むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

8、宿木 ②

2024年05月29日 08時41分28秒 | 「霧深き宇治の恋」   田辺聖子訳










・頭の中将の来訪が、
何のためか宮にも中の君にも、
すぐわかった。

中の君は日ごろから、
宮には物思いのさまも見せず、
怨みごとも言わないので、
そのときもおっとりと、
宮を送り出した。

宮にはそれが痛々しく思えたが、
迎えを無視するわけにはいかない。

(宮は私と一緒にいるときは、
とてもおやさしかった。
ようやくわたくしにも、
幸せがやってきたと思ったのに、
それも今夜までだった。
晴れて宮の妃となられる方は、
親御の権勢も世のおぼえも、
めでたい方・
そのひとのもとへ、
宮を送り出すわたくしの気持ちの、
辛さ情けなさ、
過去にも現在にもない悲しさ)

思い乱れる中の君に、
女房たちは、
宮の結婚を恨んだり、
宮の愛情は絶えるものではない、
と慰める。

(ああ、誰の慰めも聞きたくない。
ただ黙ってこらえて、
宮のお心を信じよう)

中の君は決心する。

宮は中の君に、
後ろ髪引かれる気持ちで、
心苦しく思われつつ、
派手好きなご気性とて、
六條院の花やぎを思うと、
お心も弾む。

宮をお待ちする御殿のしつらいも、
風趣あるものだった。

そして待ち受けている、
六の君はたぐいない美女だった。

(これは手応えのあるひと。
しかし性格はどうなんだろう。
勿体ぶって気が強くて、
やさしみがなく高慢なひとだったら、
かなわないな)

宮は思われたが、
六の君にはそういう感じは、
なかった。

(これは思いがけず、
すばらしい姫だ)

宮のお心に喜びが湧いて、
六の君にひとしお愛着が増された。

二條院へ帰られても、
中の君のところへは 行かれず、
六の君へ後朝の文を書かれる。

周囲の女房たちは、

「六條院の姫君が、
満更でもないご様子」

「中の君がお気の毒です。
お負けになるのではないかしら」

などとささやき交わす。

宮は六の君からの返事を、
寝殿で見たいと思われたが、
一方、中の君のことも、
お気がかりであった。

昨夜はどんなに物思いに、
乱れたであろうと心苦しく、
急いで中の君の部屋へ向かわれた。

しかし宮は、
昨夜のことを背信のように、
感じられてやさしい言葉が出ない。

それは中の君も同じ。

わだかまりが、
二人の胸につかえ、
二人はぎこちなく口重くしている。

宮は中の君の、
可憐なやさしさ愛くるしさを、
このひとがいちばんだ、
とお思いになりながら、
そのお心の一方で、
早く夜にならないものか、
という気持ちも動いていられる。

そこへ六條院から、
文の使いが戻ってきた。

使者は六條院で、
したたか酒をふるまわれて、
酔っていたから、
中の君の御殿では、
遠慮すべきことも忘れ、
堂々と正面の庭先へやってきた。

恒例とて、
使者の肩には、
祝儀として六條院から与えられた、
衣装が掛けられている。

その派手な使者を見て、
女房たちも後朝の文の使い、
とわかった。

(まずい・・・
こうも中の君に大っぴらに)

宮は心中、
舌打ちされる。

もう仕方がないので、
文を取り入れさせられた。

同じことだから、
隠し立てのないさまで通そう、
と思われて、
中の君の前で手紙を開けられる。

姫君自身の手紙ではなく、
義母の落葉の宮の、
ご筆跡のようだった。

代筆とはいえ、
中の君にも気になる手紙だった。

宮はいつもよりおやさしく、
くつろいで終日そばにいられた。

しかしまた夜が来た。
暮れれば宮は六條院へ、
お出かけになる。






          


(次回へ)

「落葉の宮」

夕霧の親友、柏木の正妻であった、
薫の母宮、女三の宮の姉宮、女二の宮。

柏木亡きあと、
夕霧が世話をし、
半ば強引に夫人にしたが、
六の君の母君は雲井雁ではなく、
身分が低かったので、
この落葉の宮の養女として、
夕霧は婚儀をすすめた。

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