むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

30、若菜(上) ⑧

2024年01月29日 08時31分28秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・紫の上には、
源氏の立場も、
彼の愛情もよくわかる。

(そうだわ・・・
この縁談は、
空から降ったようなもので、
源氏の君には、
逃れられぬ災難のようなもの)

紫の上には、
その認識が出来る、
怜悧さがあった。

(それを恨んだりしては、
いけないのだ・・・
宮さまも源氏の君も、
双方、恋愛なさって、
結婚されるというなら、
ともかく。
宮の父君、朱雀院のお考え、
身分や世間の決まり、
そんなものが重なって、
のっぴきならぬ状態になった。
みっともなく嫉妬したり、
恨んだり、
思い悩んだりしているさまを、
世間の人に知られたくない)

紫の上は、
あたまではそう割り切りながら、
情念はくすぶっていて、
女くさいあやしげな、
暗い心になってゆく。

(もしこのことを、
あの継母の君、
<紫の上の父、式部卿の宮の北の方>
がお聞きになったら、
それ見たことか、
とお思いになるに違いない。
あの方はいつもわたくしの、
幸運を呪ってらして、
それこそ手を打って、
お喜びになるかもしれない)

いつもはおおらかで、
やさしい紫の上も、
そんなことを考えたりする。

(ああ、それにしても・・・
わたくしはあの方を信じて、
自分こそ唯一人の北の方と、
思い上がっていた・・・
今までは何の心配もせず、
平気で暮らしていたが、
これからは人の物笑いになることも、
出来るかもしれぬ)

紫の上は、
そんなことを考えながら、
表面はおだやかに、
やわらかい態度で暮らしていた。

年が明けた。

朱雀院では、
女三の宮を六条院(源氏の私邸)に、
お移しになる準備に明け暮れ、
多忙でいられた。

求婚していた人々は、
すっかり落胆した。

源氏は今年、
四十になったので、
四十の賀を国をあげて、
とり行おうと朝廷でも、
考えていられたが、
かた苦しいことは好まない源氏は、
ご辞退した。

しかし思いがけぬ人が、
祝ってくれることになった。

かの髭黒の大将の北の方、
玉蔓が養女という資格で、
正月二十三日の子の日の祝いに、
ことよせて用意をしてくれた。

玉蔓は、
一家をあげて六条院へ来て、
祝いの宴を催した。

玉蔓の夫も父(太政大臣)も、
今をときめく権門であるから、
おのずと派手に、
賑やかになっていった。

源氏は久しぶりに玉蔓にあった。

顕官の北の方らしい、
重々しさをそなえた、
貴夫人になっていた。

見るたびに成長し、
立派になってゆく玉蔓に、
源氏は瞠目する。

玉蔓の方でも、
なつかしかった。

源氏は四十というものの、
若々しくなまめかしい。

いまもなお、
玉蔓にとって、
源氏は父より心ときめきする、
恋人に似て恋人よりなつかしい、
ふしぎな慕わしさを持つ、
男性であった。

玉蔓は、
久しぶりに里帰りした娘のように、
うちとけて源氏に話すのだった。

連れて来た二人の若君も、
たいそうかわいらしい。

いつしか、
上達部の人々がたくさん、
南廂の座について、
宴がこれから始まる。






          


(次回へ)

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