先程Aさんから電話だった。
誰かに聞いて貰わな氣が狂いそうだとの前置きで、要はおトイレが近くおもらしするという事だった。洗濯物がたくさん出来た。おトイレの床が濡れてびちゃびちゃになり拭くのが大変だったって事だ。
それがご主人か、彼女自身なのか解らない。
口から泡飛ばしそうにまくしたてるのだが、ご主人の事、自身の事とり交ぜて話すのでどちらの事か解らない。或いは両方なのかも。
半時間程黙って聞いていたらこれでスッとした。有難うで電話切れた。
その間うさぎちゃんが話したのは、「二人いるから話したり、喧嘩したりできるのよ。一人だ話も出来ないし、一人ごとも言えないし、一日中もの言わない事もあるよ。今の生活大事にしてね。」と言っただけだ。「うん、大事にしてるよ」という返事だった。
彼女、ご主人の車椅子に合わせて住まいをバリアフリ-にしている。外から見ても建て替えかなと思う程、きれいになっている。
なので家がいたむ事とても気にしている。
何時かもヘルパ-さんが掃除していて何処かに傷つけたと大変は剣幕で電話してきた。止めて貰うと息巻いていた。うさぎちゃんには理解できない事だ。
亡夫は歩けないのにベットから降りて、ふすまに倒れかかりあちこちに頭をぶつけて穴を開けた。
うさぎちゃんはもたれる処があってよかった。自身で歩けない事もよく解ったやろと思った。
又畳の上に転ばなくてよかったと思ったが、彼女だったらどう思うだろうね。
アルジェリアでの人質事件が報道されるなり小説「赤い泉のほとり」を想い出した。
うさぎちゃんが20歳前後に読んだので、記憶も定かではないが一人の少女が2日ががりの旅で首都アルジェ着いたとこからこの物語は始まっていた。
60年程も前に読んだ小説がどうして突然と思い浮かぶのか?うさぎちゃんの脳当時は記憶力はよかったんだよね。
今は悲しいかな、その場の事も忘れる。常々なんとか脳を活性化しなくてはと思っている。思うだけでは仕方ない。
放送大学でよくあるテ-マだ。今一度テ-プを聞き返して食事、運動、考え方等よく学ぼう。
今日は節分だ。恵方巻だと言ってどのお店も巻寿司の広告が出ている。
以前の様にひいらぎにイワシの頭を刺すなど出ていない。ここから「イワシの頭も信心から」って諺が生まれたそうだ。
うさぎちゃんはお寿司はコ-プで注文、冷凍で届いた。どうかと思ったが美味しかった。
イワシは代用品の丸干し食べた。(もとはイワシだものね)
一番肝心の豆撒きはしなかった。豆買っても食べないしと思い買わなかった。
伝統行事もだんだんすたれ忘れられていくね。