがとうございます。

確かに・・・そういうところ(霊能者と言われる人のところ)には、色々な悩みを抱えて来る人ばかりですから、その人に憑いている霊なんかも付いてきているでしょうから、あまり良い空間ではないように思います。

みーさんは、霊障害に悩まされるほど霊感が強いのですか。私の友人(女性)に昼間でも普通に霊が視えたり、夜に襲われたりしたという人がいますが、確かにご本人にとってはもう勘弁してよといった感じでウンザリしてました。

私は、「間違いなく今のは幽霊だった」という
見た経験はないです。

ただ、男友人の中でも、霊の存在なんて本人ですら考えなかった友達が「はじめて見た」「20歳過ぎてるのに見た」と具体的な話を聞かされたときには、霊っているのだなと思いましたけどね。

私が大学生で20歳か21歳くらいのときですけど。

その友人は、
新築のワンルームマンションに住んでいて、ある夜(大学の夏期集中講座に出ていたので実家に帰らず下宿先にいた)蒸し暑くてふと目が覚めた⇒足元のテレビをみると何も写っていない番組の終わった状態のような白い画面だった⇒TVをつけたまま寝てしまったと思った⇒でも、その画面を見ると女の人が映っていた。白い着物を着ていた。よく見るとTV画面からはみ出していた⇒今起こっていることが分からず、じっと見ていたら、TV画面の前からすーっと横に移動して壁の中に消えていった⇒そこで初めてハッとして布団に潜り込んだ⇒夏で暑くて汗だくになったけど、怖くて朝まで布団を被っていたそうです。
(その友人は、そんな経験をしてもまだ死んだら無になると言っていますけど・・・)

そのほか、ご近所さんから自分の義理の兄は、頭に大怪我をしてから霊が見える(葬儀とかで挨拶して回っている霊が見えていた,火葬場でたばこを吸いに出たらその親戚の霊がパッと出てきてあなたには私が見えるのでこのように伝えて欲しいと言われたなど)や父親が仏壇の前に居たら亡くなった母親が出てきて、30分か40分くらい話をした(生きたいと思ったけどどうしても駄目だったとか冷蔵庫の中は片付けなさいよと言われたなど)、意外と霊の話を切り出してしましたら、「霊を見た」という話をする人が身近にいて驚きました。

要は、私はそういう話を聞いて、「彼女は死んでも生きているんだ」「そうに違いない」と思い込む乃至はそう信じようとしているといった状態で今まで歩んできたのですが、ただ「自分自身が経験したことがない」ということがあって、気持ちが前へ進んだ(死後には死後の世界があるんだと信じられる)と思ったら、死んだら何にも無いんじゃないだろうか・・・とも思ったりしまして、スキッとしない心の状態が続いているといった感じです。。。

みーさんは、やはり「視える人」なんですよね。そういう体質でない私ですので、みーさんのご苦労は実感ごめんなさい。

私は、霊媒体質ではない分、霊というものをはっきりと見てみたい、それであの世とか見えない世界の存在をはっきりと認識したいのだと思います。怖いもの知らずのようなものでしょうけど。。。

正直、スピリチュアルな書籍と出会ったときは、本当にハッとしました。心の中で何かが確立されたような、目が覚めたような感じがしました。しかし、今、実体験を伴わない聞かされた話や言葉だけでは、何か吹っ切れないものが心の中にあるようで、それは何だろうかと、自分自身が探っているような感じがしています。

その解決方法が、たぶん今の自分が求めているような「霊視等で彼女の存在を確信したい」というところに来ている,行き着いているように思います。

心の中で、
何かが引っかかるというか、もんもんとしているんですよね・・・

長文になってすみません。
コメントありがとうございました。またお気軽にお立ち寄りください。
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