ヒロコのブログ

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

傷薬

2012-01-29 17:14:21 | 日記・エッセイ・コラム

 指の傷があまり痛いし、ちっとも治らないのでペニシリン軟膏を買いに行ったら、なんと置いてないと言う。

  薬局になかったら何処で買うのだろうと思い、似たような薬ないかと言うと、「ドルマイシン軟膏」を出してくれた。

  薬剤師の言うとおりに「ドルマイシン軟膏」を買ってきた。

効能として「切り傷、すり傷、おでき、火傷等の化膿治療及び予防にと書いてある。

2種類の抗生物質配合とも書いてある。きつそうなので使うのは嫌だったが仕方ない。

 ペニシリンはもう過去の薬になったのか?今はマイシン全盛だ。耐性が出来て効かないようになっていくしね。

 化粧品から薬にもかぶれるので、かぶれないようにと願いながら塗った。

 歩く練習にと薬局へは自転車押さずに歩いて行った。といっても歩数を数えて歩く距離だけど。

 これから少しづつ歩かなくては歩けなくなってしまう。

歩けなくなったら、自転車に乗れないよりずっとずっと大変だ。

 又地震が起きている。東日本にこれ以上の地震が来ませんようにと祈るのみ。

 でも速報の早いこと。00分に起きたと1分後には報じられている。


捜せるところはみんな捜した

2012-01-26 17:53:26 | 日記・エッセイ・コラム

 先日から捜しているが何処からも出てこない。領収書は医者別に分けたがその際何処かにまぎれたのか?もうそれぐらいしか考えられない。今夜でも確かめよう。

 税務署からメッセ-ジボックスに確定申告のメッセ-ジが届いていた。いよいよ申告の時期が来た。土地売却があるのでちょっと大変だ。

 先日こけて手の指を怪我したのが化膿して痛い。唯でさえ手がききにくいのに、この有様だ。手なので使わない訳にはいかない。もう踏んだり蹴ったりだ。水を使うので薄い皮が出来る尻から破れて行く。

薬を塗って手袋はいて寝る。朝起きると薄皮が出来ているが、水仕事で皮がむける。この繰り返しで何時になったら治るのかなあ、、、と思う。


大寒になって

2012-01-24 13:47:50 | 日記・エッセイ・コラム

 近頃寒かったが大寒に入って一段と寒くなった。

 確定申告の準備をしかけたが、領収書ちゃんとまとめて置いていた筈だが、足りない。どこに置いたのか足りない。ひっくり返して捜しているが見当たらない。

 この頃は捜しものに時間を取られる。

入院費の領収書がない。何処かえ持って行ったんかと思うが解らない。

 この頃は整理しておき場所を換えると解らなくなる。換えた処を何度も捜しているのに解らないこともある。

 諦めて再交付して貰ったりしたら、必ずといっていいほど出てくる。

 先日のパクちゃん先生のブログにお進めの本、慰す心、治す力が投稿されていた。

 その話を地で行った様な話を投稿します。

 お知り合いの方ですが、9度余りの熱がして、風邪かなと思い内科で診察して貰い風邪薬を飲んでいたが、一向に熱が下がらず下腹が痛いので婦人科に行かれた。

 そこで「うちでは手に合わない。おおきい病院へ行くように」と言われた。

 すぐ大病院へ行き、そのまま入院、即手術、卵巣が化膿して膿が腹部いっぱいになっている。腸が癒着していたら腹膜炎を起こして命に関わる。覚悟してくれと言われ手術にのどんだそうだ。

 幸い何事もなく卵巣は全滴された。一般より時間も長くかかり、入院もながかったそうだ。

 退院してお元気になられた。

 ある日突然出血したので、吃驚して病院へ行くと診察や検査の結果月経だと言われた。

 卵巣は全滴したつもりだったが、少し残っていたんだなあ、、、と

 生命力とはすごいよね。少し取り残しから大きく再生していくんだね(これうさぎちゃんの考えだけど。又は小さくても機能するのかも)

 よくわからないが、悪いことではないんだろうね。この方一般に生理が終わる年までこのまま行けたらいいのにね。


ブロック注射

2012-01-20 17:33:34 | 日記・エッセイ・コラム

 ブロック注射のい行った。行きしなはタクシ-で行ったが、帰りはマルアイに寄りたかったので歩いて帰ってきた。

 それはよいが足が前へ進まないで困った。普段の半分程の歩幅でぼとぼと歩いてやっとマルアイまでたどり着いた。

ヨ-グルト買ってまたとぼとぼと歩きやっと我が家に帰りついた。

 自転車押して歩くとずっと楽だ。何もなしに歩くのはなかなかしんどい。

 足の裏に張り付いていた洗濯板の様なのはとれた。

かわりに右足の太ももからむこう脛にかけて痺れが酷くまるで棒を張り付けた様だ。

 整形外科で王子さんと出逢った。彼女も早くから腰部脊柱管狭窄症だ。

 彼女曰く、手術はしない。手術しても具合がよいのは2~3年だけだと言った。

 そうなら治る事なくあの世までご一緒だよね。

 本によると手術して治っていても、

痛かった時の事を脳が記憶している。その記憶で痛いんだそうだ。

 うさぎちゃんはその所為か?最初に痛かった骨盤の上が痛い。痛いので自然体を曲げているので体を伸ばすと、これまた痛い。

 なんでもいい、早く痛みとさよならしたい。この痺れとも。


感想文

2012-01-18 17:25:03 | 日記・エッセイ・コラム

 今日は水曜日。放送大学の感想文の提出ぎりぎりになってやっと出せた。

 学生参加番組だった。何時募集があったのかも知らなかった。何度も繰り返して募集しているのにね。

 やはり亭主の世話で余裕がなかったんだ。

 発表された「教え子は教師の宝もの」拝聴して、ああ私にも似たような体験があったんだと、もう60数年も前の遠い記憶が呼びさまされた。

 それは終戦後、これまでと何もかも180度変わって戸惑いを感じていた小学6年生の頃の出来事だ。

 なぜだか想い出せないが担任の先生の宿直の日に数名のクラスメ-トと宿直室で教えて貰っていた。

 多分教科書の解らない処を教わっていたと思うが、戦後の世の中の変化を教わっていたのかも?それは定かではない。(まともな教科書もなかった時代だものね)

 やがて私立の中学に進学する生徒の為に放課後補習が始まり、宿直室での勉強は取り止めになった。

 今はその先生も故人になられ、ご子息が先生の意思をついで先生になられている。

 今までどこにインプットされていたのか?

 この頃物忘れして仕方ないが、こんな古いこともしまわれていて、折に触れて想い出すこともあるんだ。

 脳って大変な臓器だよね。脳死と判定されるとこの世から消える。

 記憶だけでなく生きて行くのに必要不可欠な臓器だ。(勿論人体に不用な物などないが)大切に使わなくてはね。


やっと行けた

2012-01-17 18:51:25 | 日記・エッセイ・コラム

 一昨日こけてあちこち打ったので身体中が痛い。狭窄症の処も痛い。痺れも酷いので自転車押して行く予定だったが別府までなのでタクシ-で行った。

 まず銀行で水道代の口座振替の手続きをした。銀行で村津さんとご一緒になった。

 彼女も狭窄症で6年半になると言われ、庄中さんに聞いて滋賀県で首の手術されて痺れが治った。次に腰の手術せんならんと言われた。

 庄中さんに聞いて手術された女性、歩けなかったのが手術後30分歩けるようになったと従妹に聞いたのは彼女に事だった。

 うさぎちゃんは今のブロック注射でなんとか治したい。

 次にヨ-カド-のメガネ屋に行ってグラグラでかけられなくなったのを直して貰った。

 ミキで買ったメガネだけどヨ-カド-で直して貰うのも3度目だ。ミキでも何度か治している。

 あまり転んで飛ばすので新しいのを買おうかなと思い、これと同じ様なのはお幾ら程しますか?と聞いたら「このフレ-ムだったら7~8万しますね」と言われエエ!と思った。

 近眼、乱視、遠視等があるのでレンズも高い。毎日使うので目にいいのがほしい。チョと手が出ない。大事に使わなあかんなあ。使える間は修理してでも使おう。何時もフレ-ムは安いのを買うと思っていたが、結構高いの買っていたんだ。レンズが高いので何時も10万前後だった。

 幾らで買ったか忘れたが、多分レンズが4万円ぐらいだったと思う。

 うさぎちゃんは近眼、乱視、遠視があるのでガラスは重たくて出来ない。

 プラスチックだたら出来ると言われ、はじめてプラスチックにした。

 その際、ガラスは6万円だった。材質が違うとはいえ2万円も違ってキチンとできるんだなと思った。

 慣れると軽くて1日中かけていても耳の後が痛くなりにくい。

何時もメガネは高いなあ。

 ずっと以前だったが通勤の途中で通りすがりのメガネ屋で調整して貰った事があった。そのメガネ屋はなんといいレンズですなあと感心された。

 その際やっぱりミキのメガネはいいんだと改めて思った。これまでミキ以外で買った事は無い。

 今日行った和真も方々にお店があるので一度買おうかなと思ったが、やはりミキの方がいいなあ、、、

 次に電池の売り場に行って電子辞書の電池を買った。まるいオハジキみたいな電池はその都度同じのを買わんならん。

 衣類はバ-ゲンしていたが見なかった。今はある物も捨てて身軽になって行き先捜さんならん時だ。

 食品売り場に寄ってにぎりを買って帰った。食べ物はいっぱいあると思いながら、、、

 船曳さんから便りが届いていた。彼女よく尋ねてくれる。暮れから風邪引いてまだ具合が悪いそうだ。ご主人も悪いのに、、、何時も心配かけて悪いなあと思う。

 安部さんにメ-ル貰っていたので、松の内も過ぎたので返信した彼女もよく尋ねてくれる。

 浅原さんにもよく電話くれたり、家に来てくれたりするので手紙書くことにしよう。みんなに心配かけて申し訳ないことだ。


百ヵ日

2012-01-16 18:38:52 | 日記・エッセイ・コラム

 今日は勇の百ヵ日。久々にお膳を整えて祀った。

 といっても四十九日までは毎日祀っていたが。年末までは毎日ご飯をお祀りしていた。

 新年になって昨日まではお雑煮とおせちをお供えしていた。

 お寺さんは全快されてお参りに来て下さった。

 何時になく晴れやかなお顔をなさっていた。新しい位牌のお正念入れ、白木の方のお正念抜きをして下さった。

 手術された話しもされたり、初盆の事も教えて下さったり、お母さんに似てはるのかとても気さくな方だった。

 お骨も預かるからと納骨堂に入れて下さった。納骨堂には沢山のお骨が入っていた。

 勇もお仲間になったんだと思った。

 金箔入りのお神酒さん持って行ってお供えした。

 お酒を止めてから、お神酒も飲まなかった。少しでも飲むと後飲みたくなると言って。もうそんな心配せずに心おきなく飲んでね。

 昨日裏へ庭箒を取りに行ってつまずいてよろけ、持つとこなくて思い切り植え込みの中にこけた。

 顔や手にキズが出来た。痛くて仕方なかったが、幸い生え際で血のにじんだのはあまりめだたない。

 手は唯でさえ言うこときかないのに、キズだらけになった。

 メガネが飛んでグラグラになって使えない。このメガネ何度も転んで、その都度修理している。もう、修理出来るかあ、、。今古いのを使っている。

 お葬式の前夜も二階から降りてて階段踏み外して落ちて手と足の指怪我した。

 何で事があるときこうなんだろう。


ながいこと休んだ

2012-01-13 13:04:43 | 日記・エッセイ・コラム

 新年早々ながいこと休んだ。

 足の具合がちょっと楽かなと思ったら、手の指がききにくくなった。少し痺れた感じもする。

 第一物に落とすことがあるのがいけない。

 一番よくやるのがお茶を入れて持つ。

これが出来なくてお湯のみ一杯のお茶がテ-ブルにこぼれる。

 足と入れ替えに手のしびれが出てきた。

 足も勝手が悪いが手の方がもっと悪い。

 幸いおせちやその他作り置きがあるので食事の準備はあまりしなくてよいが、毎朝お雑煮をつくって仏さんにお供えする。

おせちもチンしてお供えする。

 故人は昨年は毎朝お雑煮を食べていた。

1月半ばに背骨を圧迫骨折するまでお餅を小さく切ってお雑煮を炊いていた。

 なのに今年はお供えになってしまった。

 友達がうさぎちゃんのこと心配してよく電話してくれる。妹も毎日電話くれる。有り難く思う。さもないと一日中おしゃべりしない。外にも出ない。

 今朝もアベさんが電話くれた。メ-ル貰っていたが松の内が過ぎてから寒中お見舞い出そうと思っていた。

 彼女はとっても頑張り屋だ。うさぎちゃんより2歳年上だけどまだ仕事している。それも1時間半かけて西宮まで通勤している。毎日でなく週何日かだが。

 80までは働くと言っていた。そのほうが元気がでるのかなあ、、、

 うさぎちゃんは今、2週間おきに脊髄にブロック注射している。少しはいいかなと思う。

 先生は歩かないと歩けなくなるので、痛く無かったら歩けと言われる。但し痛い時は歩かないようにとも言われる。

 まだ、台所で立って用をするのが痛くて仕方ない。何時も体を曲げているのが延びるのでそれが痛い。

 洗濯物干すのはあまり痛くなくなった。

 歩くのも少しは響くがい以前ほど痛くなくなった。

 もう少し頑張って注射しようと思っている。

 早く外へ出て歩きたい。何か目的がないと外出できない。足もみも来て貰うのでなく外出の為に行きたいと思っている。そのうちに行けるようになると思う。

 今は、ごみ出しぐらいだ。6日にブロック注射に行った際、お天気もよいし自転車押して歩いて行った。往復歩けた。

 マルアイにお花を買いにも行った。郵便局へも行った。これくらいだ。


またもや

2012-01-03 16:18:50 | 日記・エッセイ・コラム

 今日外に出たのは放送大学の感想文投函に行っただけだった。

いや、今日だけでない。3ヵ日で出たのはこれだけだった。

 朝、お供えしようとお煮しめをチンして手に持ったつもりなのに持ててなかった。こぼれてしまった。

どうしてこう手がきかないのかと思う。

 足もまともに歩けたらウオ-キングに行くのに残念。

 でもこのままでは仕方ない。なんとか歩かないと。自転車ついてでも歩こうかなあと思う。


思いがけず

2012-01-02 17:50:40 | 日記・エッセイ・コラム

 昨夜湯たんぽのお湯を入れて布団に入れたら、湯たんぽの袋が濡れている。

アレ!洩ったんだ。慌てて湯たんぽ下げて降りてきた。お湯入れ替えて古い袋に無理に押し込めて、お布団の湿った処においといた。寝るときには綺麗に乾いていた。

 湯たんぽはもう10数年使っているが漏ったのは初めてだ。 やはり指がききにくいので閉めたつもりがしまって無かったんだ。

何時もちゃんとしまっているか?とためしてみる。昨夜は何でためさなかったのか?

湯たんぽを下げておりる間にてんてんともっている。暮れに拭くのを怠けたのを今拭いていると思い、階段怖かったが綺麗に拭いた。

 なんでも真剣にしなくては。およそにしては駄目だ。

 今日は一日テレビみて、パソコンのゲ-ムしてもう飽き飽きした。

 明日からコ-プの買い物の支払い通帳と合わせたり、勇の支払い纏めたり、お葬式の支払いもまとめなくては。

 すぐ一〇〇ヵ日が来る。

亭主が最後に入院していたのも丁度一〇〇日程だった。(六月三〇日から一〇月九日まで)

 最後に写しにいった写真、じいさんに写っているがそのままに写っている。この写真を飾っている。

 毎朝、おはようと言うと返事しそうだ。