最近、「スピリチュアルリズム」「精神世界」のことをブログに書く手が止まって
しまっています。
今までは、
「死ぬ瞬間って、一体どうなのか。」
「死後、亡き彼女はどこへ逝ってしまうのだろうか。」
「死んだら、もう本当にお終いとなってしまうのか。」
「何とか逢えないものか。」
というような素朴な疑問から、精神世界に関する書籍を読んできました。
その中で、死後行くべきところの世界は、
「どのようなところなのか。」
「読んでいて、そのような見えない世界があると、自分自身で感じられたか。」
「信じられる、実感できるだけの話が書いてあったか。」
そして、「それらの書籍を読んで自分は納得できたか。」を自問自答しながら、今
日にまで至りました。
・・・
飯田史彦教授のような「読んでいる者も実感(疑似体験)できる書籍」を筆頭に、
江原啓之氏や坂本政道氏、鈴木秀子氏、荻原玄明氏、A・ファーニス氏の書籍から
「自分自身も読んでいて感じとれる、あの世の世界の仕組みや様子」というものを
教えていただきました。
「あの世を見てきた方々、霊と会話できる方々の具体的な話(言葉)」というの
は、いくら聞いても飽き足りません。
今でもそうです。自分自身も実感できる書籍は、まさに「この世に遺された者へ心
の癒し」を与えてくれるものです。
カール・ベッカー教授やエリザベス・キューブラ・ロス博士、ブライアン・L・ワ
イス博士、イアン・スティーヴンソン博士、そして飯田史彦教授の書籍よりレイモ
ンド・ムーディ博士や色々な大学の教員の研究結果から、「脳で分かる」「頭の中
で理解できる」そして、物質しか見えない私にでも理論だてて説明してくれるこれ
ら研究者の報告は、私に「納得する心」を与えてくれました。
船井幸雄氏や高橋佳子氏などの書籍では、そもそも我々の魂の存在とはいかなる意
味があってのことなのかを知ることができました。
・・・
そして、今行き詰っていることとは。。。
もっと色々な角度から精神世界を知ろうとしますと、どんどんとその精神世界の歴
史といいますか、心理学の変遷といいますか、そちらに方向が向いてしまい、
「身体を離れる瞬間って、こんな感じなんだ!」とか
「こんなように心域によって分かれている世界なんだ!」
という、本来私が知りたかったこと、これまで感動してきたことからどんどんと離
れていってしまい、「ふ~ん。。。」という気持ちしか湧いてこず、記事に書きた
いと思わなくなってしまっていることです。
興味はあるんです。でも、感動がない。。。と言いますか。。。
ですから、森田健氏や福来心理研究所の設立者の福来友吉氏、そして、スタニスラ
フ・グロフ博士の語る精神世界についてや理論というものを知ろうと思えば思うほ
ど、行き詰ってきました。
「ニューエイジ」と「精神世界」(用語の参照は、ウィキペディアフリー百科辞典でどうぞ)
とは、これまた考え方に多少違うところがあって、重なる部分は、ヒューマンポテ
ンシャル運動やニューサイエンス、ディープエコロジー・・・そして、ヒーリング
やチャネリングといったポップ・オカルティズムも含まれていてとか考えながら、
ニューエイジや精神世界の考えも全て含めて新霊性運動なんていうことなどを理解
しようとすればするほど、正直言いまして、
「どうでもいいや」って思えてきました。
もちろん、この「ニューエイジ」や「精神世界」という考えを理解するには、また
その歴史があって、有名なユング心理学やフロイトの精神分析学とか、サイコセラ
ピーやビートニック、サイケデリクスその他もろもろの思想や怪しいものまで含め
ての流れがあることも知りましたが、どうもこのような「考えの原点」を追究した
り、その歴史的変遷を知ることには、私は興味・・・というか感動が湧いてきません。
そうですね。分かったことは、「スピリチュアルリズム=精神世界」ないしは、
「スピリチュアルリズム=ニューエイジ」なんて単純な繋がりではないということ
でしょうか。
では、スピリチュアルリズムって、どの辺り?
と思うのではないでしょうか。
私の学びが不十分で間違った見解となってしまうかもしれませんが、スピリチュア
ルリズムは「ニューエイジ」か「精神世界」かなんて大きくまとめられる以前に、
散らばっている?個々に考えを述べてまとめられている1つ、とでも言いましょうか。
それは、先に示しました「ユング心理学」を1つとして、その他もそれぞれ1つづ
つその思想が概念ごとにまとめられた考えと捉えていくと、この「スピリチュアル
リズム」も、『そのうちの1つの考え方』という位置づけになるようです。
仏教的な思想もそれでそれはまた1つの考えで、西洋の伝統的宗教の思想もまた1
つの考えといった具合にです。
この見えない世界を肯定して捉える方の中でも学者さん等によっては、スピリチュ
アルリズムとユング心理学やフロイトの精神分析学を一緒の序列にするな!
という人もいるんじゃないかな?とも思いましたが、どうも学者さんだけでなく全
ての霊的価値観のある方が各思想や各教えを学びまとめると、「どれも立派な1つ
の考え」ということになるみたいです。(と私は思いました。)
教え、考えに順列や優劣はないとでも言いましょうか。。。
・・・
まぁ、こんなことを考えていたら、どんどん私の思いとは違う方向へ行ってしまい
そうですので。。。
「今日は、サイコセラピーに関する記事を書きます。」
とやっていては、どうも記事を書く気がもっとなくなりそうなんです。。。
・・・
で、気づいたことは、
「亡き彼女への想いと自分が今知りたいことだけでいいや」
ということです。
彼女があの世という世界にしっかり存在しているってことが実感できれば、それで
私は満足。
それなのに、私は何をこのブログに記そうとしていたんだ?とふと気づいたといい
ますか、思ったのです。
・・・
目新しいことを書きたかったのかな。。。
同じこと、同じ言葉のくり返しばかりになると思いますが、どんな書籍を読んでも、
私の求めている言葉は、
江原啓之氏の言われる「死後、必ず再会があります。」
飯田史彦教授の言われる「いつか必ず逢えます。」
に尽きます。
これからも、この言葉に繋がるような実体験や現象を記した書籍を発見しましたら
紹介していきたいと思います。
スピリチュアルと仏教の教え。。。
スピリチュアルと伝統宗教との比較。。。
カール・ベッカー教授や鈴木秀子教授などの書籍にもありますが・・・また気が向
いたときに、改めて考えてみます。
しまっています。
今までは、
「死ぬ瞬間って、一体どうなのか。」
「死後、亡き彼女はどこへ逝ってしまうのだろうか。」
「死んだら、もう本当にお終いとなってしまうのか。」
「何とか逢えないものか。」
というような素朴な疑問から、精神世界に関する書籍を読んできました。
その中で、死後行くべきところの世界は、
「どのようなところなのか。」
「読んでいて、そのような見えない世界があると、自分自身で感じられたか。」
「信じられる、実感できるだけの話が書いてあったか。」
そして、「それらの書籍を読んで自分は納得できたか。」を自問自答しながら、今
日にまで至りました。
・・・
飯田史彦教授のような「読んでいる者も実感(疑似体験)できる書籍」を筆頭に、
江原啓之氏や坂本政道氏、鈴木秀子氏、荻原玄明氏、A・ファーニス氏の書籍から
「自分自身も読んでいて感じとれる、あの世の世界の仕組みや様子」というものを
教えていただきました。
「あの世を見てきた方々、霊と会話できる方々の具体的な話(言葉)」というの
は、いくら聞いても飽き足りません。
今でもそうです。自分自身も実感できる書籍は、まさに「この世に遺された者へ心
の癒し」を与えてくれるものです。
カール・ベッカー教授やエリザベス・キューブラ・ロス博士、ブライアン・L・ワ
イス博士、イアン・スティーヴンソン博士、そして飯田史彦教授の書籍よりレイモ
ンド・ムーディ博士や色々な大学の教員の研究結果から、「脳で分かる」「頭の中
で理解できる」そして、物質しか見えない私にでも理論だてて説明してくれるこれ
ら研究者の報告は、私に「納得する心」を与えてくれました。
船井幸雄氏や高橋佳子氏などの書籍では、そもそも我々の魂の存在とはいかなる意
味があってのことなのかを知ることができました。
・・・
そして、今行き詰っていることとは。。。
もっと色々な角度から精神世界を知ろうとしますと、どんどんとその精神世界の歴
史といいますか、心理学の変遷といいますか、そちらに方向が向いてしまい、
「身体を離れる瞬間って、こんな感じなんだ!」とか
「こんなように心域によって分かれている世界なんだ!」
という、本来私が知りたかったこと、これまで感動してきたことからどんどんと離
れていってしまい、「ふ~ん。。。」という気持ちしか湧いてこず、記事に書きた
いと思わなくなってしまっていることです。
興味はあるんです。でも、感動がない。。。と言いますか。。。
ですから、森田健氏や福来心理研究所の設立者の福来友吉氏、そして、スタニスラ
フ・グロフ博士の語る精神世界についてや理論というものを知ろうと思えば思うほ
ど、行き詰ってきました。
「ニューエイジ」と「精神世界」(用語の参照は、ウィキペディアフリー百科辞典でどうぞ)
とは、これまた考え方に多少違うところがあって、重なる部分は、ヒューマンポテ
ンシャル運動やニューサイエンス、ディープエコロジー・・・そして、ヒーリング
やチャネリングといったポップ・オカルティズムも含まれていてとか考えながら、
ニューエイジや精神世界の考えも全て含めて新霊性運動なんていうことなどを理解
しようとすればするほど、正直言いまして、
「どうでもいいや」って思えてきました。
もちろん、この「ニューエイジ」や「精神世界」という考えを理解するには、また
その歴史があって、有名なユング心理学やフロイトの精神分析学とか、サイコセラ
ピーやビートニック、サイケデリクスその他もろもろの思想や怪しいものまで含め
ての流れがあることも知りましたが、どうもこのような「考えの原点」を追究した
り、その歴史的変遷を知ることには、私は興味・・・というか感動が湧いてきません。
そうですね。分かったことは、「スピリチュアルリズム=精神世界」ないしは、
「スピリチュアルリズム=ニューエイジ」なんて単純な繋がりではないということ
でしょうか。
では、スピリチュアルリズムって、どの辺り?
と思うのではないでしょうか。
私の学びが不十分で間違った見解となってしまうかもしれませんが、スピリチュア
ルリズムは「ニューエイジ」か「精神世界」かなんて大きくまとめられる以前に、
散らばっている?個々に考えを述べてまとめられている1つ、とでも言いましょうか。
それは、先に示しました「ユング心理学」を1つとして、その他もそれぞれ1つづ
つその思想が概念ごとにまとめられた考えと捉えていくと、この「スピリチュアル
リズム」も、『そのうちの1つの考え方』という位置づけになるようです。
仏教的な思想もそれでそれはまた1つの考えで、西洋の伝統的宗教の思想もまた1
つの考えといった具合にです。
この見えない世界を肯定して捉える方の中でも学者さん等によっては、スピリチュ
アルリズムとユング心理学やフロイトの精神分析学を一緒の序列にするな!
という人もいるんじゃないかな?とも思いましたが、どうも学者さんだけでなく全
ての霊的価値観のある方が各思想や各教えを学びまとめると、「どれも立派な1つ
の考え」ということになるみたいです。(と私は思いました。)
教え、考えに順列や優劣はないとでも言いましょうか。。。
・・・
まぁ、こんなことを考えていたら、どんどん私の思いとは違う方向へ行ってしまい
そうですので。。。
「今日は、サイコセラピーに関する記事を書きます。」
とやっていては、どうも記事を書く気がもっとなくなりそうなんです。。。
・・・
で、気づいたことは、
「亡き彼女への想いと自分が今知りたいことだけでいいや」
ということです。
彼女があの世という世界にしっかり存在しているってことが実感できれば、それで
私は満足。
それなのに、私は何をこのブログに記そうとしていたんだ?とふと気づいたといい
ますか、思ったのです。
・・・
目新しいことを書きたかったのかな。。。
同じこと、同じ言葉のくり返しばかりになると思いますが、どんな書籍を読んでも、
私の求めている言葉は、
江原啓之氏の言われる「死後、必ず再会があります。」
飯田史彦教授の言われる「いつか必ず逢えます。」
に尽きます。
これからも、この言葉に繋がるような実体験や現象を記した書籍を発見しましたら
紹介していきたいと思います。
スピリチュアルと仏教の教え。。。
スピリチュアルと伝統宗教との比較。。。
カール・ベッカー教授や鈴木秀子教授などの書籍にもありますが・・・また気が向
いたときに、改めて考えてみます。
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