戦前は谷底であり、川が流れていたが戦後埋め立てられて道路となっている。川であった記憶を留めるように道はなだらかに蛇行を繰り返す。我々夫婦の乗ったタクシーは道なりにゆっくりと進む。
「ねえ、お父さん、ここ、戦争の時空襲があって、この左手の土手の向こう側の街が全部やられてしまって、生き残りの人たちが水を求めて川に降りてきたけど結局は火傷、大怪我の為誰一人辿り付かなかった場所だよね」「うん、だから、縁起が悪い土地と言う事で、誰も入れないようにフェンスを張ったんだ」。フェンスの向こう側にはなだらかな傾斜地にススキが群生している。一見穏やかな景色ではあるが過去を知る者にとっては恐ろしい土地である。
「今でも、幽霊出るって話でしょ?」「こら、縁起でもない」。あ、幽霊という単語が出た瞬間不味い事になったと思えばご期待通り、夕暮れであったはずだがあたり一面闇夜・・・異変に気が付いた運転手さん、あれ?とか呟きながら速度を落とす。するとススキの隙間からおかっぱ頭の少女らしき姿が見え隠れする。「あ、お父さん、出た」と悲鳴交じりで妻が訴えるが、こちらも既に黒目部分が真っ赤で白目のない、恐ろしく、悲しく、禍々しい姿を見て、目が合ったと確信しているので何も答えず、身振りでシートに深く腰掛け、やり過ごすように促す。それから恐る恐るフェンスをみれば車との距離2メートル以上あったはずが、今ではわずが30センチと縮まり、おかっぱ頭の上部だけ1メートル足らずに近づいてきたのが見え、さらに恐怖が増す。
「運転手さん、早く車出して」と夫婦そろって声を掛けるが、その、切なる願いに反するように運転手、あれ、変だな、とか、あげまとか、わけの解らない呟きをくり返しながら車を完全に停車させてドアを開け、車外に・・・その時を待っていた霊、それは薄汚れて(もしかして血の跡かも知れない)ボロボロになった着物におかっぱ頭姿の少女だった。目はやはり黒目だけ・・・
少女は嬉しそうに両手を広げ運転手に抱き着くような仕草をするが、手首より先、指は焼け落ちてしまったのか丸く黒いボールのようで、嗚呼、恐ろしいと感じた瞬間、車内にいたはずの我々夫婦と運転手の3名は、少女の霊に抱擁されていて、逃げ場の無い恐怖にひたすら悲鳴をあげるのみ。
ぎゃーーーーーーーーぁ、その叫び声偶然にもAメジャーコードになり儚くも美しい。
というところで目が覚めてホッとする爺でした。
よんでくれてありがとうございます
ピコ太郎がすべるので好きです。