
「反中国」のマハティール復活に華人たちは戦々恐々
7/12(木) 12:21配信 Wedge
「反中国」のマハティール復活に華人たちは戦々恐々
5月の総選挙でマレーシアの首相に返り咲いたマハティール氏(ロイター/アフロ)
先週マレーシアを訪れた時、旧知の華人たちに囲まれて食事をする機会があったが、マレーシア人口の4分の1を占める彼らは、マハティール首相の再登場に戦々恐々としていた。大陸から移民として渡ってきてマレー半島を永住の地とした華人は、自由な経済活動を制限する方針を掲げた共産主義には警戒感を抱きつつ、基本的に、自らの祖国である中国の政府とマレーシアの政府の関係が良好なものであることを願う心情が強い。ナジブ前首相時代、中国・マレーシア関係は蜜月状態であり、華人社会は歓迎していた。
中国との関係は終わりだ
ところが、そのナジブ政権が次々と打ち出した対中協力案件について、マハティール政権が次々とひっくり返す行動に出ている。その中マ友好関係の象徴である「東海岸鉄道(ECRC)」の建設中止を、先週、マレーシア政府は中国側の建設主体「中国交通建設集団」に伝えた。この事業を、「コスト面でも、契約面でもマレーシアに不利でメリットがない」と批判していたマハティール首相の肝いりの決断であることは間違いない。この中止が、事業の完全な終了を意味するかどうかは定かではないが、食事の席にいた華人メディアの幹部は「このプロジェクトまで潰されたら中国との関係は終わりだ」と嘆いた。
マハティール首相は実のところ、中国を嫌いなのではない。ナジブ前首相が中国と築いた関係を壊したいのだ。中国への過度の依存を修正すると表明していたマハティール首相だが、その動きは大方の予想を超えて素早い。任期を2年と限定しているマハティール首相にとっては、すべてが計画通りの行動であろうが、中国の習近平国家主席にとってみれば、自らの目玉政策「一帯一路」のなかでも、総事業費およそ1.5兆円に達する最重要案件の一つとして喧伝されてきた計画をいきなり潰されてしまっては、さぞ頭が痛いに違いない。
ただ、私の目からみても、東海岸鉄道の工事の中止は、確かにマレーシアの国益にかなっていると思えるところがある。なぜなら、この鉄道は、マレーシアにとっていかなる利益をもたらすか、まったく明らかではないからである。
中国が採算性を度外視したワケ
マレーシアでは大型の鉄道計画を2つ同時に進行させていた。一つが、クアラルンプールとシンガポールの間の350kmをおよそ1時間半で結ぶ高速鉄道で、もう一つは、今回中止が伝えられた長さ688kmに達する東海岸鉄道だ。高速鉄道の方はすでに5月のマハティール就任直後にシンガポール政府に中止が伝えられており、これで一帯一路と関連づけられたマレーシアの大型鉄道計画の2本とも頓挫したことになる。
採算性という意味では、シンガポールを起点に北上し、マレーシアの首都・クアラルンプールを結ぶ高速鉄道はまだよかった。シンガポールとクアラルンプール間の人的往来はきわめて活発で、飛行機で1日に84便が飛んでいる。シンガポール航空、マレーシア航空のほか、LCCのエアアジアやジェットスターなどが多数の便を飛ばしており、世界でもっとも便数の多い区間だ。計画通りシンガポールとクアラルンプールを1時間半で結べば、大きな経済効果が期待された。それでも、マハティール首相は採算性を問題視し、中止を決めた。
東海岸鉄道の方は、採算性については絶望的であった。こちらは、クアラルンプールから東にカーブを切り、マレー半島を横断してマレーシア東海岸に行き、再び北上してタイ・マレーシア国境のトゥンパットに向かう。タイ国境も超える可能性もあった。だが、マレーシアの東海岸は基本的に低開発地域で人口密度が低い。東海岸の主要都市であり、鉄道が通る都市でいえば、クアンタンは人口60万、コタバルは人口40万。沿線総人口はクアラルンプールを含めても一千万人に満たないかもしれない。これではとても経済効果など望めるものではない。
では、どうして中国がこの大型鉄道計画に対して、そのほぼ全額を中国輸出入銀行から融資するという形までとって全力支援に回ったのか。それは中国語で「馬六甲困境」と呼ばれる「マラッカ・ジレンマ」の解決のためにほかならない。
7/12(木) 12:21配信 Wedge
「反中国」のマハティール復活に華人たちは戦々恐々
中国が目論んできた「マラッカ・ジレンマ」の解決策(筆者記述をもとに編集部作成)
中国が目論む「マラッカ・ジレンマ」の打破
マラッカ・ジレンマとは、中国のエネルギーや物流にとって死活的な意味を持つマラッカ海峡の安全航行について、米国やその他の国々に事実上コントロールを握られている現状を指すものだ。中国も日本と同様、エネルギーの主体である原油の輸入を中東に8割も依存している。そのタンカーのほとんどはマラッカ海峡を航行する。
万が一、このマラッカ海峡が封鎖されたらどうなるか。その影響は中国の国家運営そのものを揺るがす恐れがある。中国経済の生命線は海運業だ。アジア・中東・アフリカから流れ込んでくる物資が南中国の港湾に無事に到着しなければ、大変な事態になる。しかし、中国にはほかに選択肢はない。だからジレンマなのである。
ところが、もし、縦長で南に垂れているマレー半島を横断できるルートが確保できれば、マラッカ・ジレンマへの代替輸送の備えができるのである。
最初に考えたのは、タイ南部のクラ地峡を掘削して、運河にする「クラ運河」構想だった。しかし、この大運河構想は1970年代から取り上げられており、ここ10年も盛んに論じられて水面下でタイ政府と中国政府の間で議論が進められてきたが、工事の巨大さなどもあって実現は不可能と判断された。次に中国が持ち出したのが、マレー半島東側のクアンタン港と、西側のクラン港を結ぶことになるマレーシアの東海岸鉄道だったのである。
「反中国」のマハティール復活に華人たちは戦々恐々
2018年7月4日、汚職容疑で逮捕されたナジブ前首相(ロイター/アフロ)
ナジブと中国の闇にどこまで切り込むか
この東海岸鉄道をはじめ、マレーシアでの一帯一路案件は他の国を圧して多い。2016年、ナジブ前首相は中国訪問で大歓待を受け、李克強首相と会談し、東海岸鉄道計画の推進に舵を切った。しかしながら、その必要性や採算性について国内で議論はほとんどなく、中国のプランを丸呑みしたという印象が強く、国際的にも国内的にもその必要性には疑問の目が向けられていた。
東海岸鉄道は、一帯一路関係案件のなかでも戦略的重要性の高い案件であるだけに、その衝撃は大きい。習近平指導部は今後、マハティール首相に対して巻き返し工作を展開するだろう。それでも頑固で大国嫌いで知られるマハティール首相が意思決定を変える可能性は低い。中国とのもう一つの協力事業であるパイプライン事業が、ナジブ前首相が逮捕された政府系投資ファンド「ワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)」問題と深い関連を持っている可能性が高いからだ。パイプライン事業の資金の一部が、巨額資金が行方不明になったとされる1MDBの関連事業に流用されていた可能性があると報じられている。
マレーシアの対中依存はナジブ政権時代に一気に深まった。その深淵はまだ覗かれていない。中国の資金が、ナジブ前首相の腐敗問題に直接関わっていたとすれば、マレーシアの対中協力案件はすべて当面凍結されるだろう。中国とナジブ前首相の間に広がった闇の世界にどこまで切り込むのか、マハティール首相のさじ加減すべてにかかっている。
野嶋 剛 (ジャーナリスト)