『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(若松孝二監督 若松プロダクション・スコーレ株式会社製作 2007年作品)
狸小路「シアターキノ」にて。パイプ椅子まで並べて超満員、その頃、札幌大谷会館や喫茶店でのいわゆる自主上映の雰囲気もちょっとして。もちろん団塊の世代と思わしき方々もいたが、比較的若い方もたくさんいた。
3時間余りの長い作品だが、全く時間の長さを感じさせず、観客も身じろぎひとつしない集中力を持って観ていた。
今年は、1967.10.9にチェ・ゲバラが虐殺されて40周年だが、映画は、ゲバラを象徴とする60年代後半の大衆運動の高揚期から、1972年は、急速に運動は退潮期を迎え、先鋭化していった時期を史実に忠実に描いている。
私が、この映画から感じたのは、このブログで何回も書いているが、主観と客観の転倒である。日共をはじめとするこの国の左翼に巣食う深刻な病理である。情勢分析が極めて主観主義的なのである。
自分たちが正しいと認識していることが、他者にとっても正しいかどうか。望んでいるかどうか。世界を資本主義(悪)と社会主義(正義)の2極構造でしか捉えられていなかった認識が、作品中にも出てくるが、ニクソン訪中を聞いて木っ端微塵に砕けてしまう。
エネルギーのベクトルが内向き。権力と闘うことに費やすべきエネルギーを、「総括」という名の粛清に注いでしまった。これも、スターリン以来、左翼の伝統的な病理である。映画は、森恒夫、永田洋子のリーダーとしての個人的な資質の問題として描いている面が強いが、これも運動においては、より先鋭的で過激な意見に対して、慎重論を唱えることが日和見に映る場面が往々にしてある。
山荘内で、16歳の少年が最後に叫んだ「僕達には、勇気がなかったからだ。」という言葉は、革命を遂行する勇気ではなく、組織に異議を唱える勇気である。
それにしても、同志殺しの過程は、息が詰まるような閉塞感と絶望感、人間の持つ怖さをよくもここまで描いたという感慨を持った。

昨夜は、会社で10年位前に一緒に仕事をした方たちとの飲み会。この映画を観たのはその前日。その衝撃が大きくて、飲み会の最中も映画のことをどこかで考えていた。中々、言葉にすることが難しい作品であった。会社もエネルギーを内向きに費やしていることが多いなあ。
狸小路「シアターキノ」にて。パイプ椅子まで並べて超満員、その頃、札幌大谷会館や喫茶店でのいわゆる自主上映の雰囲気もちょっとして。もちろん団塊の世代と思わしき方々もいたが、比較的若い方もたくさんいた。
3時間余りの長い作品だが、全く時間の長さを感じさせず、観客も身じろぎひとつしない集中力を持って観ていた。
今年は、1967.10.9にチェ・ゲバラが虐殺されて40周年だが、映画は、ゲバラを象徴とする60年代後半の大衆運動の高揚期から、1972年は、急速に運動は退潮期を迎え、先鋭化していった時期を史実に忠実に描いている。
私が、この映画から感じたのは、このブログで何回も書いているが、主観と客観の転倒である。日共をはじめとするこの国の左翼に巣食う深刻な病理である。情勢分析が極めて主観主義的なのである。
自分たちが正しいと認識していることが、他者にとっても正しいかどうか。望んでいるかどうか。世界を資本主義(悪)と社会主義(正義)の2極構造でしか捉えられていなかった認識が、作品中にも出てくるが、ニクソン訪中を聞いて木っ端微塵に砕けてしまう。
エネルギーのベクトルが内向き。権力と闘うことに費やすべきエネルギーを、「総括」という名の粛清に注いでしまった。これも、スターリン以来、左翼の伝統的な病理である。映画は、森恒夫、永田洋子のリーダーとしての個人的な資質の問題として描いている面が強いが、これも運動においては、より先鋭的で過激な意見に対して、慎重論を唱えることが日和見に映る場面が往々にしてある。
山荘内で、16歳の少年が最後に叫んだ「僕達には、勇気がなかったからだ。」という言葉は、革命を遂行する勇気ではなく、組織に異議を唱える勇気である。
それにしても、同志殺しの過程は、息が詰まるような閉塞感と絶望感、人間の持つ怖さをよくもここまで描いたという感慨を持った。

昨夜は、会社で10年位前に一緒に仕事をした方たちとの飲み会。この映画を観たのはその前日。その衝撃が大きくて、飲み会の最中も映画のことをどこかで考えていた。中々、言葉にすることが難しい作品であった。会社もエネルギーを内向きに費やしていることが多いなあ。