夕食を作りながら名探偵コナンを見ていたら
(母が好きなのだ)
話の前後は分からないが、文章の書き癖で
犯人特定につながったとかそういう結末になっていた。
その犯人は点線で表す箇所を棒線で表記する癖があるらしく
そのことをコナンに(おっさんに?)指摘されて
ぎくっとなっていた。
でもそんな分かりやすい書き癖ではなく、文章には
どうにも消せない人それぞれの書き癖が付くものだと思う。
私は以前チャットをよくやっていたが、
上記のような例は大抵、文章に特徴を付けようとして
本人がわざとやっている場合が多かった。
句読点をコロンにする、「あー」という文章で
伸ばす棒がハイフンになっている、
閉じカッコが無い、句読点が異常に多い、少ない。
ではそういう特徴を付けずに文章を書けば
誰の書いたものか分からなくなるかと言えば
これが全くそうではない。
人の書いた文章にはそれぞれ独特のリズムがあって
Aさんの台詞だけ抜き出して音読すると
見事にAさんのリズムが浮かび上がる。
句読点の数だとか棒線の数よりもっと分かりやすい、
染み付いたテンポが文章の中には隠されている。
そしてそのリズムを完全に消せる人はまずいないのだ。
話の飛び方繋ぎ方、話題のチョイス、相槌のタイミング、
空気の読み方かき回し方など
これはチャットという会話形式だったから
余計にリズムが分かりやすかったのかもしれない。
勿論私の文章にもごくごく単調なリズムがあり
私はこれが嫌で気恥ずかしくてたまらない。
自分なりにリズムを消す工夫をして打った文を
後から読み返すと、喧しいくらいの新しいリズムの底に
どうにも拭い去れない単調なリズムが
ひっそりと沈んでいるのだ。
昔の日記とかお持ちの方は
見てみると面白いです。リズムって昔から
ほとんど変わらないんですよ。
…あーあ。(昔から単調)
(母が好きなのだ)
話の前後は分からないが、文章の書き癖で
犯人特定につながったとかそういう結末になっていた。
その犯人は点線で表す箇所を棒線で表記する癖があるらしく
そのことをコナンに(おっさんに?)指摘されて
ぎくっとなっていた。
でもそんな分かりやすい書き癖ではなく、文章には
どうにも消せない人それぞれの書き癖が付くものだと思う。
私は以前チャットをよくやっていたが、
上記のような例は大抵、文章に特徴を付けようとして
本人がわざとやっている場合が多かった。
句読点をコロンにする、「あー」という文章で
伸ばす棒がハイフンになっている、
閉じカッコが無い、句読点が異常に多い、少ない。
ではそういう特徴を付けずに文章を書けば
誰の書いたものか分からなくなるかと言えば
これが全くそうではない。
人の書いた文章にはそれぞれ独特のリズムがあって
Aさんの台詞だけ抜き出して音読すると
見事にAさんのリズムが浮かび上がる。
句読点の数だとか棒線の数よりもっと分かりやすい、
染み付いたテンポが文章の中には隠されている。
そしてそのリズムを完全に消せる人はまずいないのだ。
話の飛び方繋ぎ方、話題のチョイス、相槌のタイミング、
空気の読み方かき回し方など
これはチャットという会話形式だったから
余計にリズムが分かりやすかったのかもしれない。
勿論私の文章にもごくごく単調なリズムがあり
私はこれが嫌で気恥ずかしくてたまらない。
自分なりにリズムを消す工夫をして打った文を
後から読み返すと、喧しいくらいの新しいリズムの底に
どうにも拭い去れない単調なリズムが
ひっそりと沈んでいるのだ。
昔の日記とかお持ちの方は
見てみると面白いです。リズムって昔から
ほとんど変わらないんですよ。
…あーあ。(昔から単調)