対馬 豆酘(つつ)の歴史に残る哀話を秘めた仕事着、、、
むかし、豆酘に鶴王という、貧しくとも美しい娘がおりました。その美しさは都にまで伝わり
京へ召されることとなりました。
しかし、鶴王は年老いた母を1人残す悲しみに 都へ向かう山道 自らの命を絶ってしまうのです。
そして、村の女たちは化粧をしなくなり 着飾ることをやめ 継ぎはぎだらけの着物をきるようになったのです。
それが はぎとうじん とうい着物の由来です。
自身を醜く見せるため、昭和30年後半まで、野良着として着用されていたそうです。
この村の方たち、お美しいんです、、、
継ぎはぎだらけといっても、現代の私達には絣のパッチワークのようで すごくかわいい
そして、いろんな方に着てもらいました。
お美しい方はより美しく、誰が着ても かわいらしく その人をひきたててくれているよう
本当に美人隠しになったのでしょうか!?
只今、かんべ茶屋にて展示中! 試着、撮影してみませんか?
今後、民話館に巡回展示の予定です(*^_^*)