はいさい、いい正月デビ~ル。漁師、田舎者方面は旧正月はお休み、我が社も田舎者の集まりなので当然お休みです。
で、ネタ切れ・・・さあ、歴史に丸投げ。
1954年2月5日 日航機 沖縄に初就航 19年後の1963年高校一年生の私、単独で鹿児島に飛びました。(名目は病気治療、実態は観光)当時は復帰前で国際線だったので1時間ぐらいのフライトで豪華なランチ(フォーク、ナイフは金属製)のフルコースが当たり前な時代でした。離陸後、即、昼食、その、後入国手続き、持込み品の申告(ほぼ手ぶらで何もなし)を慌ただしく済ませ着陸。地元の身元引受人山内親爺に身柄拘束され、観光地巡りの温泉三昧、当時発売されたばかりのグレコ社のレスポール36000円をお土産にもらいウハウハで2泊3日の旅終了。高校生だったのでお酒は少しと女遊びは無しでした。真面目である。
うどの明太子和え380円と白子の天婦羅500円。
白身魚の雲丹焼き500円とチーズポチギの焼春巻き300円(全て潤旬庵)
月曜に朝の新聞、ペラペラで軽い、そうか、週末の新聞の重み、すべて織り込みチラシのせいであったのね、新聞本体の重さはぺ~ラペラ。死亡広告と経済蘭くらいしか価値ないしね。
本日のおまけ(?)
親子で見入るTV(番組はビフォーアフター)
瓜二つに苦笑い・・・
よんでくれてありがとうございます。