良い天気でしたね
父の死んだ歳はとうの昔に通り越したが、父親の年齢に達する前、父親の死んだ歳が思っていた年齢より1歳若かったことを知り、急に息苦しくなったのを思いだした。よりにもよって、父親の死んだ年齢を間違えていたとは恥ずかしい話なのだが、思い込みとは恐ろしいものである。すでに終わった話なので思い出すこともなかったが、年に何度も父親の死んだ年齢を思う日があった。その不安を患者に問うに、私だけではなかったのだと今更なのだが思いだした次第だ。
これを心理学用語でエディプスコンプレックスと聞いたことがある。だが調べてみると「男子が母親に性愛感情をいだき,父親に嫉妬する無意識の葛藤感情」とあった。定義からして違っていたようだ。だがこの患者や私だけでなく、親の年齢を越して安堵に包まれている方を少なからず知っている。親の年齢と安堵との関係に、心理学用語が用意されてれているかもしれない。
それにしても、親の年齢への強烈なこだわりとはいったいなんなのだろう。死への漠然とした恐怖はそこここに顔をのぞかせるので、その一端だとは思うのだが、この恐怖心からの解放はその恐怖の元凶である死からしか得られないとは、皮肉と言えば皮肉である。
だいぶ前に過ぎ去った話だが、誰もが通る道だとしたら、子どものためにも少しでも長生きをしなければいけないと思った次第だ。
その後、越えられない父親を憧れるようになって、真似をするようになるのが理想的な成長という事ですが、コンプレックスが強いまま成長してしまうと後々親子関係に悪い影響が出ることがあるようです。
お暇だなんて、ご活躍知っていますよ!!
父親に対する葛藤がある…
個メールでもそのようなコメントをいただいたのですが、そのような葛藤があるとは思えないんです。
ただ、小学生の時、野球とかしてもらったのはよく覚えています。
エディプスのような葛藤…、私にとってどのような事をいうのか、もうちょっと考えてみま~す!