ばーばの独り言

愛する娘へ。孫と過ごす喜びと身辺の出来事

☆ 父の俳句

2006-02-02 02:02:48 | 孫・家族
母より13年前に逝った父が残したものは俳句でした。
男親はふだん愛情を、態度や言葉で現わすことは殆ど無かったので、この句集を読んでビックリしています。
父の時代の匂い。土用干し、蚊帳吊り、日用品の手触り、草の匂い、日差し。
映画「3丁目の夕日」より、もっと古い時代の温もりを句の中に感じ取り、ノートを熱心に読んでいた先程まで、幼子になって父と遊んでいたような錯覚を起こしていました。

児や娘が出てくる俳句の頻繁なこと。
今頃になって父の暖かい視線を感じます。
66歳の今でも膝の感触を微かに覚えています。
強い父に守られている安堵感、子であることの幸せ。
これらの俳句を読んでいると、父の人柄を改めて感じます。
新たに発見した父の肖像。

父は香川県善通寺市出身です。
徒手空拳で大阪に渡り、東京に来て、どんなに苦労して本所と荒川の工場を持ったのか、
もう話してくれる人もこの世にいません。

父の字は読み難く、昔の崩し字を使っているので以前は7句くらいしか
読み解けませんでしたが、何度も見ていると判ってくるものですね。
204句書いてある内の70句。その中から抜粋と思いましたが、読み解けるうちに
記録として残そうと思い、70句をここに記します。

父の師は加藤紫舟先生。俳句の同人誌「黎明」
俳号は「吼月」(こうげつ)でした。


◇ 父 手書きの句集から

かまきりを 掴みし吾子の 真顔なる

ほゝづきを まさぐる娘の掌 いとほしく

金魚の緋 明るくはづむ 娘の言葉

あやめ楚々 病身の娘を いとほしむ

母の眉 蜜柑娘の掌に 艶やけし

新緑に 母置いて児の どこまでも
 
秋雲の ひとつ所為なく バス待ちぬ

福寿草 人の齢に かかわらず
 
まろびとと なり長閑さを 菊に謝す

山静か 凝宝珠大樹の 陰に耐へ

大廊下 閑たり木魚 鳴るしきり

僧涼し 木鐸打てば 山答ふ

蛍の火 流れ闇から 若き声

蛍の火 蒼し亡児の 魂かとも

夏の香に むせて深山を ふと覚ゆ

旅浴衣 今日のゆとりを 得て愉し

山会釈 するかに親し 虹架かり

百合楚々と 揺れて微風に ある和み

羽蟻散る 樹々へサンサン 陽が降り来

怒りふと 羽蟻へ熱き 湯をそそぐ

羽蟻翔ぶ 日和のどけし 下駄洗ふ

旅がふと あじなし梅雨に 客寂びて

筍の子の おりなすしじま 戯童乱す

蚊帳青し 児の寝乱れが 愛ほしく

秘め心 七夕へ書き ふと恥じぬ

筍の子の 伸びさま母の 情嬉し

行き詰る 思い夏めく 風に溶け

金魚美し 有情の人に 飼わればや

夕月に 女は静か 蚊帳を吊る

山水の 絵心そぞろ 梅雨野行く

小さき嘘 吾子肯ひて 更衣

夏の孤児 星に求むるものは何

初鰹 ながき夕べは 妻のもの

初鰹 妻のご機嫌 解けし得て

何を追ふ 情熱の瞳は 梅雨空に

梅雨空へ 孤独のうさを ふと吐きぬ

蟇座して 岩に妖雲 呼ぶ如し

客長し 女さざめき 蚊火を焚く

吾娘の性 強し桔梗の 野太さに (私のこと?)

山桔梗 女童たくまし 野を駆ける

虫干しに 軽き疲れを 昼座敷

土用干し 妻の心の ほぐるる日

秋近し つる草性を ほしいまま

残虐の ひしと掌にあり 鰻割く

枕頭の 柿青くして 児の病めり

嫁ぐ娘へ 秋陽の按配を 寿きぬ

栗ぱらと はじけて山気 澄み徹り

迷い蝶 泣きじゃくる児の 瞳に囚られ

春の夢 奈落に陥ちし 吾見たり

蒼穹に 憧れる如き 枯木欲る (添え書きに、重税にあへぐ)

策尽きて 仰げば暖き 陽に遇える  (重税になやむ)

膝の陽を 子猫こよなき 宿とこそ

寒行の 托鉢邪念 捨つる声

健やかな 頬春風に 展ませし

都人の 吾れ虫鳴く山家に たへきれず

放心の 児の瞳を向かへば 鯉のぼり

小童を すかし穂波へ 蝶逃ぐる

麦はらみ 馬子唄の行く 野が去れず

蝿叩け 叩けば不満 消ゆるべし

児にほっぺ 重ね新樹の 陽を透かす

うかうかと 生きて父とふ 鯉のぼり

草径に 蟇強情に たじろがず

春リーグ 憑かれし如き 声流れ (父はプロ野球が大好きでした)

蟇のそり 人の鋭心に かかわらず


◇ 下の5句は香川県善通寺市で父母と暮らした子供時代を思っての句だと思います

一握の 新米に祖を かへりみる

太陽に 麦踏めば父 よみかへり

陽に抱かれ 麦踏む幸を 誰に告げむ

父の腰 痛むか時雨 言いあてぬ

幻の 母の瞳に泣き 更衣


◇ そして最後の句

九十の齢(よわい)を刻む除夜の鐘


そして年が明けた4月30日、
付き添っていた孫娘に見守られながら
旅立ったのでした。

1月に最初の脳梗塞の発作を起こしてから、
3ヶ月半後。
私は父の死目に間に合わなかったけれど
穏やかに逝ったようでした。


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