nhk番組=哲学者マルクス ガブリエルについての番組考察
40代らしきドイツ人の新進気鋭で哲学学会のロックスターと呼ばれてるらしい人物で世界の哲学学会に影響力が有るという。
結論から書くと「哲学者などマジシャンと同じ」ということです。
マジシャンはネタを仕込みますが、哲学者は言語というツールを使い新しい概念を創作して能書き漕いて(’自分の学説を説いて)目くらましを加え稼ぐ芸人であると私は認識している。
この学者の命題=命題学説は「世界は存在しない」というセンセーショナルなもので注目を集めるには最適な能書きです。この命題を説明するために「私の手には1本のペンがありますが、存在しないのです!!何故ならば分子レベルで見ればペンではなく多元的な存在だからです」などと如何にも愚民を先導する能書きをときます。
私に言わせれば「厳然として1本のペンは存在します。これは実存です=サルトルの言う所を援用すれば実存です」分子的な構造だから存在しないというのは詭弁で分析レベルが異なるだけ。
1本のペンは実在して、さらには分子レベルでのペンを組成する構造物も実在する=こう説明しなければならないのです。
分子レベルの組成物が存在するが、その集合体であるペンがこの世には存在しないなどという学説=論理的説明など成立しないことは頭の良い学生ならすぐに分かること。
こんな事を世界に言い放ち飯を食うやつです。
さらに呆れたことに「自分は、反自然的主義=自然科学を否定する=人間です!」と、言い放ちならが、自分の学説の立脚点は自然科学である分子科学などによるものなのです」呆れてものが言えません。
こんなレベルの学者が居るのが「哲学者という世界です」
また、ヒューマノイド研究しているニッポンのなんとかという学者との討論でニッポンの学者が「ドイツ人はヒューマノイドロボットに激しい拒否反応が有る唯一の国」とマルクスにいうと、驚くことに「我々ドイツ人はカントの人間分析に基づいた観念が基本であるので、そういうものは入り口から受け付けない。カントの価値観が絶対正しく倫理的に正しい」的なことを平気で話します。
驚きました「ドイツ人は未だに18世紀のカントの不毛の形而上学」などを信じているのです。
こういう思考なので科学は反人間的であり、動物としての人間にとり有害なものだと力説するのです。さらに人間は猿なんです!!などとホザイたことに対して流石に日本人の学者はのけ反ります。
そのくせ微分的研究である分子構造学=素粒子分析などの浅い理屈を用いて世界は存在しないなどというセンセーショナルな学説を主張して<<日本で現在最も読まれている異例の哲学書=nhkの紹介>>などと番組を進めて、重要な矛盾点に突っ込まないのです。
対談したニッポン側のパーソンも<<こんな簡単な矛盾であり、これを突く学説は崩壊するという>>ところを突かない。日本人に多い忖度なのか?馬鹿なので論破できないのか?
実に歯がゆい番組でした。
こういうたぐいの哲学屋など<<イカサマ新興宗教の教祖と同じ様な反社会的、反人類的な存在>>と言うことを悟らねば、いつまで立っても愚かな人類で終わるということを言いたく、当該ブログを書いた次第です。
哲学は21世紀になり先端科学が進んで「思弁的思考、形而上学的な前近代的な学説を基盤とする哲学者は駆逐されようとしてあがいていますが無駄です」それは新興宗教が銭を目的に信者を騙すのが基本価値観と同じで形而上学的哲学者も現在において同じ様な傾向があると思うからです(当時の形而上学者はサイエンスが未分化であるために必死で考えた=悪い意図はない)
悪政がはびこるのは「選挙民が愚民だから」という結論と同じように「能書きたれて哲学が救う、、、」などと矛盾した学説を野放しにするのも哲学学会が互いに飯を食うための忖度で出来上がってる構造。
故に、互いに激論を避けて仲良く愚民を騙して飯を食い生きながらえましょう。という事になると考えます。
そして今回の番組のように大馬鹿学説で大学で記念講義をしてアホな大学生やセンセイらを煙に巻き<<難しい理解できないから素晴らしい学者だ>>などと感心している状況です。
書き忘れたが上記マルクスが「過剰な規則社会は人間性を破壊する=マルクスがニッポンに来て特に感じたこととして発言した」このことには賛同しますが、こういう文明進化と反人間性は、すでに「小説=毒虫を書いた哲学者=フランツカフカ、さらにはチャップリンのモダンタイムスなどで描かれているものです」
カント的な人間の存在は、実存主義のサルトルにより論破され、さらには構造主義的哲学思考で社会性の中で人間は存在するという学説を引き出し、更にはポスト構造主義という派生を生み出した。またキャピタリズムの非人間性からの労働者の貧困問題の分析からマルクスが資本論を書き共産主義理論<<生産の社会性と資本の個人所有という矛盾を資本家階級を排除して生産性行為と資本を同一正確=社会の共有物とする=共産主義革命>>を学説して、ロシア革命でソビエトを建設して世界の注目を集めたが「結果はノーメンクラツーラが支配する特権階級が労働者を抑圧搾取する資本主義より過酷な国家に陥り、その後の中国共産主義革命なども同じ経路をたどり(中国共産党は鄧小平が改革開放路線という名の資本主義的生産要素を導入してソビエトより延命をはかった<<生産の停滞と革命幹部による独裁恐怖政治>>となり机上の理論と異なる結果が現出して共産主義の実験は失敗したのです。
マルクスは資本論において<<人間の本性の考察を忘れていた=エゴイズム利己主義な生物である人間の本性の分析が欠落しており生産と資本の社会聖的存在同一化さえすれば=共産主義革命をすればうまくいくと考えたところに問題があった。
以上です。
40代らしきドイツ人の新進気鋭で哲学学会のロックスターと呼ばれてるらしい人物で世界の哲学学会に影響力が有るという。
結論から書くと「哲学者などマジシャンと同じ」ということです。
マジシャンはネタを仕込みますが、哲学者は言語というツールを使い新しい概念を創作して能書き漕いて(’自分の学説を説いて)目くらましを加え稼ぐ芸人であると私は認識している。
この学者の命題=命題学説は「世界は存在しない」というセンセーショナルなもので注目を集めるには最適な能書きです。この命題を説明するために「私の手には1本のペンがありますが、存在しないのです!!何故ならば分子レベルで見ればペンではなく多元的な存在だからです」などと如何にも愚民を先導する能書きをときます。
私に言わせれば「厳然として1本のペンは存在します。これは実存です=サルトルの言う所を援用すれば実存です」分子的な構造だから存在しないというのは詭弁で分析レベルが異なるだけ。
1本のペンは実在して、さらには分子レベルでのペンを組成する構造物も実在する=こう説明しなければならないのです。
分子レベルの組成物が存在するが、その集合体であるペンがこの世には存在しないなどという学説=論理的説明など成立しないことは頭の良い学生ならすぐに分かること。
こんな事を世界に言い放ち飯を食うやつです。
さらに呆れたことに「自分は、反自然的主義=自然科学を否定する=人間です!」と、言い放ちならが、自分の学説の立脚点は自然科学である分子科学などによるものなのです」呆れてものが言えません。
こんなレベルの学者が居るのが「哲学者という世界です」
また、ヒューマノイド研究しているニッポンのなんとかという学者との討論でニッポンの学者が「ドイツ人はヒューマノイドロボットに激しい拒否反応が有る唯一の国」とマルクスにいうと、驚くことに「我々ドイツ人はカントの人間分析に基づいた観念が基本であるので、そういうものは入り口から受け付けない。カントの価値観が絶対正しく倫理的に正しい」的なことを平気で話します。
驚きました「ドイツ人は未だに18世紀のカントの不毛の形而上学」などを信じているのです。
こういう思考なので科学は反人間的であり、動物としての人間にとり有害なものだと力説するのです。さらに人間は猿なんです!!などとホザイたことに対して流石に日本人の学者はのけ反ります。
そのくせ微分的研究である分子構造学=素粒子分析などの浅い理屈を用いて世界は存在しないなどというセンセーショナルな学説を主張して<<日本で現在最も読まれている異例の哲学書=nhkの紹介>>などと番組を進めて、重要な矛盾点に突っ込まないのです。
対談したニッポン側のパーソンも<<こんな簡単な矛盾であり、これを突く学説は崩壊するという>>ところを突かない。日本人に多い忖度なのか?馬鹿なので論破できないのか?
実に歯がゆい番組でした。
こういうたぐいの哲学屋など<<イカサマ新興宗教の教祖と同じ様な反社会的、反人類的な存在>>と言うことを悟らねば、いつまで立っても愚かな人類で終わるということを言いたく、当該ブログを書いた次第です。
哲学は21世紀になり先端科学が進んで「思弁的思考、形而上学的な前近代的な学説を基盤とする哲学者は駆逐されようとしてあがいていますが無駄です」それは新興宗教が銭を目的に信者を騙すのが基本価値観と同じで形而上学的哲学者も現在において同じ様な傾向があると思うからです(当時の形而上学者はサイエンスが未分化であるために必死で考えた=悪い意図はない)
悪政がはびこるのは「選挙民が愚民だから」という結論と同じように「能書きたれて哲学が救う、、、」などと矛盾した学説を野放しにするのも哲学学会が互いに飯を食うための忖度で出来上がってる構造。
故に、互いに激論を避けて仲良く愚民を騙して飯を食い生きながらえましょう。という事になると考えます。
そして今回の番組のように大馬鹿学説で大学で記念講義をしてアホな大学生やセンセイらを煙に巻き<<難しい理解できないから素晴らしい学者だ>>などと感心している状況です。
書き忘れたが上記マルクスが「過剰な規則社会は人間性を破壊する=マルクスがニッポンに来て特に感じたこととして発言した」このことには賛同しますが、こういう文明進化と反人間性は、すでに「小説=毒虫を書いた哲学者=フランツカフカ、さらにはチャップリンのモダンタイムスなどで描かれているものです」
カント的な人間の存在は、実存主義のサルトルにより論破され、さらには構造主義的哲学思考で社会性の中で人間は存在するという学説を引き出し、更にはポスト構造主義という派生を生み出した。またキャピタリズムの非人間性からの労働者の貧困問題の分析からマルクスが資本論を書き共産主義理論<<生産の社会性と資本の個人所有という矛盾を資本家階級を排除して生産性行為と資本を同一正確=社会の共有物とする=共産主義革命>>を学説して、ロシア革命でソビエトを建設して世界の注目を集めたが「結果はノーメンクラツーラが支配する特権階級が労働者を抑圧搾取する資本主義より過酷な国家に陥り、その後の中国共産主義革命なども同じ経路をたどり(中国共産党は鄧小平が改革開放路線という名の資本主義的生産要素を導入してソビエトより延命をはかった<<生産の停滞と革命幹部による独裁恐怖政治>>となり机上の理論と異なる結果が現出して共産主義の実験は失敗したのです。
マルクスは資本論において<<人間の本性の考察を忘れていた=エゴイズム利己主義な生物である人間の本性の分析が欠落しており生産と資本の社会聖的存在同一化さえすれば=共産主義革命をすればうまくいくと考えたところに問題があった。
以上です。