新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック対策緩和に関する注意事項
2020/04/15 Robert S. Porter, MD, Editor-in-Chief, The MSD Manuals, and Matthew E. Levison, MD, Adjunct Professor of Medicine, Drexel University College of Medicine
ドレクセル大学医学部
トランプ米大統領は3月29日の記者会見で、行動制限を緩和して復活祭(4月12日)までに経済活動を再開させるという当初の目標を撤回しました。さらに、不要不急の旅行や出勤、バーや飲食店での食事や10人以上の会合の自粛を求めたホワイトハウスによるソーシャルディスタンシング(社会的距離の確保)のガイドラインの適用を、少なくとも4月30日まで、状況によっては6月まで延長すると発表しました。
米国では、3月19日のカリフォルニア州を皮切りに、州レベルで外出禁止のガイドラインが発令され、数日のうちに半数以上の州と先住民居留地のナバホ・ネーションでも施行されました。さらに13の州で多くの都市や郡がこれに加わっています。ただ、現時点(3月30日)で11の州は外出禁止のガイドラインを出していません。結果的に、地方や州の指示は「屋内退避」や「自宅待機」などまちまちになっていますが、米紙ニューヨーク・タイムズによると、26の州、66の郡、14の市、1つの米領で2億2900万人(人口の約70%)以上が自宅にいるよう命じられています(https://www.nytimes.com/interactive/2020/us/coronavirus-stay-at-home-order.html)。
世界各国で事業や個人の活動に厳しい制限が課され続けているため、一般市民も選挙で選ばれた当局者も当然ながら、いつまでこの制限を続けるべきかを疑問に思い始めています。さまざまな意見が交わされていますが、そのほとんどはエビデンスや確かな疫学的根拠ではなく、通常の生活に戻りたいという個人の希望に基づいた意見です。しかし、時期尚早な規制緩和は壊滅的な結果を招くことになります。では、感染抑制における決断はどのような情報を基に下すべきなのでしょうか?
常識的には、規制の緩和が感染者数の増加につながらない状況で、一部の地域のみ制限を緩和するのが合理的です。
具体的には、次の条件がいくつかそろえば妥当と言えるでしょう。
地域内で発生する感染者数が少数またはゼロになった場合- 地域に流入する感染者数が少数またはゼロになった場合
- 地域内で十分な数の人が(以前の感染または最終的にはワクチン接種によって)免疫をもつようになり、人口の大半に感染の可能性がある状況と比べて感染率(R0)が大幅に低下した場合(すなわち、ある程度の集団免疫が形成された状況)
- 感染者が迅速に特定され隔離されている
他者に感染を広げる可能性のある人が少ないかゼロであることが最も分かりやすい要素です。感染者ゼロという目標は理論的には望ましいですが、実務レベルでは非現実的です。スコット・ゴットリーブ博士の研究チームとアメリカン・エンタープライズ公共政策研究所が最近(2020年3月29日)、基準案を発表しました(https://www.aei.org/research-products/report/national-coronavirus-response-a-road-map-to-reopening/)。そこでは、14日間にわたり1日当たりの感染者数が減少する、地域の病院が危機時の治療基準に切り替えることなく入院を要するすべての患者を安全に治療することができる、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の症状があるすべての人に対して州が検査を実施し、すべての感染確定者とその接触者を積極的にモニタリングできるなど、いくつかの要素が基準として提唱されています。ただし、最終的な基準がどのようなものになっても、地域内の感染者数がゼロではなく、感染する可能性のある人が相当数いる状態では、ウイルスの増殖を公衆衛生対策で抑制できないと、感染者数が指数関数的に増加するリスクが残るということは覚えておかねばなりません。
同様に、公衆衛生上十分な距離を確保する措置を安全に緩和するには、以下のことが必要になります。
。
- 新たに規制を緩和した地域にリスクの高い地域から流入する人の流れを最小限に抑える
- 感染が再び持ち込まれないよう、新たに規制を緩和した地域からリスクの高い地域に流出する人の流れを最小限に抑える
米国では移動制限が特に困難で、というのは、現在議論されている計画は、社会的/商業的なネットワークによって決まる自然な人の往来や交流の範囲ではなく、町や都市、郡や州など人為的に引かれた行政上の境界線に基づいているからです。隣接する地域や都市とその周辺は通常、密接な交流があるため、片方で緩和し、もう一方で緩和しない場合には、実施と監視の面で大きな課題に直面するでしょう。地域内の通常の人の往来パターンを考慮して地域を定義する計画とすれば、安全に成功を収められる可能性が高くなります。
規制が緩和された地域でも感染者数はゼロにならず、また、リスクの高い地域と低い地域の間でのすべての往来が(自発的であってもなくても)完全に阻止される可能性は低いため、「リスクが低い」とみなされる地域内での発症率や感染率は一時点の瞬間を切り取ったものにすぎず、継続的な監視によって絶えず再評価しなければなりません。
このような理由から、ソーシャルディスタンシングの緩和と通常の事業活動の再開は、まず以下のことを実施しない限り安全に達成できないことが明らかです。
- 疾患の発症率と感染率を正確に把握するために、基準の緩和が検討されている地域内で広範な検査を実施する
地域で広範な検査が行われない場合や、症状のある一部の患者を対象とする現行の極めて選択的な検査体制での結果に基づき判断が下される場合には、無症状や軽症の感染者が特定されず、感染が再び急増することになり、結果として低リスク地域の指定を誤ってしまうことになります。
リスクの低い地域で感染の出現が続くという避けられない事例に対処するには、感染者を特定して適切に隔離し、その接触者を広範囲に追跡・検査して陽性なら隔離、陰性なら自己隔離の対象にできるよう、検査を広く継続的に行っていく必要があります。
その上で、地域内でソーシャルディスタンシングを安全に緩和するために、以下のことが必要になります。
- ポイントオブケア検査(臨床現場即時検査)用の器材をできる限り多く迅速に製造・供給する
- 軽症や無症状の場合も含め、検査対象とする患者の徴候や症状の範囲を広げる
- 新規感染者に対して継続的な監視と検査を行う
- 陽性者の接触者を迅速に特定して検査する
- 多数の人に検査を実施して感染者を追跡し、隔離や自己隔離を遵守しているか監視する
- 誰がどこへいつ渡航できるかに関して、さまざまな手段を利用して頻繁に市民に情報伝達する
- 全国規模の政策
- 検査に基づく診断ではなく推定にとどまる場合、自己隔離が守られる可能性は低くなるため、迅速なポイントオブケア検査が重要で、またそうすることで、数日後から患者の追跡を始めるのではなく、接触者の特定と追跡を直ちに開始できます。一部の国では、アプリを使って陽性者を監視したり連絡をとったりすることに成功しています。
- さらに、ウイルス感染者の抗体検査を、どの程度の抗体量で予防効果があるのかを示す信頼性の高いデータと組み合わせることで、リスクの低い患者を識別でき、公共活動、特に患者のケアを支援する活動を再開できるようになります。
- これらを実行せずに接触規制を緩和すると、大規模な集団感染(アウトブレイク)の再発や悪化につながる恐れがあります。感染が継続的に起きている場合や、感染拡大が活発な地域で人と人の接触を大幅に減らせない場合は、警戒を再度引き上げなければなりません。
- このアプローチは、中国および韓国が大規模な流行(エピデミック)を抑制した方法に似ています。しかし、政府の構造が異なるうえ、政治的にも社会的にも違いがあるため、それを他国に当てはめるのは難しいかもしれません。さらに、新型コロナウイルスの感染の足がかりとなるACE2というタンパク質の遺伝子多型がCOVID-19の感受性、症状、転帰に差をもたらしている可能性もあります。
- 60歳以上の成人、基礎疾患のある人、その他のCOVID-19が重症化するリスクが高い人については、治療薬かワクチンが利用可能になるまで、ソーシャルディスタンシングや集会の制限を継続する必要があるかもしれません。
MSDとMSD Manualについて
Merck & Co., Inc., Kenilworth, N.J., U.S.Aは、米国とカナダ以外の国と地域ではMSDとして知られる、すこやかな世界の実現を目指して努力を続ける、グローバルヘルスケアリーダーです。病気の新たな治療法や予防法の開発から、助けの必要な人々の支援まで、世界中の人々の健康や福祉の向上に取り組んでいます。このマニュアルは社会へのサービスとして1899年に創刊されました。古くからのこの重要な資産は米国、カナダではMerck Manual、その他の国と地域ではMSD Manualとして引き継がれています。私たちのコミットメントの詳細は、Global Medical Knowledgeをご覧ください。
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