晴走雨読

晴耕雨読ではないが、晴れたらランニング、雨が降れば読書、きままな毎日

退職の挨拶 Part3

2015-04-06 20:44:26 | Weblog

 退職の挨拶 Part3

 別の場面でも挨拶をしていたことを思い出しました。

 同じセクションの同僚たちに催していただいた送別会では、35年間の会社生活を振り返ると大変に長くなりますので、昨日のことをお話します、と切り出しました。

 昨日は、札幌ドームへコンサドーレの試合を見に行きました。私の前には、祖父と2人のお孫さんがおり、試合開始前の子どもたちはずっとサッカーゲームをやっていました。試合が始まるとゲームをしまい集中して見ているようでした。しかし、その試合が何ともまどろっかしく、サッパリな展開が続いていて、気が付くと子どもたちはピッチを見ないでサッカーゲームを再開していました。大人たちは、ゲームばかりやると成績が悪くなると言いますが、今回は誰が悪いのか、それは子どもでは無く、選手が悪いと思いました。

 家でもゲームをし過ぎるなと言いますが、子どもたちは、勉強が楽しければゲームなどしません。誰が悪いのか、つまらない授業をする先生なのか。それは、隅から隅まで自由度の無くなっている先生ではないと思います。僕は、金の力だと思います。ゲームと教材に投資されている開発費を比較すると歴然としていると思います。まさに、資本の力の影響だと考えました。いつも、こんなことを考えながら会社で生活してきました。

 同期会の送別会では、入社した頃に比べあまり変わっていない人もいますが、僕は髪も白く薄くなり、姿かたちからは疲れ果てたように見えるでしょうが、僕の祖父は1899年生まれで2000年に亡くなっています。もう少しで足かけ3世紀を生きるところでした。祖父の60歳は1960年頃ですが、その後90歳を超えるまで30年以上呉服店を営んでいました。僕も今から30年間働くのはちょっと辛いですが、20年くらいなら働いていたいなと思い、最近少しエネルギーが湧いてきています。

 最後の日の夜の幹部会歓送迎会では、大昔はセクション間の仕事の押し付け合いが随分とあったように記憶していますが、今は協力関係があり、基本的にウェルカムだと感じています。是非、この雰囲気を継承していただければと考えています。

 昔の上司に挨拶は一期一会で重要だよと教えていただきました。定型的な挨拶にはしたくない、失礼な物言いになっていないか、できれば聞いている方々の印象に残るものにしたいなどと欲張りなことを考え、自己満足の世界に入ってしまっていますが、思い切って考えてことを話そうと決めています。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする