・紫の上には、
源氏の立場も、
彼の愛情もよくわかる。
(そうだわ・・・
この縁談は、
空から降ったようなもので、
源氏の君には、
逃れられぬ災難のようなもの)
紫の上には、
その認識が出来る、
怜悧さがあった。
(それを恨んだりしては、
いけないのだ・・・
宮さまも源氏の君も、
双方、恋愛なさって、
結婚されるというなら、
ともかく。
宮の父君、朱雀院のお考え、
身分や世間の決まり、
そんなものが重なって、
のっぴきならぬ状態になった。
みっともなく嫉妬したり、
恨んだり、
思い悩んだりしているさまを、
世間の人に知られたくない)
紫の上は、
あたまではそう割り切りながら、
情念はくすぶっていて、
女くさいあやしげな、
暗い心になってゆく。
(もしこのことを、
あの継母の君、
<紫の上の父、式部卿の宮の北の方>
がお聞きになったら、
それ見たことか、
とお思いになるに違いない。
あの方はいつもわたくしの、
幸運を呪ってらして、
それこそ手を打って、
お喜びになるかもしれない)
いつもはおおらかで、
やさしい紫の上も、
そんなことを考えたりする。
(ああ、それにしても・・・
わたくしはあの方を信じて、
自分こそ唯一人の北の方と、
思い上がっていた・・・
今までは何の心配もせず、
平気で暮らしていたが、
これからは人の物笑いになることも、
出来るかもしれぬ)
紫の上は、
そんなことを考えながら、
表面はおだやかに、
やわらかい態度で暮らしていた。
年が明けた。
朱雀院では、
女三の宮を六条院(源氏の私邸)に、
お移しになる準備に明け暮れ、
多忙でいられた。
求婚していた人々は、
すっかり落胆した。
源氏は今年、
四十になったので、
四十の賀を国をあげて、
とり行おうと朝廷でも、
考えていられたが、
かた苦しいことは好まない源氏は、
ご辞退した。
しかし思いがけぬ人が、
祝ってくれることになった。
かの髭黒の大将の北の方、
玉蔓が養女という資格で、
正月二十三日の子の日の祝いに、
ことよせて用意をしてくれた。
玉蔓は、
一家をあげて六条院へ来て、
祝いの宴を催した。
玉蔓の夫も父(太政大臣)も、
今をときめく権門であるから、
おのずと派手に、
賑やかになっていった。
源氏は久しぶりに玉蔓にあった。
顕官の北の方らしい、
重々しさをそなえた、
貴夫人になっていた。
見るたびに成長し、
立派になってゆく玉蔓に、
源氏は瞠目する。
玉蔓の方でも、
なつかしかった。
源氏は四十というものの、
若々しくなまめかしい。
いまもなお、
玉蔓にとって、
源氏は父より心ときめきする、
恋人に似て恋人よりなつかしい、
ふしぎな慕わしさを持つ、
男性であった。
玉蔓は、
久しぶりに里帰りした娘のように、
うちとけて源氏に話すのだった。
連れて来た二人の若君も、
たいそうかわいらしい。
いつしか、
上達部の人々がたくさん、
南廂の座について、
宴がこれから始まる。
(次回へ)